第19話 天照の水晶

 鳥居を潜るくぐると美久は夕陽が差し込む病室にいた。


 目の前で病院の白いベッドの上に包帯が顔じゅう巻かれている男性がいて横には男性の顔に自分の顔を頬擦りしながら涙を流している年老いた女性。


 女性は「雅史、雅史」と包帯で耳まで隠れた男性の耳元で名前を呟いつぶやいている。



   「どうしてこんな目に」         


 夕日が顔の包帯を照らす。

 美久はその時、「諏訪雅史」と呟いた。


 ここは美久の念力で身体中の骨を破壊された諏訪の病室で横にいるのはたぶん母親だ。


 乾いた白髪混じりの髪は纏めまとめただけで頬にはいくつかシミが浮き出ている。


「私の命をあげるから死なないで」


 そう言うと母親は疲れているのか息子の身体に優しく手を乗せ泣きながら眠ってしまった。


 美久は立ち尽くしたまま目から涙が溢れ出た。

 

後退りしながら


 「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も呟やく。


 人間の世界には救いよの無い悪人にもその親や兄弟など慕う人がいる。


 諏訪の所業を思い出せば当前の仕返しと思うのだけど、母親の気持ちが美久の脳に直接悲しみを伝えてくる。


 母に優しかった息子はもう帰ってこない。


 母子家庭で育てたせいなのか、乱暴で外で問題ばかり起こしてきてたけど


 母の日には照れながらも必ず花を買ってきてくれてた。優しい息子。もう目覚めないかもしれない。


 私の生きがいだった。


 深い絶望と喪失感。


 波のように押し寄せる悲しみ。


 美久は泣きながら声を立てないよう口に手を当てて後ろを振り返る。


 するとそこは学校の教室だった。昼休憩中のようだ。


 明美が見える。


 周りの女の子5、6人集めて話している。


「知ってる、諏訪君達をあんな風にしたのは美久らしいよ」


 周りの子「えーっ、無理っしょそれ」


 明美「やられた男の1人が意識が戻って全員一瞬でやられたって言ってるんだって」


 周りの子「どうやって」


 明美「なんか超能力っぽいよ」

  

   「怖くない」


 周りの子「マジで、美久ってなんかやばい雰囲気あったしね~」


 明美「怖すぎるよ、あそこまでやるって狂ってるよ」


 周りの子「人間じゃないかもよ」


     「いやーっ」「怖すぎる~」


 翔太が近くに座っている。


 明美「翔太あんたも見たの」


 翔太「記憶が無いんだよ」


 明美「私もう美久とは帰れないわ」


   「怖すぎるわ」


 翔太「、、、、、」


 あんなに仲よかった明美が自分を陥れおとしいれるとは、もう周りの子達も仲間に入れてくれないだろう。


 諏訪達から救ってお礼を言われても良いくらいなのに。酷い言われようだ。


 病院で明美の容態が良くなるのを祈ったのも馬鹿みたいに思えてくる。


 明美に対して残念な気持ちが湧き上がる。


と同時に憎しみさえ感じ始め、イライラしてくる。


 翔太も言い返してよ。何ぼーっとしてるの悔しくて悲しくて堪らないたまらない


 そう思うと私は何から何を守ろうとしているの?


 こんな人達を守る意味があるのか、全て忘れてどこか遠くに行きたい。どこかに逃げてしまえば考え無くて済むんじゃないだろうか。


 一瞬何がなんだか分からなくなり頭の中がグルグルする。もう立つことも出来ない。


 逃げたい。

 何もかも捨てて。

 結局誰も救っていない。

 諏訪の母親の涙が頭の中を支配する。


ーーーーー


 肩を揺さぶられている。気づくと武司が美久の肩を揺さぶっている。"パパ"


