第8話 ミュージックプラネット
「ええっ? ミュージックプラネットにぃ?」
かえでが叫んだ。
「そうなのっ、さっき社長と佐々木さんが話してるの聞いてさぁ!」
恵が興奮した様子でそう言った。
「すっごいじゃん! ミュープラ、目標だったもんね!」
杏里もまた、飛び跳ねて喜んでいた。
「みゅ~ぷら……?」
私が首を傾げると、
「ミュージックプラネット! 音楽番組だよ、乃亜たん!」
恵が説明を始める。
「番組内で、今週のピックアップっていうコーナーがあって、毎週新人アーティストを紹介してくれるんだけど、そこにマーメイドテイルが選ばれたんだって!」
半分くらい意味が分からない言葉だった。
「でも、なんで? あそこってコネがないと無理って聞いたことあるけど」
杏里が腕を組み、言った。
「それがね、乃亜たんのおかげみたい!」
急に名前を出され、驚く。
「え? 私?」
「そ! この前の映画撮影! あれで乃亜たんに目を付けてくれた人がいるって!」
撮影の日、私に声を掛けてくれた人……。
「あ、プロデューサーさん」
確かに、少しだけお話させてもらったし、褒めてもらったのだ。
「乃亜、すごいじゃん!」
杏里が私の頭をわしゃわしゃ撫でる。
「乃亜ちゃんの事件もさ、ある意味センセーショナルだったしね。復帰して、こんなに元気になりました、っていうの、話題になるもんね。あと、映画の番宣?」
と、かえで。
すると、顔を曇らせたのは杏里。
「ねぇ、だとしたらさ……乃亜がちゃんと復活してないとダメってことだよね?」
「そりゃ、そうだ」
「今の乃亜がミュープラ出て、パフォーマンスしてトークすること考えてみて?」
杏里に言われ、恵が肩を落とす。
「……あああ、乃亜じゃないってバレる」
「でしょ?」
三人が腕を組んで、う~ん、と唸り始める。
「あの……、」
私、小さく手を挙げる。
「ん? 乃亜たん、なに?」
聞き返す恵に、私はしどろもどろになりながら答える。
「えっと、先日の映画撮影の時に、私、生まれて初めて『演じる』っていうことを目の当たりにしたのです。で、その、私は今までの乃亜さんではないという事が、えっと、バレないように……ですね、その、」
「わかった! 以前の乃亜を演じようってことだ!」
杏里が手を叩いた。
「はい!」
「……そんなこと出来るのかなぁ?」
かえでが不安気に言う。が、
「多分乃亜たんなら大丈夫! 私たちも協力するし! みんなでこの局面を乗り越えようじゃないか!」
恵が拳を握り締め、叫んだ。
「よぉ~し! やるかぁ!」
かえでが立ち上がる。そして三人が大きく頷き合った。
「みんな、ありがとう……」
私は、込み上げてくる涙をこらえて頭を下げた。
そして、この日から特訓が始まる……。
*****
私は乃亜の出ている動画という動画をすべてチェックした。会話の受け答え、喋り方の癖、考え方や頭の回転などを、これでもかというほど考察する。そして彼女を知れば知るほど、乃亜の凄さを思い知ると同時に、水城乃亜という人物にハマっていくのだ。
ライブでの彼女は特にすごい。
くるくると変わる表情。曲ごとに違う人物であるかのように歌い、踊る。空気感を作り出すと言えばいいのか、とにかく目が離せない。それは、努力の賜物なのか、それとも天性のものなのだろうか。
ひとつひとつの仕草や立ち振る舞い。会話中の声のトーンも、まるで計算しつくされているかのような……どこをどう切り取っても、すべてが『水城乃亜』なのだ。
それから私は、母に頼んで幼い頃の話も聞いた。写真を見せてもらいながら、丁寧に説明を聞く。聞いたことはすべてノートに書き取り、乃亜という人物を頭に叩き込む。
ずっと家に引きこもって勉強をすることばかりだった私には、この作業は全く苦ではなく、むしろ楽しくすらあった。
「問題は、ダンスと歌……かしら」
ライブ映像を見て、思う。
体は乃亜のものだ。リーシャのころと比べると、断然に体力があるし、体が軽い。ダンスだって、きっと踊れるはずなのだ。脳が追いついていないだけ。体の動かし方さえわかれば……。
そのためには、
「練習あるのみ、ですわ」
私は今までに感じたこともないほど、自分を追い込んだ。メンバーに手伝ってもらい、自主練に励み、とにかく体を動かす。音楽を聴き、リズムを叩きこむ。
歌はさほど問題なく歌えた。そういえば昔から、私は歌うことに関してはよく褒められたのだった。伸びやかでいい歌声だ、と。
ミュージックプラネットで歌唱するのは、マーメイドテイルのデビュー曲『シンクロ』。私もこの曲が大好きだった。だからこそ、マーメイドテイルのファンにガッカリしてほしくはないし、マーメイドテイルを知らなかった人に、この歌を届けたい。
そう、届けたいんだ。
「よし、合わせてみようか」
かえでが言う。
私は大きく頷き、位置に着いた。
イントロが流れる。
軽快なリズムを刻む。
私はタンッっと飛び出すと、マイクを手に歌い、踊った。精一杯、力を出し切る。
*****
「……うん、いいと思う」
息を切らす私に、かえでが笑った。
「かえちゃん……本当に?」
「よかったよ、乃亜たん!」
「めぐたんっ!」
「合格、だね!」
「杏里ちゃん……」
何とか、仕上がったのだ。そう思うと、体が震えるほど嬉しかった。
「よぉし、この勢いで、ミュープラ頑張ろうじゃないかっ!」
杏里が右手を差し出す。皆がそこに自らの手を重ねる。勿論、私も!
「マーメイドテイル~!」
『ゲット、ウォ~タ~!』
私は水城乃亜ではない。
けど、精一杯、彼女を演じようと思う。
それは義務でもあり、私に与えられた特権のような気がしていた。
私は、マーメイドテイルを誰よりも推しているのだから!
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