第4話 美久
美久は佳奈と同様に生まれた時から前世のことを詳細に覚えていた。
前世は大正時代に出雲神社の巫女として育ち念力を駆使して闇から湧き出てくる得体の知れない者たちと戦いを繰り返していた。
そんな美久は今回重要な役割を背負って再び生を受けた事を生まれた時から気づいていた。
また、山神景子も佳奈と武司から生まれてくる子がかつてない能力を持って誕生することは佳奈が結婚する以前から何度も予知能力で見ている。
ただし美久は詳細な前世の記憶を持つが故に回りの子供達とは全く馴染めず孤独な幼少期を過ごすことになる。
あらゆる能力を封じ、佳奈にだけテレパシーを通じて悩みを打ち明けていたがそれでも殺伐とした戦いを続けて来た記憶がふとした時に蘇り夜中に何度も目が覚め苦しんでいた。
そして回りの子供達のように明るくなれず友達が出来ない自分が辛くて仕方なかった。
ーーーーー
そんな美久も中学2年の時自分に何かと話しかけてくる天真爛漫な性格の松下明美と家が近かったため一緒に帰るようになり少しづつ会話するようになった。
そして鈴木翔太という勉強そっちのけでゲーム好きな同級生も美久の秘めた美しさに気づき話しかけてきた。
美久は普段その整った顔を隠すためアルミフレームの眼鏡をかけていた。しかし一重で切れ長の目と茶色に輝く瞳を持ち、唇は薄く小さめで肌は透き通る程に白い。また、肩まであるストレートの黒髪は艶ややかで誰よりも輝いていた。
翔太は2年生のクラス変えで一緒になってからメモを回してきたり、消しゴムを借りに来たりと美久も"昭和か"と思うほどベタなアピールを仕掛けて来た。
しかし美久は思いがけずそれが嬉しかった。2学期からは毎日出来るだけ3人で学校から並んで帰った。
精神年齢は遥かに美久は2人よりも大人だったが明美と翔太と話しながら学校から帰る時間が何より美久は好きだった。
意地悪な宿題を出す先生の悪口やオンラインゲームの順位の話しをしたり昨日のドラマの話だったりと他愛もない話はいつまでしても尽きることがなかった。
そんな幸せな日々を過ごしていた時、3学期目になったころから学校の不良グループで暴力沙汰にことかかない諏訪雅史がいつも楽しそうにしている翔太を面白くないと思い始めた。
昼休憩に翔太にちょっかいをかけ始め、翔太をふざけて転ばせたりパンを買いに走らせたりし始めた。
美久と明美は事態を案じ直ぐに担当の先生に相談したが"男は仲がいいとそんなときもある"と全く見当違いの回答で取り合ってくれなかった。
そんな時事件は起きた。冬らしいどんよりとした雲空が続く1月3週目の金曜日に翔太は諏訪から学校が終わったら校舎の裏に来るよう指示された。
しかし、行きたくない翔太は用事があると嘘をついて学校を飛び出し明美や美久と学校の帰り道を歩いていた。
車通りが少なくガードレールの無い道路に差し掛かった時翔太が車道側を歩いていると後ろから走ってくる改造されたバイクのアッパーハンドルが翔太の左肩に接触し、バイクはふらふらと揺れながら道の真ん中で倒れた。
美久はすかさずわざと当たったのを見抜いたが、後方から来た5台の改造バイクとシャコタンにした旧型のシーマが美久達の前で次々に停車する。
先頭の男がヘルメットを脱ぐと不敵な笑みを浮かべた諏訪雅史だった。諏訪は大声を上げて凄んだ
「てめぇ、何してくれんだ」
その間、他のバイクの4人は転んだ男が膝をつき頭を振りなんとか起き上がるのを見て笑いながら
「おいおい、重症じゃねぇか、これどうしてくれんだ」と言い放ちこっちに向かって歩いてくる。
翔太も明美も完全に固まったように動けない。
美久は静かに状況を見ていると、翔太の胸ぐらを掴んだ諏訪が「てめぇ今日は帰さねー」と言いながらシーマから降りて来た男達に翔太を引き渡した。
翔太は「すみません、すみません、すみません」と顔をひきつらせながら泣き崩れ必死で抵抗した。明美も
「すみません、たまたま当たっただけですよね、許して上げてください」
「諏訪君お願い許してあげて」
と泣きながら男達に説明してすがりつく。
それを諏訪は笑いながら
「うるせぇ、さわんな」と膝蹴りで明美の胃のあたりを力一杯蹴り上げた。
明美は後ろに半回転し、コンクリートの壁に吹き飛び頭を打って呻きながら気絶した。
美久も「やめて、許してあげてください」
と男達の中に出て行き走り出そうとするバイクを止めようとしたがバイクにまたがった男は美久の腹を固く黒いブーツの先で蹴り飛ばし、フルスロットルでアクセルを回してウイリー走行で笑いながら走り出した。
続いて倒れていた男もバイクを起こして頭を2、3回左右に振りながら走り去る。
シーマに乗った男達はタバコの煙を開け放した窓から吐き出し、火の点いたタバコを倒れている美久に投げつけ上向に改造したマフラーから爆音をあげて立ち去って行った。
