第18話 俺氏、バイトを始めようと思う

「はぁ……今週も散々だったな……」



 俺はため息をついて、リビングの床に寝転がった。

 今日は土曜。久々にゆっくり出来そうだ。

 カーペットに大の字に寝転がり、天井を見つめる。



「あー……」



 今、一番無駄な時間を送っている気がする。

 いや、あるだろ? 何も考えずに天井を見つめること。……あるよな?

 こういう何も考えない空白の時間、俺は結構好きなんだよ。


 ピコン!

 RAINの通知音が俺の平穏を妨げる。



「なんだ……? ――げっ」



 俺はスマホを開くなり、苦虫を噛み潰したような顔をする。というかしていたと思う。



『今日遊べる?』



 送ってきたのはもちろん――というのもおかしいが――予想通り松永だった。

 はぁー……ゆっくりしようと思ったのに……。

 俺はゴロンとうつ伏せになり、仕方なく返事を――



「ってぇ! なんで俺は受け入れる前提なんだよッ!!」


 

 でも……この前の「つんのこ!」とか……っ……か、かわいかった、よな……。



「『いいぞ』ねぇ〜……。あの約束、忘れたのかな? お・に・い?」


「うぉい!? 陽茉梨、急に話しかけてくんなよ……」



 いつの間にか洗濯かごを持った陽茉梨が後ろからスマホを覗き込んでいた。



「だっておにいが一人でニヤニヤしてたから……」


「は……はぁっ!? ば、ばっかじゃねえの!?」



 いや、内心ちょっと嬉しかった……けど……。



「お、お前の見間違いだ!」


「はいはーい。分かりましたよーだ」



 そう言って俺の背中をしっかり踏んでいく陽茉梨。



「ぐぼはぁ!!」


「今日の約束忘れたおにいにはこれくらいの罰は与えないとね〜」


「や……やくっ、ゴホッ、そく……?」


「うわ、完全に忘れてんの? さいてー。おりゃっ」


「踵落としぃぃいい!!」



 妹に踵落とし(背中に)を貰いながら考える。陽茉梨と約束なんかしたか? 

 えーっと……――ああ! あれか!



「今日は遥乃ちゃんが来るんだったな」


「そうだよ。ホンットさいてー」


「ごめんって……」


 

 今日は陽茉梨の親友、しらはねはるちゃんがうちに遊びに来るのだ。

 透き通るような銀髪の長い髪に、整った顔立ち。一見クールそうに見えて、結構照れ屋さんだ。

 


「とにかく、お昼ご飯が済んだら来るから。ちゃんと寝癖とか直しといてよ」


「へいへい」


「……」


「畏まりましたぁっ!!」



 妹の無言の圧は強いんだよ。


♡♡♡♡♡


 昼。


 ピンポーン。



「あっ来た!!」



 陽茉梨が嬉しそうな表情になる。スキップして玄関に向かう背中を見ていると、こんな普通のことをこれほど喜ぶ妹のことが俺はなんだか悲しくなってきた。


 そうだよな……俺の家庭は特殊過ぎて、俺も陽茉梨も帰宅部で、めちゃめちゃ節約して頑張って……。

 陽茉梨はまだ高一なのに、こんな苦労させてると思うと申し訳ない。

 友達付き合いも、なかなか出来ないから今凄く嬉しいんだろうな。



「……よし」



 医師になるために勉強してきたが、やはり今という時間も大切。


 自由に使えるお金を手に入れるためバイトを始めよう。


 そう言えば、遥乃ちゃんがカフェでバイトしてるって言ってたような言ってなかったような。知り合いがいると働きやすいし、ちょうどいいタイミングだ。バイト先を聞いてみよう。



「お……お邪魔します……」


「おう、入って入って」


 

 礼儀正しく、ぺこりと頭を下げる遥乃ちゃん。

 そこまで律儀じゃなくてもいいんだけどなぁ。結構家に来てるんだし。


 それにしても……やっぱでかいな。何がとは言わないが、何回見てもでかい。



「おにい! どこ見てんの!? 出てけ!」


「な、何も見てねえよっ!」


「あ、あはは……私は別に大丈夫ですので……」


「「もうちょい警戒心もって!?」」


「仲良しですねぇ」


 

 遥乃ちゃんは、たまに天然である。いつものほほんとしていて、癒やしキャラだ。

 っと、そうだそうだ。



「遥乃ちゃんって、どこでバイトしてんの?」


「へっ!? え、えっと、それはどういう意味で……」


「おにいストーカーになるつもり!? ほんっとさいてー!!」



 なぜか顔を赤く染める遥乃ちゃんと、激怒する陽茉梨。



「? ただ俺はバイトをしようと思って……」


「はーーーー!? バイト先で遥乃とお近づきになろうって!? さいてー!」


「ち、ちげえよ! そ、その……」


 

 出来れば言いたくなかったが、陽茉梨の怒りを沈めるためなら仕方ない。



「……バイトで稼いで、陽茉梨にもっと楽をさせてやりたかったんだよ……ったく、恥ずかしいこと言わせんなよな……」


「え……」



 これには陽茉梨も驚いたようで、言葉を失った。

 次の瞬間、かぁっと赤くなる顔を隠すように、そっぽを向く。



「し、シスコンとかキモすぎだし!」


「ふふっ、相変わらず優しいんですね、裕也さんは」


「優しいかどうかは知らねえけど。高一なのに青春出来ないのは可哀想じゃねえか。もうちょい早く始めればよかったな、ごめん」


「別におにいが悪いわけじゃないじゃん……」


「え?」


「なんでもないっ!」



 なんて言ったんだ? まあいいか。



「で、カフェの名前教えてくれるか?」


「は、はい。えっとお店の名前は『Shimotsuki』って言います。店長の小鳥遊たかなしさんが11月生まれだから……白を基調とした清楚感のあるお店で、11月はサービスしてくれます。あとアルバイトはいつでも募集中です」


「お、おお……」



 ふんすふんすと息を荒くして語る遥乃ちゃん。よっぽどそのお店が好きなんだろう。

 ちなみにレビューを調べてみると4.6。これは働くしか無いと決意した俺であった。

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