第19話 女心はわからん
「『Shimotsuki』か。教えてくれてありがとう」
俺はササッとメモし、立ち上がる。
「じゃあ後は、二人で仲良く遊んどいて――」
「だ、だめですっ」
珍しく、彼女らしからぬ焦った声を出して、俺のズボンの裾を掴んでくる遥乃ちゃん。
「いや、男の俺がいても面白くないだろ……」
「ち……違います……その……」
「ドラァ!」
「うぉい!?」
陽茉梨が急に膝カックン。俺は崩れ落ちた。
「乙女心を分かったれクソ兄貴!」
「ちょっ、ちょっと陽茉梨ちゃん……っ!」
「いい!? 遥乃はあんたと遊びたいの! 陰キャで友達がいないから可哀想だなって思ってるんだよ! その優しさを無碍にしない!」
「いや遥乃ちゃんはそんな風に人をディスる子じゃねえだろ!? もっと清楚でかわいくて、陽茉梨とは正反た――なんでもございません」
お、恐ろしいほどの殺意を感じ取った俺。
俺は床に座り直した。
すると、遥乃ちゃんがぷるぷる震えて顔を真っ赤にして言った。
「か……かわいっ……!?」
「? ああ、遥乃ちゃんは実際かわいいし。清楚で礼儀正しくて、すごくいい子だよな」
「せ……清楚……!? ちょっと裕也さん、褒め過ぎです……!」
顔を手で覆ってもじもじする遥乃ちゃん。トイレに行きたいのだろうか。
「あいつとは何もかもちげえよ……」
「あいつ?」
「そ。なんか最近転校してきた女がさ俺の睡眠を邪魔してくるんだよ」
「裕也さん、眠るの好きですもんね……!」
「だから屈辱でしょうがなかったんだけど、最近仲直り? したんだよ。高校生で仲直りとか恥ずいけど……」
「そう……なんですか……」
「あいつ、胸は小せえけど普通に美少女で腹立つんだよなー。俺男子にめちゃめちゃ妬まれてるし……はぁ、散々だよ。」
「……」
「……っ! お、おにい! バカッ、ばっかじゃないの!? 真っ昼間から胸の話とかほんとさいてー! 遥乃の気持ち考えてよ!」
「そ、そうなのか!? すまんッ!」
俺は渾身の土下座。
遥乃ちゃんは「い、いや……えっと……」と少し引いている様子。悲しい。
「ほんとごめん、うちのバカが」
「い、いやいいよ! 大丈夫。あ、あの、話を戻すんですけど、本当に私と同じところでバイトしてくれるんですか……?」
「ああ、もちろんだ」
ぱぁぁ……! と顔を輝かせる遥乃ちゃん。
すると、陽茉梨が「はぁー」とため息をついて、覚悟した顔でニヤッと笑って言った。
「そんなこと言われたら、私もバイト始めるしか無いじゃん!!」
「えっ」
「私だけ遊んでるなんて、そんな後ろめたさ感じながら遊びたくないし、それに――」
そこで一度言い淀み、照れ顔で言った。
「私も、“家族”なんだから……」
「陽茉梨……」
ったく、こういうとこが、かわいらしいんだよなぁ。あ、変な意味は無いぞ。あくまで家族としてって意味だからな。
「じゃあ、どっちが一番働けるか勝負な」
「ふんっ、上等よ。かかってきなさい?」
「えっ、えっと……」
「言ったな?」
「あの〜……」
「女に二言はない。今の時代、男女平等なんだから」
「あのっ!」
ハッ。つい遥乃ちゃんの存在を忘れていた……!
「ご、ごめん。つい話が逸れたな。逸らした張本人が言うのもなんだが、バイト先についてもうちょっと詳しく教えてくれないか?」
「はい、えっとですね――」
遥乃ちゃんの話をまとめると、
・店長(男性)がよく笑う人で楽しい。誰にでも平等に接してくれる。でも、お客さんのために頑張りすぎて毎日クマが出来ている
・細やか心遣いでその時期の花で飾り付けたりと四季を感じることができる
・店内が和やかな雰囲気でいつまでもそこで過ごしたくなる
・全てのメニュー(特にふわふわパンケーキ、少しほろ苦いコーヒーなど)が美味しい
と、中々の高評価。
俺は、明日の日曜日面接に行くことを決めた。
♡♡♡♡♡
「ほ、本日はっ、お日柄もよく……」
「そんな堅くならなくて大丈夫だよ〜。うんうん、律儀で真面目そうで、遥乃ちゃんと同じ優しい雰囲気。採用!」
「えっ!? まだ何も」
「人手不足なんだよ……」
「あっ……何も聞かなかったことにしますね!」
「助かるよ」
遥乃ちゃんの言う通り、店長はこのようにとても気さくな方だった。
お店の裏が見えた気がしたけど……こんなにいい感じの店なのに。
こうして、俺はバイトを始めるのだった。
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