第3話 救出

 武司は美久に言われてマイカーのカローラフィールダーに乗り込んだ。助手席にすぐさま美久が乗り込み市川方面に向かって走るよう美久が指示する。

 

 武司は美久のただならぬ真剣な眼差しに無言でシートベルトを締め、強くアクセルを踏みこんだ。


 夜7時を過ぎていたが7月初旬の空はまだ明るく国道14号線を走る車も大多数がヘッドライトを点けずに走っている。少し走るとハンドルを握る武司に美久は話し始めた。


美久「パパ、ママは生きているわ、でもかなり危ない状況みたい意識が殆ど無いかもしれない。」


 「だけど、これから何がおきても私に任せてほしいの」


 武司「なんで、何故ママがどうなったのか美久は分かるんだ」


 「これはどこに向かってるんだお母さんの家に行くなら高速に乗らないと時間がかかって着かないぞ」


 「美久何がどうなってるんだ」


 美久は強い表情を崩すことなく武司の話に返答しなかった。


 そして車が江戸川沿いまで来ると左折して工業団地方面に行くよう美久は武司に伝え、曲がって1kmも走ると並んでいる建物の中でもひときわ目を引く白い瀟酒しょうしゃな建築の洋館を指差し


 美久「パパあそこに入って」

  「私がママを迎えに行くからパパは車の中で待ってて」


 と言った。車が建物に近づくと壁面の上部に宗教法人リボーンの名前が等間隔とうかんかくに見える。


 武司「ここにママがいるのか?」

 「にしても子供ひとりで行かせる訳にはいかないだろう、パパも行くから俺に任せろ」


 薄暗くなってきた中に浮かび上がる洋館は異様な雰囲気を漂わせていたが、武司は減速しつつハンドルを左に切り、開いたままの道路沿いの門の中にカローラフィールダーを滑りこませた。


 車を玄関前の駐車場に停止させるなりこちらの行動を監視していたとばかりに玄関の両開き自動スライドドアが開いた。

 

 中から50代半ばと見える地味なグレーのスーツを身にまとった少し痩せ気味の女性が小走りにこちらに向かってきた。


 車の窓を開けると慣れた口調で話し始めた。


 女性「いらっしゃいませ、今日はどういったご用でございますか」


 慇懃無礼いんぎんぶれいな態度とは裏腹に車の中を覗き込み武司がどう答えようか戸惑っていると助手席の美久が車から降りて


「鳴海佳奈を迎えに来ました」と言った。


 するとその女性は一瞬顔をしかめたが


「鳴海さんは今日は来てないわよ」


「貴方誰なのよ、鳴海さんの娘さん?」と引きつった笑いを浮かべながら聞いて来た。


 美久は「すみません。ちょっと中を見させてください」


 と言って軽いフットワークで女性の脇をすり抜け玄関に入って行った。驚いた女性は


 「待ちなさい、貴方何してるの」


 「ここにはいないって言ってるでしょう」


と急に声を張り上げて追いかけきて開き切った自動ドアに飛び込み建物に入って行く。武司も慌てて車を飛び出し自動ドアに挟まれないよう身体を捻りながら入室した。


  中に入ると白い作務衣を着た坊主頭の若い男性が通せんぼするように3人廊下の奥で横並びに突っ立っている。美久は彼らを気にするでもなく廊下を進んでいく。すると薄ら笑いを浮かべながら


「ここから先は立ち入り禁止です。引き返して下さい」


 と真ん中の1人がよく通る声で言ったが美久が全く聞く耳をもたず進むのを見ると男達は俯きうつむきながら上目遣いに何か呪文を唱え始めた。


 それを見た女性は顔を引き攣らせ悲鳴と共に後ろに後退りし玄関を飛び出した。


 武司は美久の後ろを追いかけたが前を見ると廊下のロンリウムで出来たビニル床がまるで絨毯のように捲れめくれ上がり波のように美久に押し寄せて来ている。


 美久は立ち止まりうねる床の上で少し俯き念を集中した。すると、すぐさま波打つ床は静かに平らになり横並びの男達はくずれるように膝をつき前に倒れもがき苦しみ始めた。美久は顔を上げ


