第16話 リボーン

 京子が広島の三次みよし第一高校を卒業するまでに兄の一郎は大阪の商社で働くべく逃げるように1人で家を出た。


 昭和28年4月 京子は広島大学 文学部に合格し、東千田キャンパスに通うため大学近くのアパートで一人暮らしを始める。


 この時代若い女性のひとり暮らしは珍しいが母は京子の存在が恐ろしくて仕方なかったので積極的に一人暮らしを後押しした。


 京子も大学に入学するといくつものサークルやクラブから勧誘を受ける。大学の入口に大勢の学生が待ち構えていて声を掛けられた。


 全く興味の無い京子だったが痩せ気味で丸い眼鏡をかけた坊主頭の学生服を着た男性と痩せて髪は七三分けの学生服を着た2人の心霊研究会の前を通り過ぎる時、2人は京子を見て駆け寄ってきた。


「ちょっと驚いたよ」


「貴方、すごいな~」


「なんか雰囲気出てるよ」


「俺たちの探してた人にピッタリだ」 


「話だけでも聞いて、ねぇ、お願い」


 しつこく話を聞いて欲しいと懇願する姿に京子は5分だけと約束して部室について行った。


 彼らは警察の取り調べ室に有るようなスチールデスクの前にあるパイプ椅子を京子に勧め、自分達も畳んであった椅子を取り出し京子の正面と真横に座る。


 部屋はざまざまな宗教の解説本や超常現象にまつわる本、海外の降霊術を解説した本も多数あるようだ。


 またドアの内側には活動している証として降霊会の日時や場所が入ったポスターなどが所狭しと貼られている。


 坊主頭は「近藤幸雄です」と名乗り、もう1人の痩せた男は「菅野聡です」と自己紹介した。


 京子も「天童京子です」と告げると二人はすぐさま名前をメモしている。


 二人はさっそく話し始める。


 近藤「私達はこのポスターにあるように定期的に降霊会を行っています」


「しかし、最近何も起こらないのを参加者が不満がるので参加者の中の1人にお金をこっちが払って霊が降りて取り憑いたふりをしてもらってるんです」


 菅野「それが、彼女がもう辞めたいと言い出して、代わりもいないし、何か目新しいものがしたくて海外の降霊術をやってみようと話してたんです」


 京子「それで霊が取り憑いたフリを私にしてくれとおっしゃるのね」


 京子はニコリともせず真顔で話し2人の目を見る。


 近藤「いやいや違うんです」


「アメリカにリリーデールという降霊村があるのですが、そこから来た霊媒師ということで座っているだけで良いんです」


「そこは世界各国から集まった本物の霊媒師だけが暮らす村なんです」


 菅野「儀式は私が指導しますし、霊が降りて来なくても私達が空いてる椅子を紐で引っ張って動かしたり、花瓶を落としたりしますから」


「参加者もそういうのを目当てで来てますから、みんなでキャーとか言って楽しんでるんですよ」


 近藤「突然すみませんね」


「やって頂けるならバイト代もお支払いします」


 菅野「部活存続がかかってるんで、なんとかお願いします」と平身低頭に頭を下げる。


 京子は「うーん」と言って

1、2分回りを見ながら「いいわよ」と言った。


 近藤と菅野は下げ続けていた頭を上げると


「本当ですか」と2人は手を取り合い喜んだ。


 京子は「なんか良い事した?」と言って笑った。


 降霊会は1ヶ月後の日曜日 夜7時からだった。京子と近藤、菅野は週にお互いが都合のつく月水金曜に部活動を行い、準備と役作りに励んだ。


 5月6日の日曜日、その日は昼からまとまった雨が降り始め3月並みの寒さを記録している。


 降霊会は降りしきる雨の中、21人の観客が入り会場には少し席に空きが見られた。


 会場は広島市の東千田市民会館を借り、20畳程度の部屋にパイプ椅子が25脚設置してある。


 恐怖を駆立てるお決まりのムードを出す為照明は点けずに全て蝋燭の灯のみである。


 近藤と菅野はいつもの学生服だが京子は近くの巫女さんの衣装を借りて長い髪は後ろで一つに縛った。


 そんな京子は狐顔に一重で吊り上がった目元が妖艶で霊媒師らしい怪しい雰囲気を一層際立てる。


 最初に近藤と菅野が交互に最近聞いた不思議な話や怪談話を15分ずつ話して場の恐怖を盛り上げる。


 観客は2人の静かで抑揚よくようのない語り口にまるで全て真実の話であるかのような錯覚を覚える。


 また、雨の音だけが会場を包み込み一層不気味な雰囲気が増していき近藤と菅野は最高の演出になったとお互い目配せしていた。


 次が京子の降霊術だった。近藤が彼女の呪われた生い立ちや海外で初めて霊媒師として認められた日本人だと全て嘘っぱちだが真剣な顔で淡々と説明する。


 京子は英語の挨拶と日本語の挨拶を二つして真実味をアピールした。


 京子「では、この中で霊を呼んでほしい方はおられるか」と観客に問うた。


 すると前列の右端の40代くらいの女性が戦争で亡くなった夫に会いたいと申し出た。


 京子「あいわかった」と答える。


 京子は俯きながら呪文を唱え始める。


 近藤が菅野に目で合図を送る。


 菅野は事前に釣り糸に使う透明な糸を誰も座っていない椅子の脚に縛っていた。


 それを小刻みに引っ張った。


    "ギギ、ギギギギ、ギギ"


