第7話 スイートルーム

 無駄に豪華な馬車で南下し、途中でユメシスグループのホテルに滞在した。


 中世では珍しい20階建てのビルが宿場町の真ん中に鎮座している。

 正面のドアから入り、受付嬢が元気よく挨拶してきた。


「いらっしゃいませ」

「アビス・ジルフォードだ。スイートルームを頼む」


 ぼんぼんを演じると決めたからには、どこまでも傲岸不遜で傍若無人に振る舞う。

 そもそも、このホテルも俺のものなのだから、スイートルームに泊まる以外の選択肢はない。


「かしこまりました」


 にしても、感動だな。


 この女性たちは俺がこのホテルのオーナーだと知らずに普通に接客してくれている。

 

 たまらない……。


 最高にたまらないぜ!!


 なにこの優越感と背徳感?


 まじでやばい。


 侯爵家の長男という身分を全面的に前に出しているのにも関わらず味わえるお忍び気分。

 これだけでも『黒幕』になってよかったと思う。


 鍵を受け取り、俺はメイド三人衆を伴い、エレベーターに向かった。


 電気とかモーターの知識はないから、妥協して蒸気機関を開発して普及させた。

 それが俺のグループの建物内でエレベーターとして活用されているわけだ。


 アンティークなエレベーターに入って、20階のボタンを押す。

 するとガタンゴトンという前世の電車のような音がして、上へと進む。


「アビス様」

「なんだ? アーシャ」

「お一人でスイートルームに泊まるのは心配なので、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」

「アーシャ! 抜け駆けすんなよ! 私がアビス様と一緒の部屋がいい!」

「アーシャもココナもずるい……ステラもアビス様と一緒のがいい」


 メイド三人衆もすっかり俺の事を慕うようになっていたのか、競って俺の護衛を申し出た。

 彼女達にはセミスイートルームを一人一部屋用意したが、どうやら広い部屋を楽しむより俺を護衛することのほうが優先されるらしい。


「お前らは自分の部屋―――」

「却下ですわよ」

「アビス様に万が一のことがあったら嫌ですよ!」

「アビス様と一緒がいい……」


 なんだろう。

 圧が強い。


 俺は強いから護衛はいらない。自分の部屋で寛げと言おうとしたのに、話を遮られてしまった。


「分かった……残りの三部屋のセミスイートルームは敵へのジャミングとして活用しよう……」


 仕方がないから、俺は自分を納得させるために呟いた。

 まあ、別にここで使った金は全部俺に返ってくるから、いいけどね。


「ありがとうございます、アビス様」

「感謝します、アビス様」

「ありがとう……アビス様」


 アーシャ、ココナとステラの三人はなんか目をキラキラさせててちょっと怖い。


 ◇


「これがスイートルームですね!」


 俺の部屋に入った途端、アーシャは感嘆の息を漏らした。

 ココナとステラは無言で部屋の内装を見比べている。


 彼女たちが驚くのも無理はない。

 前世の俺でも泊まったことがないのだから。


 ダークカラーに統一されたインテリアは高級感に溢れていて、ダイニングやキッチン、リビングルームと寝室の隔たりはなく、オープンな空間が広がっていた。

 本来なら、一人でこの開放感を満喫したかったのに、三人の要望により潰えることとなった。


 ちなみにここでの一泊は50万フリア、約金貨100枚だ。

 上流貴族か豪商でしか泊まれない部屋。


 しかも、ルームからホテルフロントに直通の電話が設置されていて、これもまた好評である。


 電線を全国に敷くのはまだまだ難しく、それでスイートルームの特権として、局地的に電話が設けられている。

 何かあれば、スイートルームから電話一本でルームサービスを呼び出せるし、その気になれば、料金がかさむが少し色っぽいのも頼める。


 俺の事業により、今この国には自ら志願した高給取りの高級娼婦しかいない。

 それが平民、特に男性にとって不満の的になっているが、知った事ではない。


「そういえば、ベッドは一つしかなかったな……」

「もちろん一緒のベッドで寝ますわ」

「アーシャの言う通りですよ、護衛として離れてはなりませんし。ねぇ、ステラ」

「ココナの言う通り……」


 ベッドが一つしかないことを思い出して、やっぱりメイド三人衆には自分の部屋に戻るように言おうとしたら、まさかの提案を持ちかけられた。


「お前らは自分が何を言っているのか分かっているのか!」

「しまった……少しがっつき過ぎたわね……」

「やばい……私の気持ちがアビス様にバレたのかな……」

「やだ、恥ずかしい……」


 ここはビシッと言ってやらねば。


「俺も男だ! お前らのような美少女に隣で寝られたら自分を抑えられる自信はない! 分かったら自分の部屋に―――」

「アビス様なら喜んで♡」

「私の初めてはアビス様に捧げます♡」

「上に同じ……♡」


 は?


 こいつら何言ってんの?


 アーシャ達もいずれ好きな人が出来て寿退社するだろうに、ここで俺に襲われていいわけなかろうが。


「俺は床で寝る……」


 三人の貞操を考えて、俺はしぶしぶ床で寝ることにした。


 まあ、考えようによっては床で寝るのも悪くないかも。

 この国の真の支配者にして、ユメシスグループの総裁がスイートルームに泊まりながらも床で寝るというシチュエーションも……うん、あんまり楽しくないな。


 まあ、でも、この後『黒幕』としてやりたいことがあるから、それで我慢しよう。




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