第61話 文化祭前日、作戦会議
時は少し遡って体育祭のあとの帰り道。
「お母様は先に帰ったみたい。えかった〜」
「いい……のか? 帰ったらめっちゃ怒ってるというか……その……」
「うん、多分多少の傷は負うじゃろう」
「!」
オブラートに包んでいたのに、ド直球に言ったな。
「でも……今日、ゆうちゃんと樹と、文に聞いてもろうて、
だからね、と松永は続ける。
「きっと大丈夫じゃ!」
満面の笑顔でそういう。
俺はそんな松永を見て――
「いやんなわけねえだろ」
あっさり否定した。
松永の笑顔がビキッと固まる。そして、むぅ〜と効果音がつきそうな表情で言った。
「今ぶちええ感じじゃったじゃろ! ええ感じで終わるとこじゃったじゃろ〜!」
「いやいやいや、どう考えても大丈夫じゃなくね? 辛いだろ、一回殴られたから次から痛くなくなりました〜、とかありえないし。毎回痛いもんは痛いし、辛いもんは辛い!」
そう言い切ると、松永は呆気にとられた顔をした。
なんか急に自分の言ってることが恥ずかしくなってきて、「い、いや、今のは」と言い訳する。更にダサくなっている気がして、言葉を出せなくなった。
でも松永は「へへ」と心底嬉しそうににやけた。俺はとりあえずホッとする。
気を取り直して、話を戻す。
「……文化祭とかも、行くなって言われる感じなのか?」
「どうなんじゃろう、お母様、人前ではぶちええ母親じゃけぇ……じゃけぇ体育祭も、終わったあとにこっそり迎えに来たわけじゃし」
「ううん……ということは、文化祭はどうなるかまだ分からない……ってことか」
「そうじゃの……体育祭で反抗しちゃったからどうなるか分からないかも」
寂しそうな表情の松永を見て、胸が痛む。きっと学校行事の度に、こうやって疎外感を感じてきたに違いない。
二人で頭を捻っているうちに、松永の家に着いてしまった。
「とりあえず今日は帰るよ。ありがとの」
「でも……」
今日は、救えないのか。諦めるしか無いのか。
悔しさで歯を食いしばっていると、松永が「……あれ?」と呟いた。
そして、希望に満ちた表情でこちらを振り向く。
「ねえゆうちゃんっ、お母様家おらんかも!」
「えっ!?」
「ほうじゃ、今日はエステに行くやら行っとったかも!」
「マジか!」
よかった〜……と二人で安堵する。
しかしそうしていたのもつかの間、俺はハッとした。
「ということは、夜に帰ってくるってことだよな……どうしよう……」
今運良く出かけていても、一時しのぎにしかならない。根本的な解決にはならないのだ。
すると松永が、
「ああ……それは大丈夫じゃ。エステって言って男の人とデートしてるしとるだけじゃ思うけぇ」
と言った。俺は驚愕する。
「なっ、子供を置いて!?」
「まあ、うちは義理の子供じゃし、愛情なんか一ミリも無いんじゃないかな……」
「……」
「まあうちとしても、居ないほうが嬉しいんじゃけどのぉ!」
きっとそれは本心だ。だけど、愛情をもらえないことが、どれだけ寂しいか――
「俺にも、その気持ちはわかるよ」
「! そっか、ご両親……」
松永は俺の家庭事情を知っている。父親と母親が、仕事でほとんど家にいないことを。この前話したからだ。
その時松永は、
『昔からちいと酷いなたぁ思うとったけど……今はもっと酷いのぉ……』
と意味深なことを呟いていた。
その後は、また後日文化祭の作戦を立てると約束して解散になった。
―――――
そしてその後日の日。いや後日の日って何?
「おはよう、ゆうちゃん!」
「おー」
しばらく世間話をしていたが、俺は明日が文化祭だということを思い出して話を切り出した。
「「あの、明日なんだ(じゃ)けどさ」」
まさかの被った。
先にどうぞ、いやいやそちらが、という譲り合いの結果、松永が先に話すことになった。
「やっぱり諦めるよ。迷惑というか、心配かけてしもうてすまんのぉ」
そう言ってへらっと笑って見せて、なんでもないようにする松永に、悲しさよりも腹立たしさがこみ上げてきた。
だけどここで怒りをぶつけたら嫌われるかも知れない……(断じて日和ったわけではない)。
俺は怒りを堪えて、たった一言を口にした。
「俺は、松永と一緒に文化祭……まわりたいけどな」
さすがに直視しながら言うことは出来なかったので、今松永がどんな表情をしているかは分からない。
だけど、松永がゴクリと喉を鳴らしたことは分かった。
「そ、そそそそそっか!」
「ま、まままあな!」
「へ、へぇ〜! あ〜、うん、へぇ〜! じゃ、じゃあちゃんと計画せにゃあね〜!」
「そうだな〜!」
若干(?)変な空気になったが、どうにかして文化祭に行く方法を編み出した。
まとめるとこんな感じだ。
①松永が文化祭に参加しないことを“母”に約束する。
②文化祭当日、松永が母に『図書館で勉強してくる』と伝え、私服で家を出る。その時俺と合流
し、GPSを俺に手渡す(勉強道具が入っている設定のリュックには制服を入れる)。
③松永→公衆トイレなどで制服に着替え、学校に向かう。
俺→GPSを図書館の周りに置いておく→学校に向かう。
二人共結構早起きしないといけない作戦だが、多分大丈夫だ。
学校に遅れそうになったら大野や森さんにどうにかしてもらおう。
「絶対成功させようね!」
そうやって松永が拳を差し出してきたから、俺は
「おう、絶対な」
と言って、コツンと拳を合わせた。
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