第62話 文化祭②

 そしてついに文化祭当日。午前5時半。

 普段とは比べ物にならないほど早い時間に目覚ましをかけていた俺は、「ふわぁああ……」と大きな欠伸をしながらアラームを止めた。

 二度寝しそうになる体を、頬をパァン! と両手で叩いて無理やり起こす。ヒリヒリして痛い。が、おかげでようやく目が覚めた。


 制服に腕を通し、朝食を軽く食べて、歯を磨いて髪をセットする。



「いってきまーす」



 陽茉梨を起こさないよう小声で行って、俺は家のドアを開けた。

 いつもより薄暗い外を見ると、少しわくわくする。


 集合時刻は午前6時半。ギリギリ遅れそうなので少し駆け足になる。

 松永の家の前に行き、裏に回り込むとカーテンを開けて待っている松永と目が合った。

 俺に気づいた松永が窓を開け、GPSを投げる。それを上手くキャッチした俺は、お互いに親指を立ててグッドサインを交わす。


 俺はそのまま駅まで走り、学校とは反対方面の電車に乗った。



「はぁ、はぁ……」



 普段運動しないのにこんなに走ったら死ぬ……

 図書館が学校と反対方面にあるのが難点だ。

 そのまま席に座って図書館の最寄り駅につくまで待つ。

 いつもよりガラガラの車両は、俺が貸し切ったみたいで少し優越感があった。


 ……この作戦で良かったのだろうか。今更不安が溢れ出し、手が汗ばむ。

 上手くいきますように、と願っていると、最寄り駅についた。


 改札を抜け、駅から徒歩三分の図書館に向かう。

 図書館は普通こんな早い時間に開いていない。それは想定内だ。だから周りに置く。

 


「お、ちょうどいいところに」



 図書館の周りに茂みがあったのでその中にGPSを隠す。

 これなら気づかれることもないだろう。

 任務を達成した俺は、ホッとして緊張で強張っていた体の力が抜ける。



「さて、学校行くか」



 せっかくなので周りを色々見ながら駅に戻っていると、途中で知らない学校が見えた。どうやら高校のようだ。

 へぇ、いいなぁ。こんなに学校と図書館が近いなんて。

 とか考えながら歩いていると、俺はあることを思い出してスマホを取り出した。

 RAINを開き、松永に無事成功したことを報告する。



『上手くいった』



 なんだか素っ気ない文章になってしまったが、これ以上何を書いたらいいのか分からないのでそのまま送信する。

 するとすぐに既読がつき、返信がある。

 ナイス! と、この緊迫した状況に似合わない元気なスタンプが送られてくる。


 なんだかほっとした俺は、行きとは違う軽快な足取りで駅に向かった。


―――――


「ゆうちゃん? ゆうちゃーん」


「え、あ、どうした?」


「どうした? じゃないよー。せっかく文化祭回っとるのにぼーっとして」


「ごめん、回想に入ってた」


「何その言い訳初めて聞いたんじゃけど」


 

 けらけらと笑う松永を見て、俺は微笑ましく思った。

 今年は初めて母親の事を考えず思いっきり文化祭を楽しめているんだろうな。……そう思うと、作戦を実行してよかったと思った。

 おかげでいつもの倍眠いけど。



「あっ、たこ焼き! 食べよ!」


「でも八個も食えるか?」



 俺がそう尋ねると、屋台の男子生徒が声を上げる。



「おいおいそこのお二人さん! 二人で半分こしたらいいじゃねえか! うちのたこ焼きは絶品だぞ?」


「「!」」



 二人で顔を見合わせて、小さな声で「「……買います」」と言った。

 周りの生徒が心なしかニヤついて見えた。


 その後、二人でいろんな屋台を回った。



「ゆうちゃん! お化け屋敷! お化け屋敷がある! 行こ!」


「え、いや、俺はちょっと」


「あ、もしかしてビビってる〜?」


「……ああそうだよビビってるよ!」


「素直でよろしい。まあ入るけど」


「なんでだよっ!」



 松永もちょっとビビってたけどな。お化け屋敷は教室とは思えないほど本格的だったし。


「未成年の主張ってほんとにあるんじゃ」


「そういや去年もやってたわ。絶対告白する輩が出てくるやつ」



 俺がそう言うと、早速そういうやつが現れた。



「1年2組、佐々木よしみさん! 好きで」


「ごめんなさい無理です!!」


「えっ」



「もはやコントかってくらい早いな……」


「じゃのぉ」



 トボトボ去っていく男子生徒の勇気に、俺達二人で合掌。

 すると松永がポツリと呟くように俺に聞いた。



「ゆうちゃんは、公開告白やらをされたい?」


「あー……俺はあんま目立ちたくな――」



 体育祭で自分がほぼ公開告白みたいなことをしたのを思い出し、俺は押し黙った。

 松永も察してすごく気まずい空気になってしまった。



「ッスー……あ、謎解きあるから行こうぜ」


「う、うん、そうじゃの」



 ちなみに謎解きは一瞬で解けて案内役の生徒が「俺の問題……」って立ち尽くしてた。

 今日で一番タイム早かったらしい。


―――――


 そして時は流れ、そろそろ喫茶店に戻らないといけない時間に。

 二人で今日の感想を話し合いながら歩く。



「いや〜楽しかったな」


「結構いろんな出店があって飽きんかったのぉ! しかもどれも本格的じゃった」


「謎解きはちょっと簡単だったけどな」


 

 俺がそう言うと、ふと松永が目を細めて言った。



「うち……今日文化祭に来れてげに本当にえかったな……」


 

 俺は目をしばたたかせ、笑みをこぼして言った。



「そう言われると実行したかいがあった!」



 そうやって笑い合っていた時、突然後ろから声が聞こえた。



「も〜柚ったら、嘘はだめでしょう?」



 その瞬間、俺達は凍りつく。

 振り向くまでもない。この声は――



「お母様……」


△▼△▼


 最近全く時間がなくて更新ができず申し訳ありません……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る