美久は急いで立ち上がり明美を抱き抱えると何事かと集まった通行人にスマホから救急車を呼ぶようお願いし、もう一度明美を優しく抱きしめて
美久「ごめん明美、私翔太を助けに行くよ、終わったらすぐ病院にいくからね」
と耳元で囁いて電話してくれた通行人に明美を預けた。
美久はこれまで感じたことのない程の怒りを感じていた。
"ママ約束を破るよ"
そう
寂れた町外れのカラオケ ラークは平屋建てで外から見ると営業しているように見えない程朽ちている。
鉄筋の柱は至る所が錆びて看板も日焼けして店名は識別不可である。美久は翔太の脳波から居場所を直ぐに探し当てていた。
美久は15分ほど全力で走ってきたが全く息は切れていない。
建物に着くと手動のガラス戸を外側に開き薄暗い店内に進んだ。
室内は換気が悪くタバコの煙で曇っている。入った横のフロント前の合皮の長椅子でタバコを吸いながら談笑している男が立ち上がり
「誰だおめぇ、ここに何のようだ」
と凄んできた。ここには3人の男がいて手前の男は左頬を上げて卑屈に笑いながら美久を睨み
「よく見たら可愛いいじゃん。おい」
と言いながら美久に手を伸ばして来た。
その瞬間先頭の男は不自然な程に体を左に回転しながら後ろに吹き飛んだ。腕も足も完全に背中側に巻きつき何がおこったか理解する暇もない。
残った2人はあっけにとられて動けなかったが美久は2人を怒りを込めた目で睨みつけた。
次の瞬間2人は真上に吹き飛び天井に叩きつけられた。
腕と足はありえない方向に曲がり完全に複雑骨折をしたことが一目で分かる。
美久は直ぐに振り向き奥の大部屋に進み、その重たいガラス戸を押し開けた。
その間後ろで天井に貼り付いた男達は真っ逆さまに床に落ち全身打撲により
部屋の奥で翔太は椅子に縛られ上半身裸にされていた。顔は殴られすぎて腫れ上がり瞼が大きなコブになり目の位置がわからないほどである。
顔面は鼻血でぐしゃぐしゃになり
「許してくれ」と
それを見た美久の怒りは頂点に達し全身が震えるのが分かった。笑いながらタバコを押し付けようとしている諏訪は美久を見て
「おまえ、よくここがわかったな」
「どうだこれおもしれぇだろ」
と言いながら残忍な笑みを向けた。長椅子には他に5人いてビールを飲みながら笑ってこっちを見ている。美久は怒りのこもった目で諏訪を見つめ
「あなたは人間とは言えない」
「絶対に許さない」
と言いながら諏訪に向かって右手を前に突き出し強く拳を握りしめた。
すると諏訪は美久に向かって歩こうとした瞬間全身からバキバキと凄まじい音が鳴り始め呻きながら床に崩れ落ちた。
全身の骨という骨が全て一瞬のうちに折れたのだった。
頭蓋骨も真っ二つに割れて右目が上、左目が下を向いて口から泡を吹いている。
長椅子に座っていた男達は何が起こっているか理解出来なかったが
「てめぇ何しやがった」と襲いかかってきた。
美久は男達に向けて右手を開いて手を波動をぶつけるように前に勢いよく突き出した。男達は壁に叩きつけられ
そして重なるように床に落ちた男達は激しく痙攣して意識を失った。
美久は直ぐに翔太のもとに駆け寄り縄を解いた。翔太は美久に
「ありがとう」と言ったきり倒れ込み気を失う。
美久は翔太を背負ってカラオケ店を後にし救急車を呼んで明美と同じ病院に向かった。
美久は明美の脳波から病院の場所は分かっていた。
明け方まで2人に付き添い明美の容態が改善に向かっているのと翔太の容態が安定したのを確認して美久は家に1人歩いて帰る。
家に着くまで大切な2人を守れなかったこと、普通の人間をめちゃくちゃにしてしまったことで美久は動揺していた。
"どうすれば良かったんだろう"
美久は激しく混乱しながら歩き続けた。これまで闇からの使者だけを相手にしてきたが、助けるべき弱き人間の救いようの無い悪の部分を垣間見て、どの時点で止めれば良かったのか、この力を人間に使って良かったのか、力を使わず解決すべきだったのか、大切な友人の苦しむ姿と重なり合い自分が全く無力に感じられた。
その頃佳奈は美久が帰宅するのをずっと待っていた。武司には美久は友達の家で勉強会と言ってあり武司は早々にビールを飲み眠りについている。
美久はどこをどう歩いたかもわからないまま家に着き台所と繋がるリビングのドアを開け、そこに立つ佳奈を見た瞬間佳奈に向かって倒れ込み声を上げて泣き崩れた。佳奈は全てを理解し
「よく頑張ったね」と言い優しく美久を抱きしめた。
ーーーーー
この事件でカラオケ店の男達は匿名の通報により全員救助され一命はとりとめたもののそれから一年以上病院で治療を受けることになった。
だが、意識が戻ってからも全員白痴のようにまともに話すことは出来ず喜怒哀楽の感情も無くなっていた。
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