第37話 パズルのピース

「ふう……」



 俺は家に帰って、息を吐き出した。顔が熱くなっている。



「……くっそ、こんなことならもっと雨に打たれればよかった」



 そうすれば、こんなに全身が熱くなることはなかったのに。雨が冷やしてくれたのに。

 ってだから、俺は少女漫画のヒロインかっつーの!


 俺は大きく息を吸うと、普段通りの顔に戻る。

 今日は鍵が開いてたから、陽茉梨がいるはず――ん?


 

「鍵が開いてる……」



 今心のなかで言ったことを、口に出して言ってみる。

 別に変なことは言ってない。だけど、何かが引っかかる。

 なんだ? とても小さな、でも重要なことを見落としている気がする。



「マジでなんだ……?」


 

 一度気になるとずっと気になってしまうのが俺の癖だ。傘を置くのも忘れて、一人玄関で考え込む。

 最近した鍵の話題といえば……。


『ねえ見て、ゆうちゃん。鍵についてるキーホルダーかわいいでしょ!』


 いや松永とのこの会話しか無い……。でも……何かが胸を掠める。パズルのピースが一つハマったような。

 不思議は不安に変わり、不安は徐々に嫌な予感になっていく。

 早く、早く。このパズルを完成させないと。手遅れになってしまう……。



「くそ……!」



 なんなんだよ、一体。誰か答えを早く教えてくれ。まるで国語のテストみたいじゃないか。

 正解が分からない。解答が欲しい。叶わないことを思っては、苦しくなる。

 もしかして、ちゃんと自分で考えないと解けないのか? いや、そもそも物事を問題として見るなよ。

 その時、リビングから陽茉梨の声が聞こえた。



「おにいー? ねえ、帰ってんの?」



 おそらく、ドアが開く音がしたのに俺がなかなかリビングに来ないことを心配したのだろう。

 俺はリビングに届くよう大きめの声で返事をする。



「あ、うん!」


「はあ、全く。ただいまくらい言ってよね」


「ごめんごめん、ただいま」



 そういえば、陽茉梨も帰宅部だよな。小学生までは一緒に登下校してたのに、最近は嫌がってしてくれない……。い、いや、反抗期ってやつだよな? 本当はあんまり嫌がってないのにそういうフリをしてるだけだよな? そうじゃないとお兄ちゃん悲しすぎる――



『そういやあゆうちゃん、部活入っとらんね?』



 ふと、松永の声が頭の中で反響する。

 リビングの扉を開けようとした手をピタリと止める。「おにい? そこにいるんでしょ? 入るなら入ってよ」という声はもう届いていない。

 その後、松永が言った言葉が自然と口からこぼれる。


 

「『うーん、まあ色々あって……。今日は遅うても大丈夫なんじゃ』……これって」



 ドクドクと、心臓が早鐘を打つ。パズルがあと一ピースで完成しそうだ。

 その時、誰かわからない女の子の声が脳に響いた。


――『本当に? 本当に助けてくれるの?』


 稲妻に打たれたように、体中に電撃が走った。



「っ……!!」


 

 誰かわからない。そんな声が、幻聴が聞こえた。それだけなのに、俺は動悸が収まらない。



「おにい? どうし――」



 怪訝そうな顔をした陽茉梨に俺は言った。



「ごめん! 俺、行ってくる!!」



 かかとが潰れるのも構わずに、ズボッと靴を履く。

 カバンを放り投げて、ガチャッとドアを開ける。

 


「はぁ? ちょ、待ってよ! ねえ、どこ行くの! おに――」



 陽茉梨の声を遮るように、俺は玄関のドアをバタン、と勢いよく閉める。

 外は雨が降り続いていた。


―――――


 俺、大野樹は傘を差して歩いていた。傘に当たる雨の音が響く。

 もし横に……俺の傘の下に、柚がいたらどうだろう、と何回したかわからない妄想をしては、ため息をつく。

 委員長と話した後、行動の早い俺はすぐにある場所に向かうことにした。


 そう、柚の家だ。


 別に、告白とかはしないけど。ちょっと顔を見たいな〜みたいな……。

 と、とにかく! そういうのは会ってから考えればいいんだ!


『樹!? なして来たん!?』


 と驚く柚の顔を想像して、頬が緩む。

 驚いた後は、どうするだろう。突然のサプライズに、嬉しがるだろうか。苦笑するだろうか。

 最終的には、少しだけ困った顔をして笑ってくれそうだ。



「えーっと、この角を左に曲がってと。――ってん?」



 左に曲がったとしたとき、後ろから誰かの足音――走ってくるような足音が聞こえた。

 振り返ると、そこには――



「裕也!?」


「大野! ごめん、今ちょっと急いでるから!」



 やけに焦った顔をして走ってくる裕也を見て、俺はもしやと思った。



「柚の家に行くのか?」


「なっ、んで……」


「いや、なんとなく」



 どうやら図星だったらしい。当てずっぽうで言ったんだが……。



「俺も柚の家行くところだったんだよ。ていうかお前、傘は!? びしょ濡れだぞ!」


「そんなの用意してる暇なくて……。それよりも、松永が……早く行かないと……」


「とりあえず落ち着け!」



 焦りすぎて正気を失っている様子の裕也の肩を掴み、傘をさしかけてから言い聞かせる。

 すると裕也は、ハッとした顔で俺を見つめた。



「落ち着いて、状況を話してくれ。……柚に、何があった?」



  俺の胸には、嫌な予感が渦巻いていた。

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