 「美久大丈夫か」


 武司は心配そうに目を見つめている。


 鳥居を一歩越えた瞬間に強い催眠状態になるようだ。


 武司は催眠が効かないのか、全く大丈夫なようで倒れているローラ、ジェニー、ルビーを時折腰を押さえながら次々に鳥居の手前に抱きかかえて戻している。


 皆んな頭を振りながらゆっくり目を覚まし始める。


 それぞれ戦意消失したようにグッタリしている。


 起き上がるのも億劫なようだ。


 その時鳥居の向こうで何か大きな岩のようなものが動いた。


 いや、ずっと動いている。


 美久が懐中電灯を向けると大蛇がこっちに近づいてくる。


 早い。


 そして大きい。


 美久が立っても大蛇の頭のほうが大きい。


 白く大きな大蛇は少し口を開け、赤く先が割れた舌を出している。


 大蛇「お前たちは誰だ、ここに何の用だ」


 頭の中に話しかけてくる。


 美久「私達はアマテラスの水晶を取りに来たのよ」


 「今、日本は大変なことになっているの」


 「貴方は守り神なの?」


 「私達はヤガミヒメの末裔よ」


 大蛇「だからどうした。よくも簡単に持って帰るなどと言ったな」


 「お前達には渡せない」


 大蛇はそう言うと首を持ち上げ裂けた大きな口を開け戦闘体制に入った。


 「シャーッ」と言う息を吐きながら顔は動かさず首から下を左右に振り始める。


 大蛇「お前達の力などこの中では何の役にも立たないぞ」


   「しかし、よく鳥居を越えて俺の催眠を解いたな」


 ルビー「こっちには武司さんがいるからね」


 武司「え、ええっ、ここで俺に振らないで」


 大蛇「お前は、」


   「お前は大きな蛇に守られているな」


   「人間には見えないだろうが、、、」


   「お前の守護神の蛇神は、、、えっ、、、なにっ首が八つあるのか、、、オ、オロチ」


   「こんな強い守護神を見たことがない。いや、しかし、こんなことがあるとは、、、」


   「だからここまで来れたのか」


   「分かった」


   「お前だけついて来い」


   「他の者達はこの先は超えられない、ここで待て」


 武司「皆んな行ってくるよ」


 美久達が見守る中、武司は懐中電灯を頼りに大蛇について奥に進む。


 大蛇はかなり全長も長いようで身体を折り返して頭部の横について歩くが尻尾がどこなのか全く見えない。


 だいたい100mくらい歩いた所に宝物庫のような木造の建物がある。小さなほこらのようでもある。


 大蛇「お前についている守護神から水晶が必要な理由は聞いた。今こそ水晶の力を発揮する時なのかもしれん」


 「この宝物庫の扉を開くと、それはある。」


「スサノオに渡して砕かれた水晶と同じ水晶だ」


 武司は「分かった」と言うと宝物庫の扉を開く。


 部屋の真ん中に腰まで位の高さの台座があり、その上に直径10cmくらいの大きさの水晶がある。


 紫の座布団のような敷物に乗せられている。


 長い年月その上にあったのか、水晶を持ち上げると紫の座布団は粉状になって崩れた。


 武司はリュックを開けその中にそっと水晶を入れた。"思ったより地味な水晶だな"と思いながら

宝物庫を出て扉を閉める。


 大蛇「必ずそれを役立てろ」


  「水晶を地味だと思ったろう」


  「お前バチが当たるぞ」


   ふふふ、大蛇は少し笑った。


  「俺も長い勤めから解放されたな」


  「俺は少し休むよ」


  「しかし、、、初めて父を見た」


  「武司とか言ったな幸運を祈る」


 そう言うと大蛇は宝物庫に何重も蜷局とぐろを巻いて静かに目を閉じた。


 武司「ありがとう」と言ったあと


    "必ず日本を救ってみせる。"


    そう頭の中で返してから


 武司は「この俺が、信じられない」と呟きながら鳥居の前で待つ美久達に向かって歩き始めた。

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