第4話 最上位の力

「エンジェル、忘れていないよね」

「えぇ、もちろん忘れていないわ、デーモン、トドメはもちろんアビス様に刺していただくわよ」

「二人とも黙って、もうすぐ着くから」

「フェアリーはいつも辛気臭いわね、それじゃアビス様に捨てられるわよ」

「うるさい……」


 変身した姿で空を飛びながら、アーシャとココナ、それにステラは言葉を交わす。

 彼女はお互いをその姿にちなんだコードネームで呼び合っている。


「気をつけてね」

「もちろんよ、クーズ伯爵は狡猾だから、その部屋に近づくのは容易ではないわ」

「昔の私たちならね……」


 そう、クーズ伯爵は狡猾だった。

 話を聞かれた彼女たちに直接手を下すのではなく、その心を折り路地裏に捨てる。


 人質として出された娘が逃げたというイチャモンをつけて、三人の生家を取り潰したのだ。

 捨てられた三人はというと、その先野垂れ死にが待っているだけである。


 一気に邪魔なやつを排除できたとクーズ伯爵は喜んでいた。


 もしアビスがいなければ、そのやり方は最適であったのだろう。

 ただ、アビスにその三人は拾われた。


 それも想像を絶するスキルを与えられた上で、だ。

 それが今になって、クーズ伯爵に牙を剥くことになるが、彼はまだこのことを知らない。


「見えてきたよ」

「えぇ、行くわよ」

「了解」


 クーズ伯爵の屋敷の中庭に着地して、三人はそれぞれ自分に与えられた役割を果たすべく行動を開始する。


 アーシャは今、白い翼を持つ天使の姿をしている。彼女の力は光を実体化させ操るものだった。

 それを用いて、アーシャは光の矢を100本顕現させ、クーズ伯爵の屋敷へと放った。


「なんだッ!? 今の爆発は!?」

「中庭の方からだ! 急げッ!」


 目論み通り、衛兵は中庭の方に集まってくる。

 この機に乗じて、ココナとステラはクーズ伯爵の部屋へ直行する。


 いわゆる陽動作戦である。


 なぜこのような役割になったのかというと、それはスキルの性能によるものだった。

 ココナの【悪魔顕現ダーク・デーモン】は彼女を禍々しい角の生えた悪魔の姿に変える。


 その力は極めて純粋なもの―――圧倒的な暴力。

 何人がかかって来ようとも、その腕力で薙ぎ倒す。


 シンプルにして最強の力。


 また、ステラの【精霊顕現セイクリッド・フェアリー】は彼女を半透明な精霊の姿に変える。

 その能力はテクニカルで、相手の攻撃を無効化するというものだった。


 攻撃を受けても、透過していなすことができるため、カウンター的な戦い方ができる。


 ただ、二人とも広範囲攻撃の術を持たない。

 だから、陽動はアーシャに決まったのであった。


「て、天使ッ!?」


 屋敷から出てきた衛兵らがアーシャを見て混乱する。

 

光使弓ホーリー・アロー


 アーシャは手を掲げて光の矢を召喚する。

 それらを衛兵らに放った。


「ぎゃぁッ!!」

「ぐはぁッ!!」


 阿鼻叫喚の様子を呈する中庭はまさに地獄である。


「ひ、怯むなッ!」


 衛兵の一人はみんなを鼓舞し、辛うじて態勢を立て直した。

 アーシャを囲むように衛兵らは攻撃を仕掛ける。


 ただ、それらの攻撃は光の盾によって防がれ、アーシャに届くことはなかった。


光の演舞ホーリー・ライトニング


 アーシャの頭上の光の輪が彼女の呼びかけに応じて広がり、気が付けば衛兵ら全員の胴体が裂かれていた。


 こうして、陽動の方は無事成功したのだった。


 ………………

 …………

 ……


 クーズ伯爵は用心深い。


 中庭の爆発音を聞きつけて、衛兵らを向かわせこそしたが、彼はとびきり腕っ節の強い護衛を残している。

 【筋力強化ブースト】を持つチカーラと【不可視インビジブル】を持つミエナーイの二人である。


 チカーラは【筋力強化ブースト】でいかなる相手をも薙ぎ倒し、ミエナーイは自分の姿を隠して致命的な一撃を繰り広げる。

 そんな三人の目の前に、ココナとステラが現れた。


「き、貴様ら、俺を誰だと心得るッ!?」


 クーズ伯爵は素っ頓狂な声を上げる。


「「…………」」


 だが、二人は応じようとしない。


「や、やれッ!」


 クーズ伯爵の命令により、チカーラとミエナーイは即座に動いた。


 幾百の死地をくぐり抜けた経験から、チカーラとミエナーイはクーズ伯爵のように狼狽えず、冷静に相手の力量を計った。


(姿はあれだけど、所詮は女、俺の敵ではない)


 そう、チカーラはココナとステラを舐めていた。

 姿こそ仰々しいが、見た感じ女だ。


 自分の敵ではないと。


 そう考えたチカーラは自慢の怪力を載せた拳をココナに叩きつける。

 が、ココナの指に止められた。


(バカなッ!? この俺様の一撃を指一本で止めただと!?)


 ここにきて初めて心の中で狼狽するチカーラ。

 しかし、彼に後悔する時間はなかった。


 ココナは指で輪っかを作り、パチンと人差し指をチカーラの胸に叩き込んだ。

 チカーラは吹き飛ばされ、無様に部屋の壁に衝突し気を失った。


 チカーラもまた、メイド三人衆にひどい仕打ちを仕掛けた張本人であり、ココナに容赦などあろうはずもない。

 【筋力強化ブースト】によって強化されたチカーラの腕力も遠くココナのそれに及ばなかった。


 アビスは知らないが、メイド三人衆に与えた顕現系のスキルはこの世界において最上位の力。

 ほかのスキルとは一線を画す。


 これは女神に気に入られたアビスに、彼女が密かにプレゼントしたもの。

 しかし、それらはこの世界に存在する幻想的生き物の力を行使できる秘匿された規格外のスキル。


 アビスは知らずにそれらをアーシャたちに与えたのだった……。




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