第26話 初のバイト②
それはバイトの制服に着替えて一通りの説明を受けてホールに立ってたった数分後のことだ。
「えっ……とー……ご注文は以上で……よろし……」
「あの、ごめんだけど、聞こえないんですけど」
「す、すみませんっ!」
せ、接客業って……こんなにも過酷だったのか……!
つーかよくよく考えたら分かることだろ……! 万年陰キャぼっちのコミュ障が接客業なんてが接客業なんて出来るわけ無いことくらい!
「飛鷹くん。一旦下がって貰って大丈夫だよ」
「すっ、すみません店長……!!」
「謝らなくていいよ。未経験者なんだからしょうがない」
「店長、新人さん?」
「今日が初バイトのバリバリ新人くんだよ」
「へー! 初々しくてかーわいいー」
少し軽そうなお姉さんは、どうやらここの常連さんらしい。
俺のことをうりうりと肘でつついてからかってくる。正直、陰キャには信じがたい距離感である。
「そうだ飛鷹くん。君、料理は出来るんだっけ? 遥乃ちゃんから聞いたよ」
「まあ、人並みには……」
「君は謙遜しがちだねえ。もっと自分に自信をもっていいんだよ?」
遥乃ちゃん。俺の話を盛りすぎじゃないか?
「い、いや、ほんとに人並み程度なので……」
「まあ、ここのカフェの調理は軽食中心だから人並みで十分だ。飛鷹くんにはこれから盛り付けとソフトドリンクをお願い」
「はい、分かりました」
ここはコーヒーや紅茶を楽しむお店なので、サイフォンやティーポットで店長がしっかりと淹れている。
簡単なソフトドリンクは氷を入れて注ぐだけなので俺でも出来る。手が空いたらカップや皿洗いってことになるらしい。
よかった……厨房にいればもう接客しなくていいぞ。
そうして厨房に戻ると、遥乃ちゃんがいた。
「あ、飛鷹さん!」
「よう、遥乃ちゃん。接客業って大変なんだな……」
「ふふ、そうですね」
からんからん。
店の扉のベルが鳴る。新しい客が入ってきたようだ。
俺は、客を見て固まった。
松永だったのだ。
―――――
「……よう松永、マジで来たのか」
「そっちが誘ってきたのに、何その言い方」
「いや、マジで来るとは思ってなかったから……」
俺が動揺したのはそれだけではない。
私服姿の松永を初めてみたからだ。
白いTシャツの上に茶色のカーディガン、プリーツスカートを履いていて、茶色の肩掛けバッグを身に着けていた。
「なにそれ。ゆうちゃん変なのー」
「う、うっせ」
思わず目を逸らしてしまう。シンプルに、かわいいと思ってしまった。
顔が良いせいだ、きっと。そうに違いない。
なんだか変な空気になっていたその時。
「……どちら様ですか」
後ろから、遥乃ちゃんが声を掛けてきた。
「ああ、この前言ってた俺の眠りを邪魔するやつだ」
「その紹介のされ方嫌なんじゃけど!?」
「だって実際そうだろ」
「ゆうちゃんひどっ!? 全く……。初めまして、ゆうちゃんの幼なじみの松永柚じゃ」
「待てお前と幼なじみになった記憶はない。捏造記憶だ」
「今日からってことで」
「あほか」
俺たちのやり取りの間、遥乃ちゃんはずっと黙っていたが、口を開いた
「そうですか。あなたが……ふうん……」
そう言って何故か冷たい目つきで松永を観察する。
「美少女とは聞いていましたが……顔だけですね」
「んなっ……!」
「遥乃ちゃん!? どうしたんだ!?」
こんなマウントを取るタイプでは無かったはずだが!?
「ああ、言い忘れてました。私は白羽遥乃、高一です。裕也さんとは、仲良くさせてもらってます」
「……へえ」
遥乃ちゃんが自己紹介すると、松永の目つきも鋭くなった。
そして、にっこりと笑顔を浮かべ、右手を差し出す。
「よろしく、ただのバイト先の知り合いの白羽さん」
「こちらこそ宜しくお願いします。ただの転校生の松永さん。まあ、裕也さんとはバイト先だけではなくプライベートでも親しくさせていただいていますが」
「遥乃ちゃん? なんか語弊あると思うよ?」
陽茉梨の友達ってってことだよね?
「ほら、ゆうちゃんも否定しとるよ? 貴女のただの妄想じゃないの?」
「お前はお前で勘違いしてんな」
「ほら、あなたの大好きな裕也さんが否定してますよ? その言葉、そっくりそのままお返しします」
「くっ……ゆうちゃん! どういう関係!?」
「メンヘラ彼女かよ。ただの陽茉梨の友達だ」
「陽茉梨……?」
「ああ、話してなかったな。陽茉梨は――」
「裕也さんの妹で、私の親友です! そんなことも知らないんですか?」
頼むから俺の言い分も聞いてくれないか?
ここだけブリザードなんだが?
「あんたの親友っていうなぁ知らんで当然じゃろ。それにしても、妹の親友っていうだけでぶち意地張るね。もしかして――」
松永がなにか言いかけたその時。
「はいはい君たち、今はバイト中ってこと忘れないでね〜」
後ろから、もっと冷たい声がする。
恐る恐る振り向いてみると――
「それに、店の入り口付近でお客さんと大きな声で立ち話なんて――流石に見過ごせないなぁ?」
笑顔で有無を言わせぬ圧の店長が立っていた。
「「す、すみませんでしたぁっ!!」」
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