第2話 「力が欲しいか……?」

 繁盛している街の路地裏に、一人のやせ細った少女が倒れている。

 彼女の服はボロボロで、よく見れば体のあっちこっちに傷があった。


 そんな彼女を偶然見つけた時、俺は歓喜した。


 これだ。

 このシチュエーションだ。


 俺はずっとこれを探していたんだ!


 なんせ、権力掌握で進めた慈善事業のせいで、路地裏とかに貧しい人がたむろしているのを全然見かけなくなった。

 ここんとこ、俺は毎日のように誰かが路地裏に倒れていないか、王都の全ての路地裏を見て回った。


 もはやどこの路地裏にどこの店の看板がしまっているのか暗記できるようになっていた。

 そして、今日やっと見つけた。


 いかにも理不尽な仕打ちを受けて倒れている女の子。

 こんないいカモを絶対に逃すわけにはいかない。


 そのためにも慎重に、ミステリアスにことを進めねば。

 

 俺は身につけている黒いローブのフードを目深に被る。

 誰も見ていない隙に路地裏に入った。


 ………………

 …………

 ……


 っておい、いい加減に起きろよ!!


 女の子が起きた際に―――


「力が欲しいか……?」

「ほすぃ……!」


 ―――のような会話を待っていたのだが、目の前の女の子は一向に起きる気配がなく、かれこれ三時間ほど待った。


 いや、慌てるな……。


 路地裏を見て回る日々に比べれば、今はもう夢のシチュエーションの目前まで来ているではないか。


 俺は絶対お前を逃がさないぞ!!


 ……でも、少しくらいズルしてもいいよな。


 俺はスキル【治癒ヒール】を発動させて、女の子の傷を直した。

 これならすぐにでも目を覚ますだろう。


 だって、しょうがないじゃん!

 立ちすぎて足がぷるぷる震え出したもん!


 これ以上待たされたら、脱水症状でふらふらしながら念願のセリフを言う羽目になってしまう。


 そんなのせっかくのシチュエーションが台無しだ。


「……」


 おう!

 女の子が目を覚ましたぞ!


 行け!

 今言わずしていつ言うんだ!


「力が欲しいか……?」


 やった!!

 やっと言えた!!


 長年の夢を一つ叶えたぞ!!


「ほっといて……」


 女の子は虚空を見るような目で俺を見つめたあと、ぽつりと呟くように言った。


 って違うッ! 俺の予想と全然違うじゃないか!!


 この子が食いつかなかったら、俺のセリフになんの意味もなくなってしまう……。


「力が欲しいか……?」


 こうなったら目当ての返事が返ってくるまで、エンドレス無限ループしてやるぅ!


「このまま死なせてよ……!」


 女の子は泣き叫ぶが、構わない。


「力が欲しいか……?」

「もうほっといてよ!」


 ほっとけないんだよ!


「力が欲しいか……?」

「だから、私はもうどうなってもいいのよ!」


 えぇ! まだまだっ!


「力が欲しいか……?」

「そんなに言うなら私に復讐するための力をちょうだいッ!」

「その言葉を待っていた」

 

 いや、ほんとに待っていたよ! その言葉!


「なら、お前にこの……」


 えっと、どのスキルを与えようかな。

 ここでダサい名前のやつを言えば俺のセンスが疑われる。


 やはり『黒幕』になるのは簡単なことではないな……。


「…………」


 やばい。女の子は黙って俺の返事を待っているぞ?

 早く思いつかないと取り返しのつかないことになるッ!


 そうだ!


 こいつだ!


 相手は女の子だし、見た目を天使に変えてその力を行使できる【天使顕現ホーリー・エンジェル】はめっちゃくちゃよくないか?


 よし、これで行こう……。


「お前にこの【天使顕現ホーリー・エンジェル】を与えよう!」


 間を置いたから、最初から言い直した。


「ホーリー・エンジェル……?」

「そうだ! もしお前にまだ運命に抗おうとする意思があるのなら、この力はそれを手助けする―――さあ、行け! 復讐に塗れた日々はこれから始まるのだ!」


 決まった……。


 これ以上ないくらいかっこいい……。


 あれ?

 女の子はうずくまったままここから立ち去ろうとしないぞ?


「私にはもう行く宛がないの……」


 えっ?

 そんなこと俺に言われてもな……。


 こっちはこれからお前の後に付けて、その復讐劇を見届けようと考えているのだから、ここで留まられても困るというものだ。

 

「お前、名前は?」

「アシェ……いや、今の私はただのアーシャ……」

「なるほど、アーシャか……」


 別に名前以上に分かったことはないが、ここは『黒幕』らしく全てを知っている感じを醸し出しておいた。


 うーん、ここで放り出すわけにもいかないしな。


「俺の屋敷で今メイドが足りていない。お前にその覚悟があるのなら―――」

「行く!」


 なんだろう。

 この野良犬に餌をあげたら、食い付きが予想以上に激しいような感覚は。


 まあいい、アーシャを傍に置いとけば、自然に彼女の復讐を観戦できるって寸法だ。

 そこで彼女が困難にぶち当たったとき、俺は月の光に照らされた部屋で彼女にこう言う。


「お前に与えた力はなにもスキルだけではない―――この国の真の支配者である俺がお前の行先を照らそうじゃないか!」


 うひょー! 痺れるぅ!


 これ、癖になるやつだ。

 

 よし、これで行こう。


「そうと決まれば来い! これからお前はこのアビス・ジルフォードのものだ!」

「うん……いいえ、かしこまりました」


 アーシャは俺をご主人様だと認めたのか、口調を改めた。


 ふふっ、ふはははっ!


 これで、俺は『黒幕』ライフは幕を開けたのだ!




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