椅子の下に付いているゴムが床に擦れる音がする。


 会場は悲鳴に包まれ、音のする椅子の周りの観客は横に飛び跳ねて距離を取る。


 依頼した女も「何、なんの音」と動揺し始める。


 近藤「静かに、静かにして下さい」


「旦那さんが帰ってこられました」と告げる。


 また、続けて前のテーブルに置いていた小さな花瓶も落ちる。これも安い花瓶を事前に準備し糸で結んでいたのである。


 観客も「おおっ」と口々に驚き、顔を恐怖で引き攣らせている。


 しかし、1人の客があまりの怖さに転げた時に足が糸に絡まって椅子の脚に結んであるのがバレてしまった。


 すると観客達は「なんだこれイカサマか!」と急に声を荒げ始めた。


 他の客も「なんだ、全部嘘かよと」今まで恐怖のあまり縮こまっていたのに虚勢を張り始める。


 その時会場の隅々に設置してあった蝋燭10本が風も無いのに全て消えた。


 観客は「おい電気点けろ!」と言い始め菅野が「すみません、失礼しました、どうしたのかな」とスイッチを探していると


 会場入口のドアが突然開いた。


 雨の中日本軍の軍服を着た男が立っている。


 無精髭の生えた顔は真っ青で体は骨と皮だけのように痩せ細り、服は雨が降っているのに濡れていない。


 観客のひとりが「また演出か、もう良いよ」と声を荒げる。


 その軍人は野次馬には見向きもせず会場に入ってくる。近藤も菅野も開いた口が塞がらず、誰の演出なんだろうと固唾を飲む。


 青い炎に包まれているように軍人は真っ暗な部屋でもよく見える。


 依頼人の女は恐怖が顔に張り付いた顔で椅子から滑り落ち、尻をついたまま後退りあとずさりした。


     「あ、あなた、、、」


 軍人は女の前に来ると手を差し伸べ

「沙代子、会いたかった。さぁ行こう」と小さな声で言う。


 しかし、女は


「イヤーーーッ」 「来ないでー」


 と叫び声を上げ、頭を手で押さえて左右に振りながら目をきつく閉じている。


 軍人は寂しそうな目で京子を見る。


 京子は「すまなかった」


 そう言うと軍人に向けて右腕を斜めに切り短い呪文を唱えた。


 次の瞬間、軍人は霧のように足から消えていき、おぼろげな青い炎だけが彼のいた場所に数秒間残留した。


 周りの観客は言葉を失っていた。


 女は京子に肩を支えられて立ち上がったが、そのまま半狂乱状態で雨の降る暗い街に走って行った。


 会場の照明スイッチを菅野が点けると


 観客達の1人は消えた軍人がいた場所を何度か点検しトリックであることを期待していたようだが何も見つけられず不思議な顔をしている。


 他の客達も急に怖くなり後退りしながら会場を後にした。


 観客が全員帰った会場で近藤は


「京子さんやりましたねー」


「後で仕掛け教えてくださいよ」


 と言いながら菅野と椅子を片付け始める。


 京子は窓を開け、ひとり雨の降る窓から真っ暗な外にぼんやり浮かぶ先程の軍人を見ていた。


ーーーーー


 それから彼らの心霊研究会は噂を呼び降霊依頼が徐々に来るようになった。


 最初、近藤と菅野は半信半疑だったが京子が本物だと分かると


 高額な価格を設定し一気に心霊研究会は裕福になる。


 近藤と菅野は毎晩広島の流川で豪遊し学生服がはち切れるくらい太り始めた。


 1年が経過する頃には心霊研究会は大学の外に事務所を設けるまでになった。


 京子は大学を中退し、天童交霊会と名前を変え近藤、菅野も追いかけるように大学を中退すると京子を教祖としてリボーンの前進がスタートした。


 その5年後、京子は会の名前をリボーンに改め宗教法人として登録すると広島県三次市に総本山を建立。


 それから全国に支店を拡大していく。


 京子は三次市の総本山にニライを祀る巨大な祭壇を作った。


 毎晩ニライからのお告げを待ち、ニライの指示のまま闇の鬼達を現世に呼び寄せ、リボーンの幹部を人間の姿をした鬼達が取り仕切るようになった。


 1980年、1月9日 京子が祭壇でニライへの祈りを捧げているとき、急に眩暈がしたかと思うとあの死後の世界で見た塔の暗い地下室に座っていた。


  ニライの眠る岩の前である。


 ニライ「日本を転覆させる時が来た」


 京子「おおっ、なんと、素晴らしい」


   「どのように」


 ニライ「お前にこれから起こる大災害を見せる」


   「しかと見届けよ」 


 すると、目の前の岩に日本の風景が映る。その至る所で地震が頻繁に発生し、家屋が潰れ人々が逃げ惑う姿が見えた。


 次に日本の活火山が至る所で噴火し九州、東北では火事、山の崩落等あらゆる災害が発生する上に富士山が大噴火を起こし、災害復旧する間もなく日本全土が火山灰で覆われる。


 更に富士山から流れ出る大量の溶岩は日本海にまで達し静岡県はほぼ全滅する。


 噴火した火山から風に乗って運ばれる大量の灰で電気、水道、ガスなどのインフラは全てズタズタになり九州から本州にかけて様々な場所で略奪や殺人が横行している。


 京子は心から嬉しそうな笑顔でこの光景を見つめている。"憎い人間どもが慌てていること"


ニライ「今こそお前の力が必要だ。地震が頻繁に発生した後、桜島と阿蘇山が同時に噴火する。」


「それが合図だ」


「それから3日以内に富士山の火口に行きお前の呪いを込めたアマテラスの水晶を投げ込むのだ」


  「それが富士山大噴火の条件だ」


京子「承知つかまつりました」


 京子は深々と頭を下げて土下座する。だが顔を上げると現世の祭壇の前に座っていた。


 辺りを見まわして祭壇に向き直ると、真剣な眼差しで


 「ニライ様、必ずやり遂げます」と呟いた。

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