第3話 メイド三人衆

 あれからまた路地裏を回って二人の女の子を連れ帰った。

 彼女達の名はココナとステラという。


 ステラの名前を『統輝羅ステラ』と書き換えて遊んだことはここだけの秘密。

 ココナとステラにはそれぞれ【悪魔顕現ダーク・デーモン】と【精霊顕現セイクリッド・フェアリー】を与えた。


 悪魔と精霊に変身するスキルだ。

 アーシャとその二人を合わせて、俺は“メイド三人衆”と呼んだ。


 ぶっちゃけ、俺の屋敷にはメイドがごまんといる。

 ただ、『黒幕』の代理者がいない。


 揉め事がある際は俺が前に出ずに、俺の代わりに実力を行使する者がいる。

 そういう意味ではこの三人はうってつけだ。


 三人はスキルを発動すれば、変身して素顔が分からなくなるから、俺の代理者にふさわしい。

 そんな彼女達を見て俺にたどり着く者はいないだろう。


 聞けば三人ともクーズ伯爵のところで使用人として働いていた。

 クーズ伯爵の密談を偶然聞いた彼女達はひどい仕打ちの末に路地裏に放り出されたという。


 これは実に美味しいシチュエーションだ。


 勝手に復讐させて観戦するのもいいが、三人にクーズ伯爵の屋敷を襲撃させたあと、俺が最終的に登場して―――


「貴様はこの国の真の支配者であるこの俺の女に手を出した―――後悔して死ぬがいい!」


 と言い放つほうが気持ちよさそうだな。


 うわー、考えるだけで脳が痺れそうだ。


「俺の女……」

「アビス様は今私たちを『俺の女』と……?」

「そんな嬉しいことを……」


 なんだ?

 アーシャ達の様子が少しおかしいぞ?


 顔がすごく赤いし、熱でもあるのか……。

 

 まあいいか。

 体調管理は彼女たちの仕事だ。


 でも、夜のご飯には生姜スープを追加してやってもいいかも。


「お前たち、機は熟した!」

「「「はい!」」」


 別にいつでもクーズ伯爵の屋敷は襲撃できるけど、雰囲気は大事だよね。


「この国の真の支配者に楯突いたことを後悔させるがいい!」


 俺の号令によって、三人は夜空に消えていった。


 ◆


 アーシャは思った。

 自分はなんと恵まれているのだと。


 クーズ伯爵の密談を偶然聞いた時はこの世の終わりかと思った。

 実際、ひどい仕打ちを受けたし、それで満身創痍にもなっていた。


 なのに、目が覚めると全身の傷が嘘のように消えていた。

 それどころか、力をすごく与えたそうにアビスが問いかけてくる。


「力が欲しいか……?」


 そんなアビスの問いかけに、アーシャは最初は戸惑っていた。


 アーシャは下級貴族の出だ。

 彼女の本名はアシェンプテラ。


 父がクーズ伯爵の派閥に属するため、人質という意味でも彼女はクーズ伯爵家で奉公していた。

 それなのに、自分のせいで家はとり潰され、帰る場所もなくなった。


 そんな自分が力を得てもなんの意味もないのではないかと。


 しかし、アビスは彼女の生きる希望に呼びかけるように何度も「力が欲しいか……?」と聞いてくる。

 それは自分の内なる怒りを燃やした。そう、クーズ伯爵への怒り。


 怒りは生きる希望となり、アーシャはアビスの問いかけに応じた。

 それからすぐに自分の中で新しい力が芽生えたのを感じる。


 それは暖かくも優しい力だ。

 アーシャは思った。


 ―――この機会を逃したくない、と。


 それは彼女の魂から発せられた願いであり、彼女の意志が求めるものでもあった。

 だから、私を引き取ってという意味で彼女は行く宛がないと言った。


 実際、アーシャには行く宛はもうない。

 使用人でもなんでもいいから、アビスに自分を傍に置いて欲しい。


 そんな彼女をアビスは家に連れ帰った。


 その後、アビスはまた二人の女の子を連れてきた。

 見れば自分と同じくクーズ伯爵家で奉公していた下級貴族の娘たちじゃないか。


 アビスは自分達を“メイド三人衆”と呼んで、この国の真の支配者である彼の代理者として、彼に逆らうものを闇に葬り去るように頼まれた。


 それはまるで神の導きのように感じられた。


 自分に力、居場所だけでなく、その力を行使し、クーズ伯爵のような悪人を成敗する役目まで与えてくれたアビスのことを、比喩表現ではなく本物の神だと崇めるようになった。

 そして、神の制裁の最初の標的はまさに自分の仇であるクーズ伯爵。


 アーシャは歓喜に震えていた。

 

 やっと自分の手でやつに復讐することができる。

 アーシャは狂気じみた快感に包まれていた。


「貴様はこの国の真の支配者であるこの俺の女に手を出した―――後悔して死ぬがいい!」


 決め手はこの言葉だった。


 アビスは自分のことを『俺の女』と呼んだ。

 それは自分がアビスの所有物で、彼に守られていることを意味する。


 これ以上の喜びはあるのだろうか。


 脳イキしそうな快感を噛み締めて、アーシャは必死に耐えた。

 いつかアビスに抱かれるまで我慢しようと理性を総動員して耐えてみせた。


 ココナもステラもアーシャと同じような気持ちだった。

 彼女三人はその言葉を聞いて、自分らがアビスの女だという喜びを感じていた。


 三人は誓った。

 

 ―――一生あの方に尽くす、と。


 そして、それぞれスキルを発動させ、白い光を纏う天使、黒いオーラを漂わせる悪魔、水色の霊気に包まれている精霊に変身した。


 それは艶めかしくも力強い姿だった。


「この国の真の支配者に楯突いたことを後悔させるがいい!」


 アビスの号令によって破壊されそうになる脳を意志の力で保護しつつ、三人は夜を駆けたのだった。




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