第7話 ローラ


 1895年日本は明治時代の真っ只中、山神家の婿養子で4男の山神秀夫は妻の山神香世とアメリカに新たなビジネスを夢見て家族揃って渡米していた。


 しかし、日本政府の推奨するアメリカでの仕事はどれも日本で聞いた話しとは裏腹で広大な農場での奴隷と等しい仕事だった。


 生活は日本の農家より遥かに苦しい日々で食うや食わずの毎日である。


 家族で心中を考えたことも一度や二度ではない。日本人に対する差別も激しく特に第二次世界大戦中の真珠湾攻撃以降、アメリカ人の日本人に対する扱いは筆舌に尽くしがたいものであった。


 そんな時代に秀夫は通訳としての仕事を得て日本人捕虜への裁判、労働内容の説明、待遇説明などを行い、終戦後は日本とのビジネスにおいて通訳として苦しい時代を耐え抜いた。


 そして秀夫の娘は30才の時、ダイエットと日本食ブームに狙いを定めロサンゼルスに住居を移し、リトルトーキョーで米粉を使ったパン屋を開き繁盛店のひとつになっていた。


 秀夫の孫娘、山神ローラは家が近所の幼馴染みジョン・マーシャル・ノア、通称ノアとロサンゼルス統一学区の生徒の2年生として毎日登校していた。


 ローラの父はルークというイタリア系アメリカ人である。


 ハーフのローラはイタリアでもアラブの末裔と思わしき血も入ってるようなメリハリのある顔の骨格と透き通るような瞳、すっと通った形の良い鼻筋の美つくしい顔立ちで身長も既に178cmに達している。


 その美しさから周りでは彼女はモデルになるとか、スーパーボールの選手と付き合ってるとか根も葉もない煌びやかな噂が立ったが、彼女はそんな世界には全く興味を示さなかった。


ーーーーーー


 ローラは山神の娘として人とは違う能力があることに小さい頃から気づいていた。


 しかし、母親からこの国で絶対その力を使って見せびらかしてはいけないと教えられて育てられた。


 この国アメリカでは現代社会において未だに魔女を信じる人が人口の30%以上もいて魔女狩りは正しいことだと考えている。


 また魔女への拷問や火炙りをすることも正しいと考えている。ある意味危険な思想がまかり通っている国なのだ。


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 "1692年 セイラム魔女裁判などアメリカでは集団パニックによる恐ろしい事件が実際に発生している。"

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 ローラはスポーツや勉学において力を使わずとも優秀な成績を収めていた。


 しかし、彼女の興味は物心ついた時からチェスの勝負一点に集中していた。


 彼女が7才、エレメンタリースクールの1グレードの時お父さんと初めてチェスをした時旋律を覚えた。次の一手はお父さんが何を打つかで結果は全く変わる。


 ちょっぴり持っている力で先を読もうとしても何故か自分の相手が次どう打つかだけは読めなかった。どうやら人間の気まぐれみたいなものが次の手を変えるようである。


 "未来もそうやって変わるのかな"


 と子供ながら感じた。それからチェスの世界にはまりハイスクールでも暇さえあれば机にチェスを置いて一人チェスの特訓に明け暮れた。


 その甲斐あってかナショナルマスターに14才で勝ち上がりUS Chessと言うアメリカで最も有名なチェスの雑誌にも"新星現る"と特集を組まれることもあった。


 そんな16才の10月4日クラスメイトのノアとU.S. Chess Championshipのためセントルイスでの試合に向かう。


 ノアは応援席でずっと見守ってくれている。そしてローラは負け無しの7連勝を重ねた。明日の相手はハワイ州から来た異端児と呼ばれるナイアだ。


 ローラは何故か胸騒ぎがした。


 "何だろう、頭が痛いし、誰か私を見ている"


 会場近くのホテルで深夜目が覚めて言いようのない気味悪さを感じる。


 次の日悪寒と全身の倦怠感にローラは風邪を引いたと思ったが体温計をホテルに借りて熱を測ったら平熱だった。


「パパやママにたくさんお金だしてもらって来てるのに、、、行かなきゃ」


 ローラは自分を奮い立たせて会場に向かうとナイアも待合室に座っている。

 

 ナイアの肌は小麦色で目はくりっとしている。鼻は少し団子鼻だ。服装はピンクの上下ジャージを着ていて下には紫のシャツを着ている。


 歴史ある大会などまるでお構い無しといった格好だ。


 ローラは視線が気になり何故かナイアがずっとこっちを見てるように感じる。気のせいだろうか。私のファンという視線じゃ無い。


       "なんなのあの子"


 ナイアは15才で一つ年下である。全く笑いもせずローラを見つめる。


 その目を見ているとローラは胃酸が込み上げトイレに駆け込み嘔吐してしまった。


 ローラは気づいた。


 "彼女は力を持ってる"


