第5話 断罪する『黒幕』

 ミエナーイの額から冷や汗が流れていた。


 彼の目算では、相手の二人はチカーラだけで事足りる。

 しかし、結果は散々たるものだった。


 チカーラの拳を悪魔の姿をした女の子が指一本で止めた上に、指パッチンで吹き飛ばされたときた。

 しかも、もう一人の女の子はまだ何もしていない。


(いや、まだ慌てる時ではない……)


 自分のスキルなら、一気に二人を仕留めることができるとミエナーイは考えていた。

 ミエナーイは【不可視インビジブル】を発動させ、ゆっくりと精霊の姿をした女の子に近づく。


 そして、クリティカルな一撃を放った。


 …………


「ぐあッ」


 しかし、気が付けば、自分の頭は相手に鷲掴みにされていた。

 グシャリ、認識する暇もなく、その頭を握りつぶされたのだった。


「ひっ、ひぃ!」


 恐怖のあまり、クーズ伯爵は後ろに倒れる。

 情けない悲鳴を上げながら這いずって後ずさっていく。


 だが、目の前の女の子たちは自分の方に近寄ってこない。


 ほっとした瞬間、ドアから更に二人の人物が部屋へと入ってきた。


「き、貴様はジルフォードんとこの倅ッ!?」


 その人影を認識したとたん、クーズ伯爵は叫んだ。


 そう、アビスとアーシャだ。


 ◆


 この時を待っていた!


 メイド三人衆には俺が来るまで余計な会話はするなと言ってあるから、俺の登場はクーズ伯爵には予想もしていなかったのだろう。


 しかも、このセリフなんて最高だ。


『き、貴様はジルフォードんとこの倅ッ!?』


 そう、誰もこの事件の黒幕は俺だとは思わない。

 その驚愕に歪んだクーズ伯爵の顔を見て、快感で軽く脳震盪のうしんとうしそうになった。


「クーズ伯爵、貴様が誰の女に手を出したのか分かっているのか?」

「な、何の話だッ!?」

「アーシャ、この名前に聞き覚えは?」

「アーシャ……? そんな名前の女は知らないッ!」

「この期に及んでとぼける、か」


 やばっ、めまいしてきた。


 今の俺……最高にかっこよくないか。


 しかも、悪人らしく最後までとぼけている。

 そのおかげで、俺はずっと言ってみたかったセリフ―――『この期に及んでとぼける、か』が言えた。


 感謝するぞ、クーズ伯爵。


「は、早くこの三人を下がらせろッ!! でないと貴様の親父にこの件を話すぞ!!」


 おっと、これ以上俺を興奮させるなよ。


「貴様は知らない……この国の真の支配者はこの俺だ!」


 よしゃっ!! 完璧だ!!


 決まったぞ、俺!!


「な、なにをほざいておるッ!?」

「ユメシスグループは俺のものだ―――この意味、分かるか?」


 やばい、鼻血出る。


 だが、我慢だ……ここでせっかくのセリフを台無しにしてたまるか。


「貴様まさか―――!?」

「そのまさかだ!」


 うひょー!! また一つ言いたいセリフが言えたぞ!!


 クーズ伯爵はほんとに最高だ。

 俺の言いたいセリフの下地をことごとく整えてくれる。


「貴様はこの国の真の支配者であるこの俺の女に手を出した―――後悔して死ぬがいい!」


 やったー!


 ついにこのセリフが言えたぞ! 俺!


「あ、あなたの女に手なんか出していないッ!」


 おっと、さすがはクーズ伯爵。


 俺が何者か分かってきたじゃないか。


「命乞いはよせ! ―――貴様は知りすぎた」


 ぶっちゃけ、クーズ伯爵が何を知っているのか知らないけどな。


「俺が間違ったッ!! ユメシス商会を潰そうだなんて思い上がっていたッ!! だから、命だけはッ!!」


 うん? クーズ伯爵はユメシス商会を潰そうとしてたのか?


 まあいいや。


 どうせそんなことはやつにはできない。

 現にこうして、俺に追い詰められているしね。


「【炎神顕現イフリート】!」

「な、なんであなたが神のスキルを持っているッ!?」


 神のスキル?

 あっ、スキルの名前のことか!


 ぶっちゃけ、このスキルはいつ手に入ったのか覚えてないんだよね。


 ずっと考えていた。

 メイド三人衆ってかっこよすぎないかって。


 変身とか超かっこいいじゃん。


 そんな彼女たちを束ねる『黒幕』が変身しないとかかっこ悪すぎる。

 だから、自分の中に意識を向けてなにかいいスキルはないかと探していたら、これが出てきたわけだ。


 案の定、俺の体はいま炎に変わっている。


 まじで、超かっこいい。


「焼き尽くせ!」


 まあ、焼くのは俺だけどね。


 手をクーズ伯爵にかざして、炎を噴射する。

 それが瞬く間に部屋全体を巻き込んで炎上していく。


「後悔するがいい―――貴様は禁忌に触れてしまった!」

「ひっ、ひぃ!! 熱いッ!!」


 燃えながら絶叫するクーズ伯爵。

 それを後にする俺。


 やばっ、まじで鼻血出る……。


 これ、あかんやつや。


 気持ちよすぎだろう、これッ!!


「ワッハッハッハ!」


 湧き上がる喜びを抑えられなくなって、意味深を装って笑ってみる。


「この度は私たちに復讐の機会をお与え頂き、まことに感謝しております」


 クーズ伯爵の屋敷を出たあと、アーシャがお礼を言ってきた。

 もちろん、この機会を逃す俺ではない。


「大したことはない、お前たちの笑顔のためならな!」

「「「―――ッ!?」」」


 ついに、ついに言ってやったぞ!!


 前世では『ただしイケメンに限る』が後に来るセリフを俺は言ってやったぞ!!


 さて、ここでやりたいことは全部やったし、次は何をして『黒幕』ムーブを楽しもうか。




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