第28話 初のバイト④&バイト終わり
「ちょ、おま、ここカフェ……!」
いきなり松永に抱きつかれて俺は動揺した。
「いーのいーの! だってうちら、付き合ってるんだから!」
「いやさっきのはあいつらを追っ払うための
「じゃあいずれ付き合うってことで」
「お前なぁ……」
俺が呆れていると、タイミングよく店長が「ラテアートできたよー」と厨房から声をかけてきた。
「じゃあ、持ってくるから」
「ちぇ」
俺が厨房へ向かうと、遥乃ちゃんがカフェラテを渡してくれた。
なんでわざわざ遥乃ちゃんを……と思ったが、どうやら手が空いているのが遥乃ちゃんだけだったみたいだ。
「ありがとう」
「……」
遥乃ちゃんはなぜかムスッとした顔でスタスタと去っていった。
俺……なんかしちゃったか……?
そう思いカフェラテに目を落とすと、猫のラテアートが描かれた方のカップの横に一枚のメモが置いてあった。
『仕事中にお客様と親しく喋らないで下さい』
綺麗な字で書いてあった。多分遥乃ちゃんだろう。
た、確かに長く喋りすぎたかもしれない……。サボってるって思われたか?
俺はメモを回収してぽっけに入れると、後で遥乃ちゃんに謝ろうと思いながら松永の席へ向かう。
「カフェラテ、ラテアート付き二つになります。以上でご注文よろしいでしょうか」
「はい! ありがとうございます!」
「お前……素直に『ありがとう』って言えるのはいいことだが、店員にわざわざ言う必要は無いぞ?」
「そうなの? まあ、座って座って」
「おう――じゃねえわ、なんで店員が座るんだよ。俺仕事あるから」
ここで座ったら遥乃ちゃん一生口聞いてくれねえわ。ただでさえ怒ってんのに。
「ふふっ、ゆうちゃん、猫好きじゃね」
「まあ猫は、犬みたいにずっと『構って構って』ってやらねえからな。犬もかわいいけど」
「うわ、邪道だ」
「なんでだよ」
たまにいるけど。そういう人。きのこかたけのこどっちなのかハッキリしろやって奴。
「せっかくゆうちゃんと一緒に飲もうと思ったのに……」
「っ……で、でも、仕事があるから――」
目を潤ませる松永に一瞬怯んだが、なんとか目を逸らして断る。
「ちゃんと見て」
いつの間にか立ち上がっていた松永が、俺の顔を手で挟んで強制的に自分側に向けさせる。
今まで無いくらいに距離が近く、心臓が跳ねる。
その時だった。
「裕也さん、仕事に戻って下さい」
「は、遥乃ちゃん! ごめんっ」
後ろから突然遥乃ちゃんに声をかけられ、さっきとは違う意味で心臓が跳ねる。
松永はムッとしたが、渋々引き下がる。
――あ、そうだ。
「お前、ここ窓側の席だからカウンターとかに移動しろ。外から見られてさっきみたいにナンパされるかもだし」
「え? あ、ありがとう」
松永は少し照れたようにお礼を言う。
俺がカフェラテを運ぼうとすると、遥乃ちゃんが俺より先にカップを持って一番奥の席に持っていった。
やっぱり、怒ってるのか……。
―――――
数十分後。
バイトが終わり、着替えた後に松永の存在を思い出す。
あいつ、店出て行ったっけ?
分からなかったので松永の席に向かうと、予想だにしない光景が待ち受けていた。
思いふけるように離れた窓から遠くを見ていたのだ。
二つのカフェラテに、一切口を付けずに。
「おまっ、何してんだ!? もうとっくに冷めてるぞ!?」
「あ、ゆうちゃん! バイト終わったんじゃの。お疲れ様」
「お、おう……じゃなくて、入れ直してやるから早く貸せ――」
「やだ」
カップを取ろうとした俺の手を掴み、松永が俺を見上げる。
「バイト終わったんじゃろ? もう仕事無いなら、一緒に飲もう」
「いや、だったらなおさら入れ直して」
「いいの。ゆうちゃんを待っとって冷めたならきっと美味しいよ」
「はぁ……?」
訳が分からない。だけど俺は――
「ったく、しょうがねえなぁ。今日だけだぞ」
今日の自分へのご褒美も兼ねて、椅子に座って猫のラテアートが描かれたカップに手を付けたのだった。
松永は、嬉しそうに笑った。
その時飲んだカフェラテは温かくはなかったが、甘くて、何故か切ない味だった。
△▼△▼
最初、書いている時。
「ちょ、お前、こんなとこで」「いーじゃん」っていちゃいちゃしやがるカップルを想像した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます