龍の覚醒

ナルナル

第1話 はじまり

 猛暑で関東一帯は35度を超える7月初旬の昼下がり、鳴海武司は営業先の事務所の隣にあるカフェでアイスコーヒーを頼み、ほっと一息ついたところであった。

 

 連日の暑さで外回りは危険な行為と分かっていたが成績が上がらない武司は一件でも多くの代理店を回って新商品をPRしたかった。


 しかし、あまりの暑さについにクーラーの効いたカフェに逃げ込み、空いていた入口に1番近い窓側の席にスルッと座る。


 武司は湧き出る汗をよれたハンカチで押さえいつものようにスマホを開いた。

 

 ニュース欄には連日の猛暑が過去最高を更新とか宗教団体と政治の決別や最近多発している地震などのニュースが目に入る。


 武司はいつものようにお笑いのショート動画でも観ようとアプリを開こうとしたときメールを一件着信しているのに気づいた。


 "見積り依頼か?"こんな暑い日に嫌だなと思いつつ開くと見出しに


"お知らせ(必ず見てください)"とあった。


 差出人に覚えもなくなんて悪質な悪戯メールと思いさっと迷惑メールに移動させたつもりが指でなぞっただけで勝手にメールは開いてしまっていた。


        "えええっ"

 

 と思わず口にしてしまい驚きを隠せなかったが、開いてしまった以上とりあえず中を読んでみることにした。


 そこには何故か妻の鳴海佳奈が宗教団体からお布施の為に多額の借金をし、お金を借りて返せなくなっているという趣旨の記事が書かれていた。

また最後に彼女は失踪中とも書いてある。


       "ん~っなんだこれ"


 と思いつつ今朝家を出る時連日の暑さで身体がだるく見飽きた妻の顔もまともに見ずにコーヒーを眠気覚ましに飲んだだけで行ってきますと家を出た自分を思い出した。


 "そう言えば最近妻とゆっくり話もしていないな"


 佳奈のことを思い出しつつふと記事にある同姓同名をもう一度確認して得体の知れない気持ち悪さに背筋がぞっとした。


 その時店員からアイスコーヒーが運ばれて来て冷房が汗で濡れたシャツをギンギンに冷やし、今更アイスコーヒーが美味しく感じれないことに気がとられメールの記事内容を少し忘れさせていた。

 

 鳴海武司と山神佳奈は鳴海の母からの紹介で大学時代に知り合った。


 母からの紹介ということもあり両親お墨付きの同じ年齢の佳奈に気を許し、明るく聡明でどこか大人びたところのある佳奈に一目惚れしていた。

 

 2人はそのまま学校を卒業すると結婚して娘の美久も生まれ、美久は今年高校に進学している。


 工具商社に勤める武司の給料はなんとか3人で暮らすには問題ない範囲で佳奈は近くのスーパーで朝10時から5時までパートをし、武司も日々残業代が出るまで働くことで贅沢な暮らしができる程では無かったが念願のマイホームも手に入れ、武司はそこそこの幸せみたいなものを感じていた。


 しかし、佳奈に対してひとつだけ気掛かりなことがあった。


 毎週水曜日に佳奈は決まって美久を連れて横浜の実家に帰省し、必ず木曜日の明け方に帰ってきていた。実家に帰省したわりに疲れきって帰ってくる日もあり武司はその都度訳を問いただしたが、いつも適当な返事で返されていた。


 "今日は会社を早めに出て佳奈とゆっくり話してみよう"


 今日の不審なメールのこともあり佳奈のことが気になり始めた。


 武司はその日会社を定時に退出することに成功した。あらゆる雑務も明日朝早く来て片付けても問題なさそうである。


 会社のある秋葉原から総武線に飛び乗り津田沼駅まで途中、再度メールを確認してメールの発信先が出鱈目でたらめな暗号のようなものであること、宗教団体"リボーン"についてスマホで検索すると広島県三次市の山間部で教祖、天童京子が開祖となり戦後から広まってきて全国に拡大していることなどが分かった。


 津田沼駅から自宅へ早足で歩いていると突然立っていられないほどの地震に襲われた。


 時間にして1分くらいである。身体がよろけながらも自宅に辿り着き地震で10年前に建てたマイホームの壁にヒビでも入って無いか確認しつつ 


        "大丈夫か~っ"


 と独り言を言いながら玄関の扉を開け佳奈の名前を呼んだ。


 しかし、家の中は静まり返り人の気配は感じない


 リビングに向かう途中にトイレやバスルームまで覗いたが佳奈の姿はなくリビングを見渡すとテーブルにメモ用紙があり佳奈の字でしばらく"実家に帰っています。佳奈"と書いてある。


 水曜日以外に実家に帰省するのは珍しいことだった。


 武司はざわつく気持ちを抑えつつ横浜に住む佳奈の母に電話した。すると佳奈の母、山神景子がすぐに電話に出た。


「はい山神です。」


「お母さんお久しぶりです。武司です。そちらに佳奈が戻ってるようですが、佳奈はどうしていますか」


「いますよ、武司君心配しなくて良いんよ、大丈夫。佳奈は体調が悪いみたいで少しこっちで休みたい言いよるんよ」


 久しぶりに聞く母景子は出身である島根弁丸出しで答えた。しかし声は少しかすれているように聞こえる。


 それに受話器が遠いのか小さな声だ。


「そうですか、佳奈と少し話たいんですが代われますか」と聞くと


「今寝たところじゃけ、げに佳奈が起きたらこちらから連絡させるよ」


 と景子はまたかすれた小さな声で話し早々に電話は切られてしまった。


 ふと我にかえり佳奈が失踪した訳ではなく実家に帰省していることを知り武司は急に安堵し午後にメールを見てから今まで心配していた気持ちも途切れた。


 リビングのソファに飛び込み横になると急に眠気を憶え目を閉じあっという間に眠りについてしまう。


ーーーーー


 どれだけ寝ていたのか分からない。深い眠りに入っていたが肩を2回叩かれ一気に目が覚めた。目の前には高校の部活から帰宅した美久が立っていた。

 一瞬眩暈がしたがよく見ると美久は強張った表情で


「お母さんはどこパパ、なんで私より早く家にいるの」


「ママは実家らしい、パパなんか変なメール開いてしまって慌てて帰ってきちゃった」


「美久は今日大丈夫だったか?」


 武司は美久に問いかけたが、美久は更に強張った顔を引きつらせすぐさま実家に電話をかけた。


「誰も出ない」


 美久はつぶやくように話し、何度か電話をかけ直し、いつまでたっても誰も出ないのを確認すると武司に今日来た不審なメールを見せてほしいと言ってきた。

 

 武司はすぐさま鞄からスマホを取り出しメールを開くと美久にスマホを手渡した。


 スマホを受け取りメールを見た美久の顔はみるみる青ざめていく


「どうした、怪しいメールだろ」


 武司が美久に問いかけたが美久は武司の言葉は全く耳に入ってないようである。唇を噛み締め俯きうつむきながら何かを考えていた。


そして目を閉じて静かに落ち着いた声で


「パパお母さんが危ない、お母さんのところに行こう」と言った。

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