 美久「パパ今よ、走ろう」


 武司「な、何が起こってるんだ」


 美久「訳は後で話すからママはこの先よ」


 美久は口から泡を吹き喉を掻きむしりながら苦しむ男達を飛び越し廊下の突き当たりまで走ると階段下の扉を勢いよく開いた。


 佳奈は掃除用モップや業務用洗剤が無造作に置いてある横で倒れていた。全く動かない。


 武司「ママ、大丈夫か」


 佳奈は武司を見つめ痺れた口で

「パパありがとう」と消えいるような声で返した。


 その時、美久は開いた扉を背に


「今のうちに出よう」


「パパ急いで」


 と言ったが同時に大勢の人間の階段を急いで駆け降りる足音と廊下の向こうからも5人の男達がこっちに向かって走ってきているのが見えた。

 

 そして先程美久に倒された3人の男は空間に出来た暗い穴に頭から徐々に吸い込まれ、上半身はもう殆ど消え掛かっている。


 武司は悲鳴を上げ「うわーっ、話せば分かる」と呻いたうめいた


 美久「パパ行くよ、ママと私について来て」


 と言って玄関に向かって数歩進むと向かってくる男達に向いて俯きうつむき先程のように念を集中した。


 すると突然5人はまるで酸素が無くなったかのように転げ回り喉を掻きむしり始める。


 それを見て美久は佳奈を背負った武司を先に玄関に誘導し、階段から降りてくる男達を待った。


 武司は信じられないことが連続して起こる中で無我夢中に佳奈を背負って玄関まで辿り着いた。


 美久は武司が自動ドアが開く間立ち止まっているのを確認し後退りしながら階段から降りて来た身長が2mはある男を見上げた。その男は佳奈を襲ったタイガだった。


 タイガ「お嬢さん、なかなかやるね」


 「でもこれで終わりよ」タイガが言うと


 美久「貴方達の世界に戻ってもらう」落ち着いた口調で美久が返した。


 タイガは後ろに2人の黒い胴着を着た男を連れてゆっくり歩みよる。


 タイガが呪文とともに手を回しながら結界を張り徐々に迫る。


 美久は立ち止まり念を集中した。男達も立ち止まり全員が俯き呪文の声を強める。


 美久の片方の鼻から血が流れ始め両目からも血が流れ着ているセーラー服に滴り落ちる。


 また全身の毛穴から溢れる血でセーラー服は赤く染まり始めたがそれを気にもとめず美久は更に力を集中する。

 

 廊下の電球は次々と破裂し窓の硝子は大きな音を立てて外に向かって砕け散った。


 床も壁もコンクリートが剥き出し亀裂が走る。すると男達はみるみる額から滝のような汗を流し始め、目や鼻からおびただしい出血が噴出した。


 そしてタイガの結界がガラスのように粉々に砕けた瞬間男達は凄まじい勢いで後ろの壁まで吹き飛んだ。


 まるで1t級の爆弾が使われたかのような有り様であった。それを見て美久は踵を返し鼻血をハンカチで丁寧に拭い崩れかけている廊下を武司と佳奈のいる車に向かって走った。



 武司の運転するカローラフィールダーの助手席を倒して佳奈を寝かせ、美久は武司の後席に座る。


 教団の建物は一階がガス爆発でも起こしたようにめちゃくちゃに破壊され周りから近所の住人が何事かと集まりつつある。武司は急いでエンジンをスタートさせ建物を後にした。


 武司は興奮とあまりに信じられない出来事の数々に美久へ質問を浴びせて来たが


 美久「パパ、今は私も頭が痛いの、全て家に着いたら話すわ」


 そう言って美久は車の窓に頭をもたせかけ流れる景色を薄目を開けて見つめた。

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