第10話 推しのライブ

「ミュープラを見ているみんなぁ! 私たち、マーメイドテイルのこと、その目に焼き付けてね~! 曲は、シンクロ!」


 カメラ目線でそう叫び、投げキッスを。


 イントロからの、歌とステップにも淀みなく。メンバーが笑っている。ここまで来たんだ、という達成感とワクワクと、乗り越えてきた艱難辛苦すべてを噛み締め、笑うんだ。


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


新学期ってさ いつも憂鬱

変化に耐えられない 私たち

繊細だなんて 言う気はないけど

ナーバスな心 隠しきれずに


隣の席で いつもはしゃいでた

君ははまるで 少年みたいだ

くだらない話を いつでも

特別みたいに 思っていたんだ


シンクロしたいよ 君の心に

透明な壁なんかもう いらないんだよ

シンクロしたいよ 君の体に

混ざりあって溶け合って分かり合えたなら


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


 ——目の前にあるのは数台のカメラ。

 だからその向こうにいる人の顔は全然見えなくて、想像するだけ。

 どうか笑って。

 楽しんでもらえますようにと祈るだけ。


 届け!


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


「失恋」とは言うけど、

「失愛」とは言わないだろう?

きっと愛は失ったりしないんだ、なんて

君はまるで 少年みたいだ


シンクロしたいよ 君の心に

離れ離れに いつかなっても

シンクロしたいよ 君の記憶に

同じ風景の中にいたんだって きっと覚えていて


。oOo。.:*:.。oOo。.:*:.。oOo。


 よく跳んだ!

 よく歌った!


 キレのあるかえでのダンスも、色っぽい杏里の仕草も、キュートな恵の表情も、精一杯な私、乃亜のパワーも、全てが、カメラの向こう側にいる誰かに届きますように!


*****


「……で、あんたはなんでメソってるのよ、乃亜」


 収録終わりの車で、私は一人、べそべそと泣いていた。それを見た杏里が呆れた顔で言ったのである。


「だって、だって……マーメイドテイルがっ、かえちゃんのダンスは最高だし、杏里ちゃんのセクシーポーズはとてもカッコいいし、めぐたん可愛すぎて、もう、最高なんだものっ」


 そう。

 私は、大好きなマーメイドテイルのライブをことに、感動してしまったのだ。


「……乃亜たん、メンバーだよ?」

 恵も呆れた声を出す。


「でもさ、マジでビックリしなかった? 今日の乃亜ちゃん」

 かえでが言うと、杏里と恵が堰を切ったように話し始める。

「思ったよぉ! 乃亜たん、メイク終わった瞬間、昔の乃亜たんなんだもん!」

「だよねっ? トークの受け答えとか、まさに乃亜、って感じだったのにさぁ!」

「私、思わず突っ込んじゃったもんっ」

「一瞬、今までの乃亜が嘘で、本当は記憶障害なんかなくて、長いこと私たちを騙してたのか、って疑った!」

「アン、ほんとそれ!」

「でしょっ?」

「なぁのぉにぃ?」


 最後に恵がそう言うと、全員が私を見る。


「メイク落とした途端、これって……」

「ほんとにあれ、演じてただけなんだ」

「乃亜たん、恐るべし」

 トーンが一気に落ちる。


「乃亜ちゃんが戻った最初のころ、マーメイドテイルが好き、って言ってたじゃない?」

 かえでが言うと、他の二人が、

「ああ、」

「言ってたねぇ、そんなこと」

 と、同意する。

「それってさ、前の乃亜ちゃんみたいな『私の所属するマーメイドテイル、最高!』って意味だと思ってたんだけど、違うよね?」

 それを聞き、杏里が

「え? どゆこと?」

 と聞き返した。


「この子、……なんじゃない?」

「えええっ?」

「はぁぁ?」

 驚く杏里と恵。

「ね、乃亜ちゃん?」

 かえでの質問に、私は答えた。


「……箱推しですぅぅ」


 そう言って、また涙する。

「……ちょ、は?」

「やっぱり」

「乃亜たん……、」

 呆れかえる三人に、私は力説する。


「私、水城乃亜さんであって水城乃亜さんではないんですぅ。わかりますっ? ただの引き籠りでなんのとりえもなかった私が、ある日突然、目が覚めたら水城乃亜なんですよぉ? マーメイドテイルのライブを初めて観たときの私の気持ちがわかりますかっ? もう、言葉にならない興奮と敬愛、生まれて初めての感覚にどうにかなっちゃいそうだったんですからぁっ」


 べそべそしながら、続ける。


「かえちゃんのダンスは最高だし、杏里ちゃんはカッコいいし、めぐたんの可愛さはすごいし、そんな人たちに囲まれて、しかもみんなが優しくしてくれて、私、幸せすぎてどうすればいいのかっ」


 おかしな発言を繰り返す私を他所に、三人は佐々木マネージャーを見る。

「ね、これ本当に大丈夫なの?」

「乃亜たん、かなり重症」

「だね」

 そんな三人に、佐々木マネージャーはサクッと返す。

「メンバー内にマーメイドテイルの推しがいる……。それって、まぁ広い意味で言えば怪我をする前の乃亜と同じなんじゃない?」

 そう言われ、三人が「ああ~」と、何故か納得する。


「確かに、乃亜ってマーメイドテイルのことめちゃくちゃ好きだよね」

「わかる! 国民的アイドル目指す! ってずっと言ってたもん」

「そっか、ここにいる乃亜たんは昔の乃亜たんと違っても、気持ちは一緒なんだねぇ」


 その言葉を聞き、私は少しだけ……ほんの少しだけホッとしたのだった。


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