第6話 ぼんぼんを演じるぞ!

「この世界が我が手中に収められる日も遠くないか……」


 今日も今日とて、俺は窓に肘を置いて静かに呟く。

 そして、脳に迫り来る快感に必死に抗っていた。


 最高だ……!


 これを味わうために俺は生きてるんだ!


「世界はアビス様のためにあります」

「アビス様は今日もかっこいい……」


 俺を褒め称えるココナとステラ。


 これぞ黒幕……!


 メイド三人衆が来てから、俺は知ってしまった。

 人知れずに呟くのもいいけど、俺の呟きに賞賛を送ってくる人がいると気分がいつも以上高揚する。


 この快感を知ってしまった今となっては、もはや元には戻れない。

 アーシャ達が引き取ってほしそうに言ってきた時はどうしたものかと思ったが、おかげで俺は禁断の果実を食べてしまった。


 アダムとイブもりんごの味をしめて、りんご農園を立ち上げたに違いない。

 俺と同じだ。


 今はアーシャ達を俺専用メイドとして身の回りの世話をさせている。

 その真の目的はこうして傍で褒めたたえてもらうためだ。


「しかし、誰も思わない……世界に手を伸ばす黒幕が俺だということを、ね……」

「アビス様の深謀遠慮を見抜くことができる者などおりません」

「アビス様やっぱかっこいい……」


 ステラの語彙力に不満はあるが、この際は我慢しておこう。

 いずれ彼女もココナの賛辞を聞いていくうちに色んな言葉を活用できるようになるだろう。


 慌てちゃいけない。

 苗は大事に育てるのだ。


 それが大木に成長した時の喜びはきっと俺を絶頂させるだろう。


「アビス様」

「アーシャか……?」


 俺の部屋のドアを開けてアーシャが中へと入ってくる。

 その手に書状らしきものがあった。


 そういえば、さっきまでアーシャがいなかったな。

 どうりで物足りない気はしていたのだ。


 いや、待って……。


「その書状は俺宛だろう? 違うか!」

「―――ッ!? 左様でございます! さすがはアビス様、洞察力は神の如し!」


 ふふっ、俺の部屋に持ち込んだのだから、俺宛だと判断したまで。

 こう言えば、アーシャが褒めてくれると閃いたのだ。


 にしても、その『神』ってのはやめろ。

 俺は『黒幕』であって、『神』ではないのだ。


「ふーん、そういうことか」


 アーシャより書状を受け取り、ざっくり読んだ後、すべてを察したように呟いてみる。


 決まった……。


 ぶっちゃけ、国王から王宮に来るようにとの内容以外は書いていないが、別に問題はないだろう。


 待ってよ?


 これはチャンスじゃないのか?


 王都に行く道中で、周りに俺がいかにも普通の貴族だとアピールすることが出来れば、『ふふっ……誰も知らない、この国の真の支配者は俺だということをな……』という呟きはますます俺の脳を破壊してくれるに違いない!


「アーシャ、馬車の用意を」

「かしこまりました」


 そうと決まれば、早速実行だ。


「できるだけ豪華なやつを用意しろ」

「承知しております。アビス様にふさわしい馬車を用意いたします」

「うむ」


 そのためにもできるだけ目立たなきゃ。


 誰もこんな目立ってるやつがこの国を裏で支配する『黒幕』だとは思わないだろう。


「宿屋の方ですが―――」

「ユメシスグループのスイートルームにしろ」


 誰もユメシスグループの総裁が自分のグループのホテルに泊まっているなんて思わない。


 完璧だ。


 演じるぞ!

 家の権勢を笠に着るぼんぼんを俺は演じるぞ!


 ◆


 メフェシア王国第一王女―――ソフィア・L・メフェシアはため息をついた。

 彼女の寝室は人払いしており、今はソフィアしかいない。


「これで上手く行くといいわね……」


 彼女は前から薄々この国を裏で支配する者の存在に気づいた。

 だが、そんなことはおいそれと他人に打ち明けることができない。


 敵はどこにいるか分からない。

 ゆえに慎重に行動するしかない。


 近頃王都だけでなく、全国に勢力を伸ばしているユメシス商会は怪しいと踏んで、ソフィアは密かに調査していた。

 しかし、ユメシス商会が慈善事業などをしている噂以外何も入ってこなかった。


 ソフィアは訝しんだ。


 果たしてそんな人良しな商会は存在するのだろうか。

 調べれば調べるほど、怪しくなってくる。


 銀行というものを立ち上げて、ユメシス商会は僅かな金利でほかの商会に融資しているのだ。

 そのおかげで王国の経済はかつてなく潤んだ。


 結果、貧民という概念は消滅した。


 経済が潤んだことから、どこの商会も人手不足になり、貧しい者たちは難なく就職できたのだ。


 それは恥ずべきことでもあった。


 本来、貧しい者の救済は王族の使命である。

 それなのに、自分が何も出来ずにいた間、ほかの者がそれを成し遂げたのだ。


 そんなのソフィアのプライドが許さない。

 ソフィアは今までよりも調査に熱心になっていた。


 ソフィアは聡明であった。


 彼女は10年前から起きていた悪徳貴族連続暗殺事件に着目した。

 そこで不自然な点を見出す。


 それは確信ではないが、手をこまねくよりはマシだ。

 そう考えたソフィアは父である国王にアビス・ジルフォードを王宮に呼びつけるようにお願いした。


 その裏で、彼女は一芝居を打とうと考えている。


(これなら、あるいは……)


 運が良ければ、メフェシア王国を裏で支配する者をおびき出せるのかもしれない。




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