第8話 黒(何がとは言わない)
「おわあああああっっっ!!!??」
「ゆうちゃん頑張れ~」
「何気楽に応援してんだ――よッ!」
パイプに足をかけたのはいいものの……動けん。このまま滑り降りたら手が摩擦で死ぬ。
だがそろそろ手の力が限界だ。今も落ちかけた。
「ほら、早う降りにゃあ
「分かってるわ!!」
今集中してんだよ黙っとけ!
「普通に降りたらええんじゃ~」
「普通って! それが出来たら苦労しねえっつーの!」
いや、降り方はもちろん分かっている。右手を離して、下に持って行って、次に左手を離して、下に持って行って、って交互にやればいいんだろ?
分かってても出来ないんだよこの野郎!
だが……このまま掴まっていてもあいつらに殺られるか落ちるかだ……!
やれ、俺! 勇気を出すんだ!
今までありがとう、母ちゃん、親父、陽茉莉……!
「おりゃああああああ!!!!!」
やっぱり手を離すことは出来ない。摩擦なんかクソ喰らえ!
そう思って勇気を出して力を緩める俺。ずるっと手の平が滑る。
ズルッズルルルルルルルゥゥゥ……
地面まであと少し……
最後はスタっと地面に着地。
俺……よく頑張った!
今、この瞬間! 写真を撮っていて欲しかったくらいかっこよかった!
俺が感動していると、上から「ぷっ」と誰かが吹き出した。
見上げると――
「あっははははは!! シュール過ぎるじゃろ! ズルズルズル……ストン。って!! しかも謎にドヤ顔しとるし!」
「うるせえ! 俺は今100パーセント勇気を出したんだ!」
「はいはいわかったわかった!」
絶対分かってねえなこいつ……と思っていると、ひとしきり笑い終えた松永が降りてくる。
こいつ猿か? と思うくらいに素早い。スルスルッと手を入れ替えながら当たり前のように降りてくる。
まあ、いくら素早くても最後は地味に着地だよな――
「よっ」
「っ……!?」
まさかの飛び降り。怪我しないギリギリを狙った高さ。着地に失敗したら骨折だ。
ただ、俺が引き付けられたのはそこじゃない。
落ちる時の空気抵抗で、スカートがめくれる。
……黒だった。
いや何がとは言わないが黒だった。
しかし松永はそんなことも気にせずに着地し、パンパンとスカートを払った。
「あ、もう昼休み終わるね。教室戻ろか」
「……黒」
「へっ?」
気づいたら声に出していた。俺は慌てて口を抑えたが、時すでに遅し。
松永の顔がみるみる赤くなっていき――ようやく口にした言葉は。
「あっははははは!! これスパッツじゃ!」
♡♡♡♡♡
「もーほんまアホじゃのぉ。こんなか弱い乙女がスパッツ履いとらんわけないじゃろ?」
「~~……」
「もうほんと、面白すぎ!」
「っ…… 」
「はぁー、ふふふっ……! お腹痛いよ。そんな女子に飢えとったの? ゆうちゃんも男じゃのぉ。ハッ! これがむっつりスケベってやつか!」
「変なとこに気づかんでいい! というか俺はそんな変態じゃねえ!」
失礼なやつだ。
でも、さっきから動きがぎこちないような……? 腹でも痛いのか?
と俺が思っていると、教室に着いた。
ガラガラガラ……ピシャリ。
すると、案の定俺に殺意が向けられる。
……直後、ブーイングを受けたのは言うまでもない。
俺が罵詈雑言を聞かないために耳を塞いでいたから、松永が小声でこう言ったのを知らなかった。
「ほんまはスパッツやなくてパンツじゃったんやけど……上手う誤魔化せたみたいじゃのぉ」
△▼△▼
毎朝6:13更新です。
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