第36話 相合い傘と悩める少年

 俺は、少しでも気を抜くと頭が爆発しそうな思いで歩いていた。


 俺と松永は、今……俺の折り畳み傘に二人で入っている……!!


 い、いわゆる、あ、相合い傘……じゃないっ! 違うっ! そういう意味でこういう状況になったんじゃっ……!!

 折りたたみ傘というが、普通の傘より少しだけ小さいくらいでそんなにサイズは変わらない。だが二人で入るとさすがにきつい。二人の外側の肩が少し濡れる。


というのも俺達の間には触れ合わないだけの隙間があり、これを埋めたら濡れないんだろうけど、そんなこと出来るわけないだろ……!

 松永より背が高い俺が持っているので、出来るだけ松永の方に傘を傾ける。


 お互い無言の中、沈黙を破ったのは松永だ。



「それじゃとゆうちゃんが濡れてしまうじゃろ」



 そう言って、ぐっと身を近づけ俺達の隙間を埋めた。

 お互いの肩が当たり、俺は思わず心臓が飛び跳ね、サッと距離を取ってしまう。

 すると松永は、ムッと頬を膨らませて



「も〜、濡れてしまうけぇ。ほら、もっと入りんさい」


「お、俺は別にちょっと濡れたくらい……」


「これでゆうちゃん風邪引いたら、うち一生後悔する……」



 一生って……ううっ、そんな潤んだ目で見られたらこれ以上離れられないだろ。

 俺が「分かったよ……」と呟き、距離を縮めると松永は笑顔になった。


 

「なんじゃろう、雨の中で同じ傘入っとると世界に二人だけって感じがするね」


「ド定番のセリフだな。どうせそれ言いたかっただけだろ」


なしてなんでバレる」




 逆にバレないと思ったのか。

 ただ、雨の音が世界の音を遮ってて、松永の声はなんだかくぐもって聞こえるような気もしなくもない。まるで雨のカーテンが俺達を包んでいるような……ってポエマーか俺は。


 だめだ。これ以上考えないでおこう。頭がおかしくなりそうだ。

 すると、また肩がトンッと当たった。

 


「ゆうちゃんびくってなっとる。照れとるんじゃのぉ? かわい」


「……今のわざとだろ」


「さあ?」



 それからも、俺達はまるで磁石のように近づいたり離れたりしながら、松永の家まで送った。



「ありがとの。おかげで助かったよ」


「どういたしまして」



 じゃあね、と言いながら松永が家に入ったのを確認して、俺も家に向かうのだった。

 その体は、雨に濡れていても全然冷えなかった。


―――――


 ゆうちゃんに家まで送り届けてもらい、うちは家のドアを開けた。何かが心に引っかかったけど、正体がわからんかったけぇ深うは考えんかった。



 それよりも。

 えへへ、相合い傘してしもうた……。恥ずかしいの、バレとらんかなぁ。

 ゆうちゃんがちいと肩当たっただけでびくってなっとったのかわいかったなぁ。うちもなりそうやったけど……。


 靴をしまうとき、うちは違和感の正体に気付いた。



「家の鍵……開いとった……?」



 ドクン、と、心臓が嫌な鳴り方をする。さっきまで熱を持っとった体に一気に冷や汗が流れていく。

 鍵を閉め忘れた……。だけ……よね?

 ハッ、ハッ、と呼吸をあそうしながら、靴箱を開ける。


 靴箱に、あってほしゅうない――今日、あってはならん、靴があった。



「柚」



 背後から、冷たい声。聞きとうない声。聞き慣れた声。


 ――嫌な予感は、確信に変わった。



「なんで……今日……遅いって……」



 世界で一番、嫌な色の声。


 体を強張らしたうちは、めげた壊れたロボットのようにギギギと後ろを振り向く。

 声までもが強張って、出てこん。



「遅いって、誰のこと?」



 ストンと落ちた通学カバンの中。

 ちいと開いたチャックからちらりと見えたそれは、兎のストラップがついた折りたたみ傘じゃった。



「お母……様……」

 

―――――


「はぁ……」




 俺、大野樹は、雨でユースチームが休みのために校内に残りサーキットトレーニングに励んでいた。

 決してトレーニングがイヤなせいでため息をついているのではない。


 トレーニングをしているときに、窓から柚と裕也が一緒に帰っているのが見えてしまったのだ。それも、一つの傘に入って。


 俗に言う相合い傘というやつで、カップルがよくやるやつだ。

 二人が相合い傘で帰るということは……。


 ――もしかして、二人は付き合ってるのか?


 そんな、と声にならない声が口の中でひとりごとになって消える。

 そんなわけない。そんなこと、あるわけない。だってそれだったら、最初柚が裕也を紹介するとき「うちの彼氏」って言うはずだ。柚ならそうする。


 だけど……多分、柚は裕也のことが好きだ。そして、裕也も少し気になっている様子だ。

 はぁぁあああ……と先程より長いため息をつき、壁にもたれかかっていた俺はずるずると音を立ててしゃがみ込む。

 伸ばした肘を膝の上に置き、顔を伏せる。


 裕也を恨みたいわけじゃない。そんな小さなことはしない。だって、裕也は友達だ。


 ただ……ただ……柚が、こっちを見て笑ってくれたら、それでいいのに。

「樹」って呼んで、俺しか見れない表情を見せてほしいだけなのに。

 それならもう叶ってるはずなのに。俺の心にはずっと空虚感が渦巻いている。



「大丈夫?」



 突然、柔らかい声が降ってきた。

 顔を上げると、そこには確か、学級委員長の……



「私、森文。あんまり話したことないけど同じクラスの大野くんだよね?」


「うん。よろしく、森さん。あと、俺はちょっと落ち込んでただけだから大丈夫」


「いやそれ大丈夫って言わないと思うよ……よかったら、話聞こうか?」



 俺は少し考えたが、話をぼかしたら大丈夫だろうと思い悩みを打ち明けた。



「もし、好きな人が友達を好きだったら、どうする?」


「うーん……」



 あれ、結構軽い感じで聞いたのに、そんな真剣に考えてくれるのか。

 森さんは、たっぷり10秒考え、言った。



「私は気が弱いから、好きな人の恋を応援しちゃうかも。好きな人が幸せなら私も嬉しいし、付き合った相手が友達だと、最初は複雑かもしれないけど大切な二人が幸せでそのうち吹っ切れると思うし」


「そっかぁ……」


「でもね」



 なんか森さんの声色が真剣になった気がする。

 俺は今一度、森さんの目をハッキリと見た。赤いフレームのメガネの奥の澄んだ瞳がハッキリと見え、動けなくなった。



「好きな人には告白する。ちゃんとフラれて、その後は泣いて、次の日には背中を押せるように。そしたら、友達と付き合っても後悔しないから」



 ちゃんとフラれて、泣いて、背中を押す。

 森さんは、強いんだな。そう思っていると、森さんが俺の耳に口元を寄せ、内緒話をするように言った。



「松永さんなら、きっと真剣に考えてくれるし、飛鷹くんだってそれで縁を切ったりしないよ。だから大丈夫。頑張って」


「なっ、なんっ……えっ!?」



 俺が真っ赤になって慌てふためいていると、森さんはいたずらっぽく「ふふっ」と笑って去っていった。


△▼△▼



 色々な視点をミックスジュースしたら、文字数がすごいことになりました。

 長くなってすみません。

 ちなみに、森委員長の名前は「あや」ではなく「ふみ」です。わかりにくいですよね。

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