第63話 冷戦

「も〜柚ったら、嘘はだめでしょう?」


「え……なんでここにいるんだよ……」



 二人で歩いていた廊下で柚の義理の母親に話しかけられて、さっきまでの楽しさが嘘のように冷や汗が吹き出す。

 なんで? 作戦は完璧だったはず……。一体どこから情報を、どうやって? どうして?

 頭の中がぐるぐるする。すると、俺の心を見透かしたかのように“お母様”が口を開く。



「今日『松永さんのとこの娘さん、本当に美人ね〜』ってお友達から連絡が来たのよ。どうやらそのお友達のお子さんが柚の写真をSNSに上げたみたいで。お母さんびっくりしちゃったわ」



 オーバーリアクションで驚いた表情をする“お母様”の演技は悔しいが本当に上手くて、並大抵の人間は騙されてしまうのだろう。

 俺も事情を知らなかったら騙されていたのだろうか。



「お、お母様……」

 

「ごめんなさいね〜うちの娘が。裕也くん……だったかしら? 今日は自分で勉強するって言ってたのにこの子ってば気分屋だから――」



 その後もペラペラとまくしたてる“お母様”に俺は腸が煮えくり返る思いだった。

 必死に拳を握りしめていると、手に柔らかいものが触れた。松永――いや、分かりにくいな――柚の手だ。

 冷たくて震えている。俺が安心させるためにぎゅっと握りしめると、柚も握り返してきた。


 その様子を見たお母様がすっと目を細め、首を傾けて言った。



「あら、二人は付き合ってるの? いいわね〜青春で。でもごめんなさい裕也くん」



 笑顔で言ってくるけど、目が全く笑っていない。



「親子だから分かるの。柚があなたのことを好きじゃないって。それにこの子は昔っから勉強一筋でこの先もデートの時間も取れないだろうし――別れてもらうわ」



 ね? その方が裕也くんもいいと思うわ。

 そんな言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが切れる音がした。



「本物の母親じゃないくせに」



 そうこぼすと、周りの空気が凍った。



「なにが『親子だから分かるの』ですか……普段はっ」


「そう」



 それ以上は言わせないとばかりに俺の言葉を遮る“お母様”。



「聞いていたのね、柚から。確かに私は本物の母親じゃないわ。本物のお母さんはもう……だから、妹の私がこの子を引き取ったの。一応血は繋がっているのよ」


「そういうことじゃっ」


「落ち着いて。なにか勘違いしているみたいだけど、私はこの子に愛情を注いできた。なんたって、お姉ちゃんの子供よ? かわいくないわけないじゃない! 勉強はこの子が望んだからやらせてあげているだけ」


「……!」



 俺は一周回って呆れ、言葉が出なかった。

 どこまで自分勝手に物語を進めるつもりだ?

 “お母様”は、俺の肩にぽん、と手を置き、にっこりと微笑んでいった。



「少し被害妄想が激しいわ。柚を大事に思う気持ちは分かるけど――」


「うそ、んだ……そこで『分かるけど』って言えちゃうんだ」



 心底驚いた表情でそう言ったのは俺じゃなく、柚だった。

 そのまま容赦なく言葉を続ける。



「分かるのになんで虐待」


「だ、黙りなさい柚! ゆ、裕也くん! あの、その」



 とりあえず遮ったがどういった言葉を紡ぐのかは考えていなかったみたいで、ずっと「あの、その、ね?」とわけのわからない言葉で時間稼ぎをする“お母様”。

 そんな惨めな姿を見て、俺は頭が冷静になっていくのが分かった。

 一度深呼吸をして、言い合いにならないように慎重に言葉を選びながら声に出す。



「……とりあえず、立ち話もなんですからどこかで座って――」


「じゃあうち2年3組の喫茶店はどう?」


「えっ」



 いいのか? という視線を送ると、小さく頷く柚。

 ――ああ、なるほどな。

 なんとなく柚の意図がわかり、2年3組まで案内することに。

 その間、3人の間に会話は無かった。


―――――


「おかえりなさいませ、お嬢様」



 『知らない女性とクラスメイト二人で、なんで戻ってきたんだよ』という視線を感じる。

 


「なあ、クラスメイトって案内してすんの?」


「あー……」



 そうやってもたついている間、“お母様”は教室内を見回していた。

 その瞳に少し好奇心が宿っていた気がして、俺は目を見張った。



「おう、裕也! ちょっと早くね? まだ休憩だろ」


「あ、大野」



 ちょっとゆっくり話し合いたくて、と言葉を濁すと、すぐに察してくれる大野。

 当たり前のようにメイド服で案内する背中に、なんか泣きそうになった。プライド、頑張って捨てたんだな……。


 適当に飲み物を頼んで、俺は口を開く。



「俺は……俺達は、まだ高校生だから、あなたに勝てないと思います。社会的地位とか、権利とか、色々」


「……まあ、そうね」



 明らかにメイド喫茶でやる内容ではない話に、クラスメイトがひっそりと聞き耳を立てているのがわかる。

 すると次は、柚が喋る。



「でも……だからね、私達は知りたいの。なんであなたがこうなってしまったのか。少なくとも、昔はとてもいい人だったって聞いてる」


「……それは、誰から」


「お母さん。あなたの、姉」


「っ!」



 その瞬間、“お母様”が音を立てて立ち上がる。

 そして、屈辱と怒りが混ざった表情で言い放った。



「お姉ちゃんはいつもそうやってっ……! 私のこと、見下してたくせにっ」


「見下してなかった。『自慢のかわいい妹』って、いつも笑顔で言ってたよ」


「嘘だっ」



 “お母様”が感情的になればなるほど、柚は冷めた口調になっていく。

 尋常ではない“お母様”の様子に、クラスメイトが心配した表情でテーブルに寄ってくる。

 俺は少し震えている柚の手を、テーブルの下でそっと手を握った。

 柚は呼吸を整え、ついに言った。



「私は、あなたが心から悪い人だとは思えない」



 眉を下げて、慈愛に満ちた表情で。



「教えて、あなたの過去」


△▼△▼


 まず、2週間も更新できなかったこと、深くお詫び申し上げます。

 

 今回の話は母親と話しているので柚はあえて標準語にしています。

 次回は母親の過去回想が入ります。

 重い展開になるので、一時的に毎日更新にしようと思います。ストック無いけど(え)頑張ります!

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