第11話 この感情を抑える方法を教えてくれ

「あいつがいないと寂しいな……」



 って、何言ってんだ俺!? 寂しいわけねえだろ! 消えてほしいと願ってたのに!!



「こ、こほん。今のは無しだ、うん」



 一体誰に向かって喋っているのだろうか? それは俺にもわからない。コメ欄でも聞くなよ。


 絵の話題に戻る。

 俺は基本的にスケッチ風景の素描ではHBの鉛筆を使っている。まあ、4Bとか2Bも使うが。

 濃すぎると消すときに絵が汚くなっちまうから、基本は薄いHBを使うのだ。

 それにしても、綺麗な風景だ。描きがいがある。

 しばらくして、絵が完成した。



「……本当、綺麗だな……」



 この世がこの風景みたいに綺麗じゃないって知ったのは、6歳の時だった。

 俺は5歳までの記憶がない。普通は脳の発達で3歳までの記憶があいまいなものらしいのだが、まあ二年くらいずれることもあるんだろう。

 この生まれ育った東京の小学校に入学するや否や、親は俺と陽茉梨の存在から目を背けるかのように世界へ旅立った。

 迷惑なんだよな? 知ってるよ。本来は演奏や賞レースに挑むための時間を、生んじまった俺たちにかけなきゃダメだったんだからさ。

 音楽が何よりも大切なんだよな。


 ――自分の子供よりも。



「くっ……はは……」



 生まれてから数え切れないほど、この寂しさは襲ってきた。もう涙なんて出ないんだ。

 出ないんだよ。



「っ……ひぐっ……う゛ぅ……!」



 なん、で。

 なんで、涙出てくんだよ。なんで、なんで。


 なんであいつ松永の顔がちらつくんだよっ……!!

 

 ああ、せっかく描いたのに。結構綺麗に描けたのに……。涙で、汚れた……。

 だけど俺は、その絵こそがこの世間だと思った。

 涙で滲んで、黒く、暗くなったこの絵が。



「っ……!」



 今泣いても何も変わらない。

 そうだ、俺には何も変えられない。

 有名なアニメのキャラがこんなことを言った。


『何も捨てることが出来ない人には、何も変えることは出来ない』


 全くもってその通りだ。

 俺は、承認欲求を、親からの愛が欲しいという気持ちを、捨てきれなかった。

 頭では理解しているのに、心が追いつかないんだ。



「俺が死んだら、母さんと親父は、もっと楽になれるのか……?」



 誰か、教えてくれ。永遠に答えが出ることのない、この問いの答えを。

 勉強が得意な俺でも解けない、この問いを解いてくれ。

 でも、陽茉梨は? 陽茉梨は、独りぼっちになるのか。

 俺だけ死んで、楽になるのは違う。俺の生きがいは、陽茉梨に不自由ない暮らしをさせてやることなんだから――



「ゆうちゃんが死ぬなら、うちも死ぬ」


「っ……!? おまっ……いつから」



 いつの間にか背後に松永が立っていた。



「ゆうちゃんの親は昔からそうじゃった。愛しとらんかった、ゆうちゃんのこと」


「……やめろ」



 違う、違う、違う……。

 呼吸が荒くなる。動悸が激しくなる。



「ゆうちゃんがこがいな辛い思いしとるのに」


「やめろ」


「あの親はずっと自分の好きなことばっか優先しとる!!」


「やめてくれ」



 違う、親父と母さんは悪くない。俺が、俺が生まれてきたのが悪いんだ。

 それを言いたいのに、喉につっかえて言えない。


 ――心のどこかで、松永の話を肯定してる自分がいる。



「じゃけぇうちゃあの時誓うたんじゃ。ゆうちゃんを幸せにするって。あの毒親の代わりに!!」


「やめろ!!!」



 俺は、また泣いていることに気づいた。同時に、汗も大量に出ていることに。

 


「親父と母さんは悪くない……。悪くないんだ……俺がこの世に生まれてきたのが間違いで……だから……俺には不幸になる義務が」



 パァン!!!!!


 痛い。

 その感覚が襲ってきたのは、数秒後のことだった。

 思わず、左の頬をさすった。



「なんで全部一人で抱え込もうとするの!? 賢いゆうちゃんなら知っとるじゃろ? 人権って言葉。みんな平等に、幸せになる権利があるんじゃ!」


「俺には無い! 生まれてきた瞬間から人に迷惑かける害悪なんだよ!!」


「そんなことない!! 私はゆうちゃんが生まれてきてくれたから救われた!!」


「お前に俺の何が分かるって言うんだよ! 俺の何を知ってるっていうんだよ! 一昨日会ったばっかのくせに! いつまでもこそこそ尾けてきやがって!!」



 俺は激情が抑えられなくて、つい口走ってしまった。



「このストーカー女!!」



 その時、松永の瞳から光が消えた。


△▼△▼


 柚を深く傷つけてしまった裕也。どうするんでしょう。


 毎朝6:13更新です。

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