マーメイドテイル ~その人魚には見えない翼が生えている~

にわ冬莉

第1話 目が覚めたら知らない場所

 色とりどりのスポットライトと爆音。

 熱狂しながらペンライトを振り続けるファン。

 スモークの煙と、モニターに映る少女たち。


 迸る汗!

 ふわりと舞うスカートの裾。

 歌声。

 ダンス!


 すべてが、キラキラと輝いているこの場所を、ここにいる誰しもが噛みしめている。


「みんなぁ! 元気にしてた~っ?」

 マイクでそう問いかけると、会場からひときわ大きな声援が上がる。

「会いたかったよ~っ!」


 この言葉は、嘘である。


 ……いや、嘘であるはずだった。


 けれど、この場所で、大勢の人たちの前で光を浴び、歌い踊った瞬間、私はこの叫びを、心の底から発することになったのだ。


「それでは次の曲、聞いてください。私たちのデビュー曲。『シンクロ』です!」


 ドォォォォォ、と会場が揺れるほどの声。同時に流れるイントロ。何度も聞かされた曲を体中で感じ、鳥肌が立つ。心の中がこんなにも熱くなるなんて、今までに経験したことがない。


 私は、高く、高くジャンプした。


「水城乃亜、いっきま~す!」


 それは私にとって、二つ目の名前である。


*****


 事の始まりは数カ月前になる。


 私は痛みと共に目を覚ました。

 見たこともない眩しい光と、見たこともない服を身に纏った女性の姿。そして幾重もの透明な蔦のような細長いものが自分の体に付けられている。


「あ、目が覚めましたか? 気分はどうですか?」

 にこやかに話し掛けられているものの、状況がつかめない。一体どうしてこんなに体が痛いのか、ここが自室ではないことだけはわかるのだけど。

「乃亜さん? 大丈夫ですかぁ?」

 返事をしない私に、その女性は再度声を掛けてくる。


(乃亜さん?)


 人違いをされているのだとわかり、私は口を開いた。

「あの、私の名は、」

 そこまで喋ったところで信じられないほどの違和感。声が、自分の知るそれとは全く違っていたのだ。

「え?」

 体を起こそうと手をつく。が、

「痛っ」

 脇腹辺りに激痛を覚え、思わず声が出る。


「ああ、まだ動かない方がいいですよ。ベッドを少し起こしましょうか?」

 女性は手際よく作業を終わらせ、歩端を押した。すると、寝ていたベッドが勝手に動き出し……、

「動いてるっ」

 思わず声が出てしまう。

「今、先生を呼んできますね」

 にっこり笑うと、部屋を出ていく。


 狭い部屋だった。


 殺風景で何もない。小さな窓とカーテン。カーテンは閉まっていて、外の様子は伺えないのだが、どうやら夜であることだけはわかる。それなのに部屋は眩しいほどの光に満ちており、室内には見たことのない『なにか』が沢山目に留まる。


 声がおかしいのは薬のせいかもしれない、と私は思い始めていた。

 あの時飲まされたお茶が、なんだかとても変な味だった、と目を開ける前の記憶を辿る。

 苦しくて、息が出来なくなり、ああ、このまま死ぬんだ、と思ったのだ。


「お待たせ。乃亜ちゃん、傷は痛む?」

 また、人違いをされている。さすがにこれは、違いますと言ってあげた方が親切だろうと考え、違和感のある声で告げる。


「あの、先程からどなたかと間違っていらっしゃるようです。私はノア……さんではございませんの」

 私の訴えに、その場にいた二人が動きを止める。そして顔を見合わせた。

「今……なんて?」

 男性が怪訝な顔でそう訊ねる。私は小首を傾げ、再度、告げた。


「ですから、私はノアさんという方ではございません。何かの間違いです」

「……では、あなたは?」

「私ですか? 私の名は、リーシャ・エイデル。エイデル伯爵家の者ですが……ここは一体、どなたのお屋敷なのでしょう?」

 辺りを見回し、訊ねる。と、何故か二人は急に慌て出した。


「先生、これってどういう事なんですかっ?」

「私にもさっぱりだ……。だが、ショックで一時的に記憶が混同しているのかもしれない」

「混同って、何と?」

「小説やなんかであるだろう、この手の……ほら、なんだっけ。流行ってるやつ!」

「もしかして、異世界転生とかですかぁ?」

「そう! それだ、それ!」

「でも、彼女は、あの水城乃亜ですよ? そんなことあります?」

「水城乃亜だって普通の女の子だろ。小説くらい読むっ。読んだ小説の設定を、だな」

「まさか!」


 揉めている二人を、私はハラハラしながら見つめていた。


「あの、マルタを呼んでいただけませんか? 私、家に帰らなきゃ」

「マルタ?」

 そう聞き返す女性に、私は深く頷いた。

「私付きの女中です。彼女がいれば私、なんとか屋敷まで帰れると思うので、」

「あああああ!」

 男性が頭を抱えた。


「乃亜ちゃん、待って! 少し頭を整理しようか。ここに来る前のこと、何か思い出せるかな?」

 言われ、ゆっくり目を閉じる。一つずつ思い出してみる。


「私は、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い出されました。そもそも親が決めたお相手ですので、特に悲しいとか辛いとかいうことではありませんでしたが、あの家を出られる、という事には淡い期待もあったかもしれませんね。それで、その夜、妹のアイリーンが私にお茶を。そのお茶が少し、その、おかしな味がしたんです。で、しばらくしたら具合が悪くなって倒れました。息が苦しくて、このまま死ぬんだ、って思って、」


「えええ、」

 今度は女性が頭を抱える。

「先生、これやっぱり転生もののノベルスかなんかかもしれません~!」

「……いや、仮にそうだとして、じゃあこれは記憶障害ってことなのかなぁ? 読んでいた小説の主人公が自分だって思っちゃってるってこと? そんな症状、ある? あるのかぁ?」

「とにかく、目を覚ましたことをご家族に」

「ああ、そうだな」


 二人は私に横になるよう勧めた。ベッドがまた勝手に沈み、平らに戻る。


「お母さんが来てくれると思うから、安静にしてて。ね?」

 そう言い残し、バタバタとその場を後にする後姿を見送りながら思う。


「お義母様……? 私、また怒られてしまうわね」

 私は深く溜息をつくのだった。

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