第38話 松永の母親
ピンポーン。
インターホンの音がやけに響く。
チャイムを押してから俺は「これ大丈夫なのか?」と不安にとらわれた。
母親か父親が出るとして、娘と同じ年頃の男子二人が一つの傘に入って家を訪ねてくる――。
うん、普通にやばい。
大野は平然を装っているのか、単に気づいていないだけなのか、焦っている様子には見えないが……。
俺が大野を見て頭を悩ませていると、視線に気づいたのか大野がこっちを見てくる。
目がバッチリ合う最悪なタイミングで、ドアが開く音がした。
俺と大野は慌ててそちらに顔を向ける。
「あら、大野くんと……どちら様? 柚の友達?」
松永の母親と思われる女性がドアの隙間から顔を覗かせていた。
その女性は途中まで柔らかい口調だったのに、俺を見た瞬間すごく刺々しい口調に変わった。圧も感じるし怪訝そうな表情だし、女性怖っ……。
「ご無沙汰しています、
「久しぶり、大野くん。……で? あなたは?」
思わず人見知りモードを発動しそうになったが、ここを乗り越えなければ何も進まない。
俺は息を吸うと、真っ直ぐに女性――満美さんを見ていった。
「いつも柚さんとは仲良く……させていただいてます、飛鷹裕也です」
柚との関係を「仲良く」と表現したことを一瞬「本当にこの言い方で正しかったのか?」と悩み言いよどんでしまった。しかし言ってしまったものはしょうがない。
それに……初対面の挨拶としてはこれだけでは短すぎるか? 俺はもう少し言葉を継ぎ足すことにした。
「えっと、その……隣の席なんですけど、天真爛漫というか、明るくて笑顔を絶やさない柚さんに、よく元気を貰ってます」
自分でも驚くほど、言葉がスラスラと出てきた。
俺は嘘を付くのが上手い方ではない。だからきっとこれは……本心。
すると、満美さんが表情を強張らせて何かを呟いた。
「飛鷹……裕也……!?」
「「え?」」
雨の音で聞き取れず、二人揃って聞き返す。
すると、満美さんは取り繕ったような笑顔で「なんでもないの」と言った。まあいいか。
そこで、大野が本題に入った。
「あの、柚はどこに……」
「ああ、あの子、家を飛び出して行っちゃったの」
「「えっ」」
「反抗期かしらねぇ……。困ったわ」
俺と大野は顔を見合わせ、頷いた。
「探しに行ってきます!」
一瞬、満美さんの眉がピクリと動いた気がしたが、すぐに微笑んで言った。
「あら、本当? ありがとう」
その言葉を言い終えるよりも早く、俺達は駆け出した。
―――――
「柚ー!!」
「松永ー!!!」
どんどん激しくなる雨に負けないよう、二人して声を張り上げる。
傘が一つしか無いので、分かれて探す事ができない。
そのことにもどかしさを感じたのは、俺だけではないらしい。
そして、怒りの沸点が低いのは大野の方だった。
「あーもう! 俺は傘いらねえから! 手分けして探すぞ!」
「いや、お前の傘だし、いいって」
「俺体強いから! 風邪引かねえから!」
「いやいやいや!」
結局意地を張り合った結果、傘はそこら辺の塀に立てかけておくことになった。
二人共濡れるなんてバカだろ、コンビニでもう一本買えよと普段の俺なら言えたはずだ。
だがこの時の俺は冷静ではなく、そんなことは考えられなかった。
「松永……松永っ!!」
声が裏返り、思わずゴホゴホと咳き込む。
俺は髪をガシガシと掻きむしり、「くっそ……!」と声を絞り出す。
どこに、どこにいるんだよ。松永、いや――
「柚ーーーっっ!!」
走りながら、声の限り叫んだ。思わず名前で。
その時だった。
視界の端に映った公園のベンチに座っていた人物が、顔を上げた。
思わず息が止まる。まさに今、探していた人物だった。
「松……永……」
お互い、ゆっくり、一歩一歩歩み寄る。
松永は、俺と同じで傘を差していなかった。
「ゆう……ちゃ……なん……で」
手を伸ばせば、触れられる距離。
そこまで近づいた、その時だった。
「あっ、柚ーーー!!!」
初めて会ったときと同じように、大野が突っ込んできた。
「よかった……」
息も絶え絶えに、ふっと目を細めて優しい笑顔を作る大野。
ああ、こんな表情を出せるからモテるんだろうな、と場に合わない思考を外に追い出し、松永に聞いた。出来るだけ冷静に。
「何があった?」
「別に……何も」
じゃあなんで、そんな悲しそうな、傷ついた顔をしてるんだよ。頬に伝っているそれは、本当は雨じゃなくて涙なんだろ。
そう言いたいのをぐっと堪えて、ふぅー……と息を吐く。
「とりあえず、どっかで雨宿りしながら話すか。びっしょびしょだぞ、俺達……」
「「……あ」」
俺の言葉で、ようやく二人は傘を差していないことを思い出した。
―――――
「なあ、柚」
「何、樹」
「ちょっと言いたいことがある」
「俺もずっと言おうと思ってた」
「どうしたの、ゆうちゃんまで。あっ、もしかして二人から同時に告白とか?」
「「違う」」
「ちぇー」
「……話に戻るけどさ」
「なんで遊具の中なんだよ!?」
俺の渾身のツッコミが、狭い遊具の中にぐわんと響く。
大野が「あっ、俺のセリフ取りやがって!」と騒いでいるが、もはやどうでもいい。
なぜびしょぬれの高校生三人が遊具の中で雨宿りしてんだよ!?
思いっきりカオスだよ!?
答えは単純である。
「いやー、ここの遊具の中広いけぇ」
うん、そうだね。すごく分かりやすくて、明快で――単純だなぁおい!
俺はツッコむのを諦め、真面目に松永に聞いた。
「なんで、家飛び出したんだ」
「お母さんが、『勉強しろ』って
淡々と答える松永からは、なんの感情も伺えなかった。
絶対それだけじゃないだろ、と思ったけど、松永のこの顔……問い詰めても話さないだろうな。
「ま、お母さんもうちのこと心配して言うてくれとるんじゃろうし、後でちゃんと謝るよ。大丈夫。ちいと心配性なだけじゃけぇ」
嘘だ。
根拠はなにもないけど、そう思った。
絶対もっと、深刻な話なんだろ。なんで打ち明けてくれないんだ。
そう言いたいけど、今こいつに掛ける言葉はそれじゃない。
俺は、陽茉梨にするように――最近は嫌がってさせてくれないが――頭をぽんぽんと撫でた。
ずっとうつむいて床をいじっていた松永が、顔を上げる。大野は、「なっ……」と声を上げた。
そして俺は、言葉を紡ぐ。
「大丈夫。何があっても、俺は松永の味方だから」
大野は俺に張り合うかのように宣言した。
「お、俺もっ! だから、何かあったらすぐ相談しろよ!」
すると松永は、ぽかんとした後、嬉しそうに笑って言った。
純粋無垢な子供のように。
「うん!」
その笑顔は、遊具の隙間から差し込んできた雨上がりの光に照らされて、輝いていた。
俺たちはぶつけないように頭を下げて遊具から外に出る。下げた頭をあげた瞬間、俺たちの瞳に飛び込んできたのは雨上がりの青空に大きな弧を描いてかかる綺麗な虹だった。
「「「虹だ(じゃ)!」」」
三人の声が
△▼△▼
5月末から6月20日はちょっと空きすぎなので、6月5日に変更しています。
報告(?)が遅くなってしまい申し訳ありません。
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