第12話 挑戦

「ええっ? フェスにっ?」


 事務所に集められた私たちは、大木社長、佐々木マネージャーに先日のテレビの反響の大きさを褒められた。そして新たな仕事が多数舞い込んでいることを聞かされる。


「ふぇす?」

 また知らない単語が出てきたため、つい、聞き返してしまう。


「ああ、音楽フェスティバルのことよ。色んなアーティストが出る、夢の祭典!」

 恵が説明する。


「ミュープラ見てた関係者が、是非って言ってきたんだよ」

 大木社長は嬉しそうに目を細めた。

「それに出演するENDエンドと、かえでのコラボも決定した」

「ENDとっ?」

 かえでが声を荒げる。

「すごい! やったじゃない、かえで!」

「めぐたん! これ、夢じゃないよねっ?」

「夢じゃない!」

「きゃぁぁ!」


 どうやらENDというのは、今人気のダンスグループであり、かえではそのグループの大ファンらしい。


「まだあるぞ。杏里は雑誌のモデル……まぁ、特集みたいな単発モノなんだけど」

「えっ? ほんとにっ?」

「えええ、乃亜ちゃんの宣言通りだぁぁ。……ってことは私も?」

「めぐの話は……まだだな」

 その場にいた皆がどっと笑った。

「ちょっとぉ、私も欲しいぃ!」

 ぷぅ、と膨れてみせる。


「ミュープラ、やっぱりすごいね!」

 アンが興奮気味に言う。

「ほんと、乃亜ちゃんの頑張りが実を結んだよ!」

 かえでが私をバンバン叩く。

「そう……なのかな?」

「んもぅ、自信持ちなさいって!」

 杏里が笑った。


「で、だ。折角だからフェスまでに新曲を出そうと思う」

「きゃぁぁ!」

「やった!」

「すごいっ」

 三人が飛び上がる。


「乃亜、歌詞を書いてみないか?」

「へっ?」

 私、突然そう言われ、思わず声が裏返ってしまう。


「いいじゃんいいじゃん!」

「書きなよ、乃亜!」

「乃亜たんの歌詞、いい!」

「マーメイドテイルらしい元気な曲にしようと思ってる。どう?」


 私が、歌詞を?


 ……きっと、昔の自分なら頭を振って断っていただろう。そんなこと、私には出来ない、と。でも、今は……、


「私……やってみます!」

 今なら、出来そうな気がするのだ。ううん、私、やってみたいって思ってるんだ!

「よし。じゃ、叩き上げみたいなのを持って来てくれ」

「わかりましたっ」


 こうして、私は生まれて初めて、自らの意思で『仕事を引き受けた』のだ。


*****


「とは言ったものの……」

 会議室を借りて、一人、紙とペンを前に頭を抱えていた。


「どうしよう……何も思い浮かびませんわ」


 マーメイドテイルらしい、明るい曲。


 人生のほとんどを、引き籠って過ごしてきた。この数カ月が、私の人生のすべてなのだ。こんなに浅い人生経験しかないのに、一体何を語ればいいのか。


『受けた仕事はこなすのが当然』


 いつか佐々木マネージャーが言っていた言葉を思い出す。そうだ。自分で決めたことなのだから、きちんと最後まで……。


 私はペンを握り、書き始めた。


 書いては消し。

 消しては書く。


 私の中にある思いを、ひたすら綴る。


 ……でも、うまくはいかない。


 はぁ、と溜息をついているところに、佐々木マネージャーが顔を出す。

「乃亜、どう?」

「あ……えっと、それが、」

 私は俯いた。何かを察した佐々木マネージャーが、私の肩を叩く。


「そう難しく考えないでいいのよ? 乃亜は乃亜。今のあなたの言葉で、今の気持ちを素直に伝えればいい。変に着飾ったりよく見せようなんて思わなくていいの。そのままの乃亜でいいのよ。みんな、そう思ってくれてるじゃない。違う?」


 ハッとする。


 そうだ。

 私が私であることを、誰一人として責めたり、諦めたりなんてしてない。母も、メンバーも、みんな私を受け入れて、今の私に出来ることをすればいいと言ってくれてる。

 だからこそ、私はみんなの役に立ちたいと、出来ることはなんでもしようと思ったのだ。


「そう……ですね」

 ぎゅ、っと、ペンを握る手に力が入る。


「……私ね」

 佐々木マネージャーが私の隣に座り、私を見た。

「私、昔、アイドルやってたのよ?」

「ええっ?」

 知らなかった。

「ふふ、ずっと昔の話だけどね」

「なんで……やめてしまったんですか?」

 なんて、聞いてもいいのだろうか。

「ああ、よくある話なんだけど、心が折れちゃったの」

「え?」

「アイドルって、ずっと輝いていなきゃいけないじゃない? いつでもキラキラして、みんなの憧れでい続けなきゃいけない。なんだかそれに疲れちゃったのよ」

「……そうなんですか」


「あ、でも後悔はしてないの。今の仕事、結構好きだし」

「それなら、よかったです」

「乃亜は、これからだものね。今はがむしゃらに、突き進めばいいわ」

「はいっ」


 変わってゆくもの。

 変わらないもの……。


 私の中に芽生えた、情熱。


「私、頑張って書いてみますね!」

「そうね。応援してるわ」

 そう言って微笑むと、佐々木マネージャーは部屋を出ていく。


 私は、目を閉じる。


 乃亜。

 どうか私に、力を貸してください。

 みんなを笑顔にできるだけの力を、私に!


 そっと目を開ける。


 私は、ペンを走らせた。


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