第4話:青の別離②
さまざまな事柄を整理することができず、まるでどこにつながっているのかわからない霧中をさまよっているような気さえしながら、直輝は律とともに森の奥へと進んでゆく。
「わぁ!」
やがて目的の場所にたどりついた。木々の隙間から差し込む夕日に照らされて青色に輝く鳥居を見た律は、嬉しそうな声をあげた。
直輝もその小さな鳥居を見上げる。鳥居の形はしているものの、色だけではなくその様相も普通の鳥居とは違う。その上には見たこともないような、今にもはばたいていきそうな尾の長い大きな鳥の細工が施されていて、何かのアニメでみた不死鳥を連想させた。鳥居というよりは、どこかの城の門のようだ。それが少し間隔を開けて二つ建っている。そのたたずまいの迫力と、これからしようとしていることに怖気づいて、直輝はごくりとつばをのみこんだ。緊張に手が汗ばんでくる。
「律、ここに後ろ向きに立って。いいかい? 決して目をあけちゃいけないよ。俺と一緒に後ろ向きに歩くんだ」
鳥居を背に手をつないだ直輝はきょとんとする律に言い聞かせる。
「うん、分かった」
少しのためらいもなく、律はそういって素直にかたく目を瞑った。その従順さから信頼の厚さを感じ、刹那、直輝の良心が痛んだが、すぐに直輝も目を閉じた。
「いいかい? 歩くよ」
手をつないだまま、二人は、一歩後ろに下がった。そして、また一歩。
そして、数歩歩いた後、これくらい歩けばすでに一つ目の鳥居はくぐっているだろうと見当をつけた。だがしかし、目を閉じたそこには、クラスメイトの少女が言っていたような自分の望む光景など見えやしない。ただ闇が広がるばかりだ。
やはりあれはただの噂だったのだろうか。そう思ったその時。どういうわけか、突然ひらめきのように直輝の脳裏に浮かんだのは、幼い律をぎゅっと抱きしめている自分の姿だった。
律は大人びた微笑を浮かべながら、腕の中で直輝を見上げている。
ただのハグだ。なのにそれは無邪気な光景には見えず……そしてどこからか『おぞましい』という母の囁き声が聞こえてきた。
やめてくれ。
思わず直輝は心の中で叫んでいた。
だが、脳裏に浮かぶ自分は、そのままその小さな愛らしい唇にそっと口づける。
「違う!!」
直輝は思わず声に出して叫んでいた。
相手は子供だ。律にそんなことをしたいわけがないし、自分は父のように、幼児に恋する異常者ではない。
「お前なんていなくなればいい」
直輝はたまらず、途端に忌々しく感じた律の温かく小さな手を振り払い、彼女をつきとばした。
大人だけでなく、自分の心もからめとろうとする律が恐ろしかった。
そして、小さなか細い驚きの声が一瞬だけ聞こえた。しかし、すぐに途切れて聞こえなくなった。
律をつきとばしたのだ。だから当然予測できる、彼女がしりもちをつくような音が、しかし聞こえない。それどころか、歩けば絶対に聞こえるはずの落ち葉を踏みしめる音さえ聞こえない。
目を閉じた闇の中、直輝の仕打ちに対してもたらされるだろうと予測できる律の泣き声はおろか、彼女の気配すら消えてしまう。
「律……?」
彼女を探すように、宙に手をさまよわせたが、つい今まで律がいた場所で虚しく空をきるだけだった。
直輝の背筋が寒くなる。『逆祭り』のあの噂。
―――目を開ければ、もう二度とは戻れない。
あれは、本当だったのだろうか? だが今、もう直輝の瞼の裏には何も浮かんではこない。
律はどうしたのだろう。
自分でしでかしたことながら、直輝は急に不安になった。律がいなくなってしまったらどうしよう。頭が冷えてくると、自分がどれだけ残酷なことをしたのかと罪悪感と恐怖に背筋が凍りつく。
――律。
律は何も悪くない。ただ自分を慕ってくるその手を振り払い、激情に流されて、いなくなればいいなどと言ってしまうなんて。
律がいなくなってしまったら、と考え、直輝の頭は急激に冷えた。
そんなこと、どうして思ってしまったのか。
目を閉じれば望む光景が見えるという逆祭り。
確かにその噂は真実だったのだ。
眼裏に映った光景を否定してしまったけれど、きっとあれは自分自身が本当は望んでいたことだった。
「律、そこにいるのか? いいか、目を開けちゃダメだぞ」
そう声をかけるが、返事はない。このまま十歩ほど前進すれば鳥居に戻れるはずだ。一度鳥居まで戻って、逆祭りを終えてから律を探そう。
そう思うのに、律を傷つけたこと、そして律が神隠しに遭ってしまったらと考えると、直輝の足は震えだし、なかなか一歩が踏み出せない。
そしてようやく一歩を踏み出した時。
直輝の足を誰かの手がつかんだような気がした。律の手か!? と直輝は思ったが、それは、実際は敷き詰められた木の葉の下を這う木の根だったのだけれど。
「わっ!!」
直輝はつまずき。
そして、目を開けてしまった。
視界に飛び込んできたのは、低い木造の建物の並ぶ土の道。そこここにつるされた提灯の灯りに照らされ浮かび上がる、おかっぱの少女の図柄や狐をかたどった奇妙な面をつけた人々の姿。彼らは着物によく似た、それよりは若干身軽そうな衣類をまとっていた。まるでテレビの中の時代劇ドラマのワンシーンのようだ。
人々の熱気は感じるのに、皆、面で表情を隠しているせいかどこか静物的でぎこちなく、不気味な光景に、直輝は背筋が粟立った。
――自分は何か重大な過ちを犯して、悪夢に閉じ込められてしまったのではないか。
うるさいほどに盛大な笛の音と、鼓動のようなリズムを刻む太鼓の音。すべてが祭りを連想させる音色で。
そして、すべてが現実だった。
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