 "この神聖なチェスの試合で力を使うなんて"


 ローラは怒りが込み上げてきた。そして試合の時間が来た。


 目の前で坦々と駒を打つナイア、開始30分あたりからナイアはローラの左脳に鋭い痛みを送ってくる。


 ローラは気づくと左の鼻から鼻血が垂れてきていた。

 

 目眩と頭痛が断続的に襲ってきて冷静に座っていることも出来ない。


       "卑怯な"


 周りの観客や審判の目も憚らずはばからずローラは椅子から倒れて床に転げ落ちた。


 ナイアは驚いた顔で見下ろしてくる。


 倒れたローラに審判が駆け寄り抱きかかえてくれた時ローラはなんとか休憩を申請してトイレに壁伝いに手をつきながら逃げ込んだ。


 "許さない、こんな大勢の人の前で力だけで勝とうなんて、もう戦うしか無さそうね"


 休憩時間ギリギリにローラは戻ってくるとチェス盤の前に座って試合再開となる。


 今度はあからさまだ。早くも左脳に大量の血液を送り込む念力が使われているのが分かる。


 一瞬脳内の血管が破裂するかと思ったがローラはクスッと笑った。


  "この程度なの"


 ローラは前頭葉から凄まじい力をナイアに送る。するとナイアの顔から汗が大量に吹き出し始め、次におでこから"ボコッ"と言う不気味な音がした。


 ローラが見つめる前でナイアは両方の鼻から鼻血を吹き出しながら立ち上がる。


 両手はピンと下を向き直立不動である。


 その時だった。ローラの頭に


      "止めなさい"


 と大きな声がした。日本語である。ハッと我に返りナイアを見るとチェス盤の横に立って目を開けたまま動かない。


 審判が走ってきてナイアに話しかけるとナイアは目だけをローラに向けてその場に倒れた。


 観客もナイアの元に集まり会場は騒然となった。

全ては会場の監視カメラに写っていてローラの視線とナイアの挙動に中継スタッフが疑いを持ち始める。


 ローラは

 "あれだけしか力を使ってないのにあんなことになるなんて"と動揺を隠せない。


 "人を殺してしまったかもしれない"


 考えれば考えるほど自分を責め始めてしまう。


 ふと観客席のノアを見ると彼がいない。ローラは直ぐに試合を棄権しホテルに走って帰るとロビーにノアの姿があった。


「ノアどうしたの、急にいなくなって」


「私心配したわ」


「その荷物は何、もしかして帰るの」


ノア「俺見たんだ、ナイアの頭が膨らむ前にローラが笑って目で合図したの」


  「あれローラの仕業だよね」


ローラ「待って違う、違うのよ、私知らない」


   「私じゃない」


   「先にやったのはナイアなの」


ノア「お前は魔女だ!」


 急にノアはホテルのロビーで声を荒らげた。  


ノア「お前は罰を受けるべきだ。待ってろ、今応援も呼んでる。お前を徹底的に調べてやる」


ローラの頬に涙がつたい、嗚咽が漏れる。 


「信じて、ノア違う、違うの魔女とは違うの」


ノアはスマホを取り出し友人達に何か話し始める。

ローラは泣きながら後退りしてホテルを出た。


もう手遅れだ、その内監視カメラの映像はyoutubeで流されるだろう。 


     終わった。


     何もかも。


 ホテルから出て 行くあてもなく歩いていると試合会場の観客だった男達がローラを見つけた。 


「あそこだ!あそこに歩いているぞ皆んな捕えろ!」 


「あいつは魔女だ!」


 凄い剣幕けんまくで3人の男達が走ってくる。ローラは急いでセントルイスの大通りを横切る。


 大通りは車が凄いスピードで走ってくるので男達が一瞬躊躇した時、1台の日産ファアレディZが目の前に停車してドアが開く


「さぁ乗って」


ローラ「貴方は誰」


「私は景子、貴方の遠い親戚よ、さぁ急いで」


 景子の車に乗ったと同時に男達が追いつきドアノブを掴もうとしたが景子はアクセルをベタ踏みしてタイヤを鳴らしながら発進し、リトルトーキョーのローラの家に向かった。


 ルート66を使い約5000kmの旅である。

道中景子はローラに祖先から伝わる力のこと、その力の使い方、日本が転覆の危機に晒されていることなど、いろんなことをテレパシーを使って説明した。


 ローラは自分の運命を理解した。

 

 家までのドライブは2日間を要したが、家までローラを届けると両親に挨拶もそこそこに景子は直ぐに日本に帰国した。


 既にローラの母親は景子に会う前にテレパシーで内容を聞き、事情を理解している。


 ローラも荷物を纏めると直ぐに学校を休学し、クラスメイトには誰にも告げず景子を追って日本へ旅立った。


もうロスにローラの居場所はどこにも無かった。

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