第65話 真実

「でも私は! 裕也くんを記憶喪失にさせたのよっ……!」


「え……?」


 

 みんなが俺の方を見る。

 いやいや待て待て。

 俺が記憶喪失? そんなはず無い。



「や、俺、記憶とか飛んだこと無いし……勘違いじゃ」


「五歳からの記憶しかないでしょう?」


「……」


 

 言われてみると確かに、六歳より前の誕生日は記憶にない。妹に関する記憶も同じ時期からしかない。



「あの日――柚と裕也くんがこっそり遊んでいるのを知って、柚だけ帰らせた日、あなたはそれまでの記憶を失った」


「……?」



 何を言っているんだろう。いやまあ、本当にそういうことがあったなら記憶がなくなってなければおかしいのだ。俺は広島で柚と会った記憶なんてないのだから。生まれも育ちもここ、東京のはずだが……。

 ちらっと柚を見ると、柚は満美さんの話に頷いていた。どうやら分かっているようだ。



「あの日、柚が家に帰ってから何があったのか話すわ」


―――――


(松永満美視点)



『……よし、帰ったわね』



 河原で遊んでいた柚を先に帰らせることに成功してホッと一息つく。



『今から何するつもりだ? 俺を殴ったりして罪を増やすのか? いざとなったらボールぶつけてやるっ』


『危害は加えないから大丈夫よ』


『……』



 私がそう言っても、裕也くんは警戒を解かず戦闘態勢。

 だが私が何もアクションを起こさないでいると、裕也くんはくるりと背中を向けた。



『今から警察署に行く』


『なっ……』


『じゃあな。捕まえられるといいな』



 最後にちらっとこっちを見てきて裕也くんは駆け出した。

 慌てて追いかけるも、思ったよりも足が早くて追いつけない。



『はぁ……はぁ……』



 私が疲れて立ち止まると、裕也くんも止まって振り向いた。

 そして、ニヤリと笑うって言った。



『ハハッ、全然体力ねえじゃん。自業自得だよ』



 そういった瞬間、



『しっかり反省――うぉあっ!?』



 足場の悪い、ヌメヌメした石の上に立っていた裕也くんは転んで、不幸なことに硬い岩に頭をぶつけてしまった。

 流れていく血に、私は頭が真っ白になった。



『だ、大丈夫っ!?』



 私の中にわずかにあった良心が働いてくれて、救急車を呼ぶことが出来た。

 

 だが後日、見舞いに行った際に記憶喪失になったと聞いて、私は酷く後悔した。

 私のせいだ、どうしよう。疑われてしまう。


 しかしそんな心配は杞憂だったようで、裕也くんは退院した後すぐに引っ越した。

 

―――――

(裕也視点)


「その時はそれで済んだと判断してしまったのだけど、本当にごめんなさい……。」



 深々と頭を下げる満美さん。

 俺は一瞬ぽかんとしたものの――



「いや、俺ダサっ」



 と真顔でツッコんだ。



「……ぷっ」



 誰かが思わず吹き出した瞬間、教室が大爆笑に包まれる。

 今度は満美さんがぽかんとしている。

 俺は笑いながら「いや……、だって」と言った。



「なんか多分、『女の子守って決め台詞言ってる俺かっけー!』的なこと思ってたんだと思います……くくっ……挙句の果てにヌメヌメしたところで滑って勝手に転んで……ダッサ……」


「いや〜、さすが飛鷹って感じだわ」


「どういう意味だよっ」


「そのまんまの意味だよ」


 

 柚も「キザでいいと思う……ぷぷっ」と笑ってるし。

 俺達があまりにも笑うもんで、満美さんも釣られて笑ってしまっていた。



「確かに、見ようによっては面白いわね。あの時は焦っていたから……ふふっ」



 教室は完全に和やかな雰囲気に。

 極め付きに大野がメイド服で頼んでも居ないオムライスを持ってきて、更に盛り上がった。

 しばらくして笑いが収まると、満美さんは「これ、食べてもいい?」と言ってオムライスを口に頬張った。



「あら、美味しいわね」


 

 食べ終えると「ごめんなさい、そろそろ行かないと」と言って席を立った。

 すると柚は、陰りのある表情で「……男の人のとこ?」と呟いた。

 その頃にはクラスメイトは接客に戻っており、聞いていたのは俺と満美さんだけ。



「え? ああ、まあ……」



 また暗い雰囲気が流れ始め、俺も少し悲しくなってしまう。

 子供ほっといて出かけるのはやっぱり――



「実は、父親がいないっていうことが柚にとってはよくなかったのかなって思って、柚に合う人がいないか探していたの。でも、母親なのに家を開けっ放しにしてちゃあ、意味ないわよね」



「「へっ?」」



 予想外の告白に、俺と柚は揃って間抜けな声を上げた。

 俺達が固まっていると「そろそろお暇するわ。やっぱり今日は家で柚が返ってくるのを待つことにするわね。お祭りでハメを外したくなる気持ちは分かるけどあんまり遅くならないようにね」と言ってあっさりと教室を出ていった。


 文字通り開いた口が塞がらないでいると、柚が「はぁ〜っ」と大きなため息をついた。



「なーんだ……そっかぁ……そうだったんだ……」



 柚の目尻に光るものが見えて、俺は無言で柚の頭に手を乗せる。

 その瞬間、抑えきれなくなったのか柚は声を押し殺して泣き始めた。

 柚が泣き止むまで、俺は何も言わずに柚の頭を撫で続けた。


△▼△▼


 64話、少し修正しました。


 もともと満美さんはめちゃめちゃ悪い性格っていう設定で、復讐する予定だったのですが、作者の復讐してもなんも残らんだろ思考で、こういう展開になりました。

 ヘイトが溜まっていた方や復讐系が読みたかった方、すみません……。

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