第2話

「ねぇ、人を殺す夢はないの?なるったけリアルなやつ」

「ございますよ。兵士や殺人犯が繰り返し見た品などは、細部までよく再現されているとの評判です」

「で、それだってやっぱり、相手を自由に変えられるんでしょ」

「オプションになりますので、別途料金が必要となりますが」

 何度も首を縦に振った後、サユキは札入れを取り出した。

「じゃあ、とりあえず、思いっきり殴りつけるのをお願い!」


 こんな会話が交わされたのは、サユキが常連となって間もない“獏屋”である。入口に“夢、売ります。買います”の看板が掲げられたこの店は、寝ている間に見る“夢”を売り買いできる場所だ。店主だと名乗る男以外に、店員も客も見かけたことはないが、それを指摘すると「偶然ではありますが、あまり他の方とは遭遇しないようですね」と返された。

 店に通うようになったきっかけは、彼の見目である。洋装でも和装でも、常に黒ずくめの彼は、ギリシャ彫刻のような美しさだとサユキは思う。

 発端は、いわばそんなミーハーな心持ちだったけれど、サユキが商品に惹かれるのに大して時間はかからなかった。

 例えば、文字ごとく“夢のような”素晴らしい食事や音楽。空を飛んだり深海に潜ったりする現実では有り得ない体験。スリル満点の冒険だって目覚めることがわかっていれば良くできた娯楽でしかない。

 そして、それ以上に心を捉えたのは、嫌味ばかりの姑に言い返し、庇うことすらしない夫に一打を加える、そんな夢たちだった。起きているうちは耐えるしかない、その鬱憤を晴らすためだと思えば、多少のオプションくらい何でもない。

 その、とびっきりの、後ろ暗い、歓喜は止まることを知らず、とうとう今日、そんな要望を口にしてしまった。店主は淡々とした口調を崩すこともなく、金銭のやり取りを行う。

「それでは、良い夢と目覚めを」

 戸口でお辞儀をする店主に軽く手を振り、サユキはスキップしそうな心地で、帰路に着いたのだった。


「包丁を使う夢」「死体をバラバラにする夢」「首を絞める夢」「崖から突き落とす夢」「車をぶつける夢」

 方法やシチュエーションは千差万別で、サユキは飽くことなく夢に没頭できた。そのうち、好みのようなものがあることにも気づく。

(絞めたり殴ったりは体力がいるから大変だわ)

(心臓を刺すのには骨が邪魔なのね)

(体重差がある相手を突き落とすためには上手い計画を練らなくては)

 毒を使えば簡単そうに思えたので、毒殺犯の夢を買い取るときには、薬を入手する過程を見られるものを選んだ。

(首吊りを真似るのは難しいのかしら)

(死体を隠すならどこが良いんだろう)

 何度も何度も、夢の中で夫を殺すうちに、次第に計画が固まってくる。

(完全無欠な犯罪の予行練習)

 現実から目を背け、夢に深く深く入れ込むサユキを、店主はやっぱり感情のこもらない声色で「良い夢と目覚めを」と送り出すのだった。

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