第12話 仲直り

「そ……そっか……」



 光が消えたその瞳を見て、ようやく言い過ぎたと気づいた。いやでも、本音だし……。



「ストーカー女……かぁ……そう捉えられても……」



 目にみるみる涙を溜めていく松永。俺は言葉を失った。

 ――本当に、本音なのか?

 心の中の自分が、問いかけてくる。



「仕方ないよねぇ……っ!」


「おい、待て!」



 パタパタと去っていく松永。

 俺は、追いかけることが出来ず、その場に取り残されてしまった。


♡♡♡♡♡


 美術が終わり、教室に戻る。


 ……気まずい。


 隣の席だということを強く恨む。今までよりも強く。

 はぁー……マジでどうする。

 俺は松永を泣かしてしまった。弁当の時は嘘泣きだったが、今回は深く傷ついた時に出る涙だ。つまりガチ泣き。


 やばい。

 このままじゃ男子たちに殺される――


 その気持ちに気づいた瞬間、俺は思わず自嘲気味に笑った。

 俺、最低だな。いつまでも保身ばっか気にして……。松永の気持ちを尊重するべきとこだろうが。


 謝らないといけないこと……だよな? でも……。

 でも――なんだ? 何を言おうとしてたんだ?

 

 そんなことを悶々と考えていると、放課後になっていた。


 はぁ……俺はどうしたらいいんだ。

 松永が一切話しかけてこなかったおかげで男子たちから殺意は向けられなかった。

 なのに、なんでこんなもやもやしてるんだ?


 あ……ここ、松永の家の前じゃねえか。いつの間にか家に向かって歩いていた。

 そう言えば前もここで……。

 俺はなんか虚しくなって、目を逸らした。



「……帰るか」


「待って!」



 え、と思って後ろを振り向く。

 そこには――松永がいた。


 はぁ、はぁ、と息を切らし、頬が上気している。

 そんなに必死に、俺のことを追いかけてきたのか?



「……あ、あの」


「お前は、なんで俺にそこまで執着するんだ?」



 俺は、松永の言葉を遮って聞いた。

 また傷つけてしまうかもしれない。だけど、これだけはハッキリしておかないとダメな気がする。



「……やっぱり覚えとらんか」


「え?」


 

 俯いて、何かを呟く松永。



「なんでもない。それより、うちの話を聞いて」


「お、おう……」



 キッと上げた顔はとても真剣で、俺は黙って話を聞くことにした。



「まず、ゆうちゃんはそがいにうちが鬱陶しかった?」


「……いや、まあ」


「はっきり言うて」


「……鬱陶しいっつうか、お前、その、あれだから、男子に殺されそうで……その……」


「迷惑じゃった、と?」


「そこまではいかねえけど」


「本当?」


「本当だ」



 自分でもびっくりするくらいの即答だった。

 あれ? もしかして俺、松永のこと、そんな迷惑だと思ってねえのか?

 自分の気持ちがよく分からん。


 俺が頭に「?」を浮かべていると、松永が声もなく泣き始めた。

 透き通った奇麗な涙が、人形のように白い肌を伝う。



「ちょっ……!?」


「よ……よかったぁ……! うち……ゆうちゃんに……嫌われたんじゃ思うて……っ!」



 子供みたいに、わんわん泣く松永。だけど、その顔は嬉しそうだ。



「うち……ゆうちゃんに嫌われたら……どうしたらええんか分からんくてっ」


「うん」


「じゃけぇ……じゃけぇ、うちっ……!」



 ……こんなに、不安にさせてたのか。

 俺は罪悪感と焦燥感から、思わずその華奢な体を抱きしめた。


 驚いた松永の涙と声が止まる。



「ごめん。ストーカー女は言い過ぎた。俺……陰キャだから、陽キャでぐいぐい来るお前にどう接したらいいか分からなくて」



 松永は静かに頷く。



「これからも傷つけるかもだけど……いいか?」


「うん、ツンデレってことじゃろ? かわいくてええじゃん」


「ばっ……!? ツンデレじゃねえし!」


「嘘つけー。って、待って?」

 


 松永は上目遣いでからかってきたあと、何かに気づいた表情に変わり、かぁぁー……と顔が赤くなっていく。



「? どうした?」


「ば……ばかっ!」



 急に俺の胸をぽかぽか叩き始めた松永。全く痛くない。

 さっきまであんなに泣いてたのに、喜怒哀楽激しすぎんだろ!?



「『これからも』って何!? ゆうちゃんは乙女心をもてあそぶばかやろーじゃっ!!」


「はぁ?」



 どういうことだ?

 いやそれにしても……なんだその上目遣いは。おい。好意のある奴にしかしちゃダメだ。好意のないやつを落として何が楽しい。


 ……いや待てよ? 今までの行動を踏まえて考えると……松永は俺を好きなんじゃないか?

 いやいや流石にそれはない。でも、だとしたら今までの行動はなんだ? 思わせぶりなのか?

 俺がうーんと考えていると、松永は家に帰っていった。



「まあいいや、帰るか」



 そうやって歩き出す。

 今日の晩飯はなんだろう。毎日これが楽しみなんだよなぁ。

 五目焼きそばか? 餃子か? いやいやパスタとか。うーん、どれも美味しそうだ。

 まあ、陽茉梨が作るのは全部美味しいんだけどな(シスコン)


 すると、背中をトントンと叩かれた。

 なんだ? と思い、振り返ると、その右の頬に指がささる。



「つんのこ!」


「……鬼滅?」


「ようわかったね!?」


 

 白魚のような指を俺の頬にさしていたのは、もちろん(?)松永。

 その行為に少しドキッとしてしまった。でも、これは普通にかわいい――くはないけどぉ!?(必死の弁明)

 


「RAIN交換して!」


「我儘過ぎだろ……お前……」



 てか了承するまで帰さないだろ、お前。

 そう分かり切っている俺は、渋々RAINを交換するのだった。



「ありがとっ! ばいばーい!」


「おう……」



 ……てか、さっき音もなく後ろにいたな……。

 その後、俺は何度も後ろを振り返る不審者と化して家路に着くのだった。



















「急に転校してきたくしぇに、裕也くんの隣ば奪うてから……」


△▼△▼


 そろそろ皆様、ヒロインの名前忘れたんじゃないかな? と思ったので一応言います。

 松永 柚です。

 つんのこ! は19巻の表紙の裏にあります。知る人ぞ知るセリフ。


 毎朝6:13公開です。

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