第8話 「料理長を呼べ!!」
ホテルの食堂の、スイートルームに泊まっている客専用の個室にて、俺は優雅に椅子に腰を掛けていた。
「こちらはオードブルの、ベーコンのチーズ載せ・ポワレでございます」
「うむ、悪くない」
スタッフの女の子が運んでくれたチーズを載せたベーコンを口に含むと、パリっとした食感に加えて、チーズのまろやかさが口の中を優しく撫で回してくれる。
悪くない……。
悪くないぞ!!
「続いてスープのポタージュ〜パセリを添えて〜でございます」
「うむ、悪くない」
前菜の皿を下げてから、スタッフの女の子がスープを持ってきた。
コップを持って少し口をつけてみる。
うわー、トウモロコシの香りが口の中で炸裂したぞ!!
これはまずい……美味しすぎる!
「お気に召して頂きなによりでございます。こちらはメインのエビ蒸し・カルパッチョでございます」
スープを飲み干すと、スタッフの女の子はすかさずコップを下げて、次にメインディッシュを出してきた。
その流れるような美しい流線的な動きに少し感動を覚えつつ、俺は再びフォークとナイフをもって臨戦態勢に入る。
ぶっちゃけ、俺はフランス料理を実際に食べたことがない。
でも、高級料理と言えばフランス料理のフルコースが真っ直ぐに思い浮かんだから、前世の記憶をたどって、『ポワレ』、『〜〇〇を添えて〜』と『カルパッチョ』というワードをユメシスグループの料理名の後ろに付けるように指示を出した。
これは意外と好評で、意味が分からないがなんとなく美味しい気がするとの感想を頂いている。
実際、俺も意味が分からないけど、そう言われるとなんとなく高級そうだなと思った。
さて、実食の方はどうかな。
「ぐぁぁぁあッ!!」
「どうされましたか!? お客様!」
美味い……。
美味いぞ!!
こんな美味しいエビ食べたことがない。
弾けるような鮮味が口の中で爆発したぞ!
おっと、語彙力が足りなくなってきたな。
つまり、非常に美味しかったってことだ。
―――そろそろだな。
「料理長を呼べ!!」
机を叩いて立ち上がる。
できるだけ切迫した空気を纏わせるのももちろん忘れない。
「なにか不手際がありましたか!? 申し訳ございません! お客様!」
「料理長を呼べと言ったはずだが」
「申し訳ございません! いくらお客様とはいえ、そんな権限はありませんので……」
ふふっ、予想通りの反応だな。
だが、ここで終わる俺ではないぞ!
「料理長に
「は、はぁ……」
頭を傾げるスタッフの女の子。
無理もない。
その暗号は一部の人、それこそユメシスグループの従業員の中でも選ばれし者しか知らない。
それはユメシスグループの総裁の名前を意味する。
まあ、ぶっちゃけ俺の名前の頭文字を逆さにしただけだけどね。
「分かったらさっさと伝えてくるがいい!」
「―――ッ!? か、かしこまりました!」
やったー!!
やっと言えたぞ!!
『黒幕』になってからずっと言いたかったセリフ―――「料理長を呼べ!!」が言えたぞ!!
ふふっ、これほど美味しい料理を食わせてくれたお礼は、たっぷりとしないといけないね……。
◇
「お、遅くなり申し訳ございません!! S―――」
「ここではその名を口に出すな!!」
「はっ! 申し訳ございません!!」
しばらく時間が経った後、ドアを勢いよく開けて、一人の中年の男性が飛び込んできた。
「貴様が料理長か!」
「は、はい! 申し訳ございません!」
料理長である男性の額から汗が流れ出ていた。
事情を知らない従業員はその様子を見て驚愕している。
これだ!!
これこそ黒幕!!
分かる人にしか分からないやり取りなんて最高にたまらないぜ!!
「緊張する必要はない。貴様をここに呼んだのは―――」
「私めの料理が不味かったということですね……」
は?
何言ってんの?
そんなの最高に美味かったに決まっているだろう。
「美味かった」
「はて、なんとおっしゃいましたか?」
「美味かったと言ったのだ!」
「ひっ、ひぃ!」
ふふっ、俺の真の身分を知る者の反応を見るのは楽しいな。
そろそろ仕上げに入ろうか。
「貴様をユメシスグループの総料理長に任命する!」
「えっ……今なんとおっしゃいましたか?」
俺の声がそんなに小さかったのかな。
さっきから聞き返されてばっかりだぞ。
「貴様、名は?」
「ユハル・ナスハと申します」
「俺の権限で、貴様―――ユハル・ナスハをユメシスグループの総料理長に任命する!」
今度こそちゃんと大声でやつの名を呼んだ。
これなら聞き逃すことはないだろう。
「貴様の料理は最高に美味しい! その功績に報いるためにも、お前をユメシスグループの総料理長に任命する!」
「あ、ありがとうございます!!」
ふふっ、また聞き返される前にもう一度言ってやったぞ!
「
ユハルのやつ、なにブツブツ呟いてるのだろう。
ちょっと怖い。
「さて、お前にも迷惑を掛けたな。これでも受け取っておけ!」
「えっ……うわー、こんな大金を!?」
スタッフの女の子も怖がらせちゃったから、ちょっとだけチップを弾ませた。
「貴様ら、今日ここで見たことは決して他言するな!」
「も、もちろんでございます!」
「は、はい!」
料理長が従順に頭を下げたのを見て、スタッフの女の子も頭を下げた。
これだ。
これがやりたかったのだ!
事情を知らない人も状況に飲まれて俺に屈服する。
最高に気持ちいい……。
夜は床で寝ないといけないけど、これがやれたからまあいいか。
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