第7話 「窓から降りたら?」

「ゆうちゃん?」

 


 その声で、ぼぅっとしていた意識がはっきりする。

 どんくらい見惚れてたんだ……って、別に見惚れてなんかねえし!?

 


「い、いや、なんでもねえよ」


「? まあええや」


 

 俺は恥ずかしさ? を紛らわすためにガツガツと弁当を食い、「ごちそーさん!」と言って鍵を開けて教室の扉を開けた。


 ――のが間違いだった。



「容疑者が出てきたぞー!」


「容疑なんてもんじゃねえ! もうとっくに真っ黒だっつーの!」


「てことは犯罪者だな!」



 ピシャリ。カチャッ

 男子たちがなだれ込んで来る前に、マッハで扉を閉め鍵をかける。


 ……詰んだ?


 え、普通にやばくね? 普通に出られなくね? 仮に出られたとしてその時が俺の最期じゃね?



「ゆーうーちゃんっ」


「あのな、ずっと思ってたんだが、『ゆうちゃん』ってなんだよ」


「ゆうちゃんはゆうちゃんじゃろ?」


「国語勉強しようぜ?」



 こいつ絶対頭悪いな……。夏休みとか補習で全潰れのパティーンだ。乙。



「て・こ・と・は! 今日の放課後はゆうちゃんと勉強ってこと!?」


「国語勉強しようぜ?」


「て・こ・と・は!」


「やめろやめろ」



 やばいこれループするわ。



「見ろ! 松永さんと親しげに話してやがる!」


「クソオオオオオッッッ!」



 いちいち廊下にいる外野がうるせえんだよ!



「いや、そんな話をしてる場合じゃねえ。どうやってここから出るんだ?」


「え、出れんの? ……ああ〜……」


「開けんなよ? 絶対開けんなよ? 俺が死ぬ」


「じゃあやめとく。……てかさ、これってさっ」


「?」



俺より頭一つ分ちっちゃい松永は、背伸びをして俺に囁いてきた。



「二人っきり、やな」



 俺は死んだ。















 




 って! 死んでる場合じゃねえ!?

 てか女に囁かれただけで死ぬとか脆すぎんだよ俺の心臓!

 いや別にこいつにドキッとしたとかそういうのじゃなくてだな!? 悪魔の囁きみたいで恐怖を感じただけだからな!? 断じてそういう意味ではないからな!?



「ま、松永。そういう話はいいから。どうやってここから出るかを考えようぜ?」


「えーっ、このままでええよぉ」


「よくねえ!」



 俺の心臓がもたん! ……断じてそういう意味ではない!



「じゃあ窓から降りたら?」


「………………………………………………………?」



 脳がフリーズした。

 そして、長い長ーい時間をかけ、ようやく理解した俺は――



「はああああああああああああああああああっっっっっ!?」



 思いっきり叫んだのだった。


♡♡♡♡♡


「最近ちいと暑うなってきたよな」


「そうだな」


「夏が近づいてるのぉ」


「そうだな」


「もー、さっきから『そうだな』しか言うとらんね!」


「……そりゃ……」



 俺は改めて下を見て、死の恐怖に竦んだ。



「三階の外に付いてる室外機の上だからな」



 平常心でいられるやつがいるか。いや、隣にいるか。

 どうして俺がこんな目にあっているのだろうか。俺は何も悪いことをしていないのに。

 俺はさっきのやり取りを思い出す。



『はああああああああああああああああああっっっっっ!?』


『ゆうちゃん、そがいにおらんだら叫んだら耳痛うなる』


『いやいやいや……叫びたくもなるだろ! ここ三階だぞ!? 正気かよ!?』


『正気じゃ? パイプが上手いこと設置されとるけぇ、アスレチックみたいなものじゃ』


『命綱の無い?』


『当たり前じゃ』


『……スゥ−ッ……なあ頼む、やっぱ普通にドアから――』


『じゃあ行くけぇ!』


『ちょっと待てぇぇえ!!』


 

 俺はあの時ほど、本当に腕力を鍛えておけばよかったと後悔したことはなかった。

 そして無理やり室外機の上に乗せられている。

 母ちゃん、親父、今までありがとう……。短い人生だったが、楽しかったよ……。



「ほら、手も繋いどるししゃーなー大丈夫って!」


「大丈夫だよな! うん!」



 諦めよう。もう全てがどうでもいいわ。



「あ、ごめんゆうちゃん、手繋いどったら降りられんけぇ離すよ」


「あああああ俺の命綱ぁぁあ」


「だいじょぶだいじょぶ! ほらゆうちゃん! 先に降りて男見して!」


「待て、旧校舎のパイプなんか、いつ折れるか分かんねえぞ!?」


「だいじょぶだいじょぶ!」



 最悪死ぬぞ!? 俺!?



「スゥー……もうどうなってもいいか!」


「その意気じゃ!」


 

 俺は目を閉じた。ああ、死んだじっちゃんが見える……。

 俺はゆっくりと目を開け――足を踏み出した。


△▼△▼


 毎朝6:13更新です。

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