第2話 佳奈
鳴海佳奈は強い地震に揺さぶられその衝撃で目を覚ました。
頭が割れるように痛い。身体は痺れて指すら動かすことができない。
そして僅かに塩素系洗剤の臭いが鼻をつく、目だけ動かして部屋の暗さに慣らしてみると少しだけ差し込む光に掃除道具を入れる1階の階段下倉庫と気づくのに時間を要した。
昼休憩に同僚からもらったりんご100%のパックジュースを飲んだとき直ぐに異変に気づいた。
もし普通の人間なら一瞬で絶命していたであろう青酸カリの入ったりんごジュースを飲まされ、飲んだ液体が胃に到達した瞬間全身に激痛が走り、意思とは関係なく一気に身体が海老ぞり口から胃が全部ひっくり返って飛び出るのでは無いかと思うほど胃酸が溢れ出た。
しかし、佳奈は液体が胃に到達した瞬間何が起きたかを察し飲んだものをいっさい吸収することなく口から出すことに成功していた。
"これくらいなんとも無いわよ"
だが想像以上に青酸カリの毒は通過した喉からも僅かに吸収したようで0.2gで致死量に達する猛毒に佳奈も意識を失ってしまったようだった。
割れるような頭痛で気絶しそうな意識を奮い立たせながら佳奈はふと子供の頃のことを思い出していた。
ーーーーー
佳奈は今年7月で40才、島根県出雲市で山神景子の長女として誕生し、兄弟はいなかった。
父は婿養子で景子との結婚で山神家に入り山神家に代々引き継がれてきた仕事として出雲大社の宮司を勤めていた。また普段は市役所の税務課で働き一家を支えていた。
佳奈は生まれた時から前世の記憶を持って生まれて来ていた。3才頃には前世で住んでいた場所、死ぬ前最後に見た景色などあらゆることを母に話した。
佳奈、「お母さん私悔しいの、前のところでは負けて殺されたの、だから今回この世界でやるべき事をやるために戻ってきたよ」
景子、「分かっているよ、お母さんもそうだから一緒に頑張ろう」
母景子とは話さなくても頭の中で会話が出来た。
そしてあらゆる悩みや考えを共有し、景子と今の世界では自分の能力を絶対人前で使ってはいけないこと、前世の記憶に頼らず普通に子供らしく生活することなどを約束した。
能力に関して母景子も特殊な能力を持っていた。未来を知ることが出来る予知能力や強い結界を作る力に優れていた。佳奈に関しては
テレパシー(離れた場所でも脳からの信号のみで会話する力)や
サイコキネシス(静止した物体を手を使わず移動させる力)に優れた才能を発揮していた。
佳奈が10才になったとき景子からこの力は先祖代々何代にも渡って女性のみ特殊な能力を引き継いでいることをテレパシーを使って聞いた。
それは佳奈が15才になった7月中旬の日曜の深夜2時頃だった。凄まじい気配で目を覚ますと目の前に背が高く筋肉が隆起した男と数人の男性が部屋の中に立って佳奈をじっと見ていた。
全員黒い胴着に身を包み手には暗闇でも切れ味が分かるほど磨かれたアーミーナイフを手にしていた。
佳奈「全くテレパシーが通じない。お母さん、お父さん助けて、どうしたのお母さん、なぜ返事してくれないの」
すると途切れるように断片的に景子から
景子「佳奈、力を使うのよ、ここから逃げて」と返してくれた。
山のように大きな男は仲間からタイガと呼ばれていた。
男達「タイガどうする」
タイガ「今は俺の結界でこの子の力は使えないはずよ。しかし、凄い力を感じる、可哀想だがここで始末しないと俺たちがやばいね、悪く思うな」
中国語訛りでそう言うとタイガは持っていた黒く光るアーミーナイフを佳奈の心臓に正解に狙いをつけて振り下ろす。佳奈はその瞬間
「わーーーーーーーーーっ」
と、ありったけの声を絞りだして叫んだ。脳の前頭葉に全ての力を集中してその見えない力をタイガにぶつけた。
その時タイガの丸い球体のような結界は砕け散り部屋は炎に包まれた。
タイガは部屋の壁に吹き飛び壁にめり込むほど身体が打ちつけられ顔は信じられないという表情で大きく目を見開いた。
タイガは目、鼻、口から流れ出る血を止めることもできず全身の骨も破壊され床に崩れ落ちた。
突然のことに周りの男達もたじろぎ立ちすくんだ。その瞬間に佳奈はすくっと立ち上がり念力で男達の全身の血液を一気に逆流させ脳内に圧縮することで頭がスイカのように破裂した。
佳奈は本当の自分の力の強さに驚きつつも前世より破壊力のある力を持っていることに初めて気づいた。
佳奈は家の中を景子の寝室に向かって走り出したが廊下に出たところで血に染まったアーミーナイフを持つ3人の男達が待ち構えていた。
彼らは佳奈の脳に破壊的な念力を送ってきた。その時背後の佳奈の部屋から炎が吹き出て廊下も火の勢いが迫ってくる。
佳奈は立ち止まり互いに下を向き念力と念力の戦いを受けいれた。
佳奈も鼻血が自然と床まで流れ落ちる。そして互いの念力で廊下の壁に何筋も亀裂が走る。
しかし3人の男達は次々に目、鼻から血が勢いよく流れ出し、口から泡を吹き声も立てず絶命した。
佳奈は鼻血を拭うと開け放たれた両親の寝室で二人がベッドの上で倒れているのを見つけた。
"お母さんはまだ生きてる!
母景子も数カ所ナイフで深く刺されていたがかろうじて急所まで達していなかった。
テレパシーで母にかすかに意識があるのを確認出来たが父は心臓を刺されて大量に出血し既に息をしていないのが分かった。
佳奈は炎が回ってきた寝室で亡くなった父をそっと抱きしめてから母に肩を貸して火柱が立ち始めた家から命からがら抜け出した。
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次の日の地元新聞には山神家の火事は小さな記事となり父の死亡記事のみが書かれていたが他の死者についての記載は無かった。
佳奈は燃えさかる火事から脱出する際に死体が空間にぽっかり浮かんだ暗い穴に引きずりこまれていたのを見ていたため改めて驚きはしない。
それから2人は日本中何度か住む場所を変えて25年前神奈川県横浜市の鶴見川沿いに立つ7階建て築25年マンションの4階に場所を移し、母景子と2人新たな生活をスタートさせた。
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