第2話 俺の絶対領域を簡単に踏み壊してくる女

「おい……」


「ゆうちゃんだと?俺らの松永さんを……」



 いつお前らのものだと決まったんだ……数分前に出会ったばっかだろ……。

 そして俺は思った――これはラッキースケベのようでラッキースケベじゃない……


 ラッキースケベもどきだこの野郎!


 くそっ、せっかくならたわわな果実に挟まれたかったっ……!!

 っと、自分の性癖は置いといて、俺は普通なら触るとセクハラになる箇所(ただし松永の場合はまな板)を押して、無理やり引き剥がした。



「あのな、松永。お前は俺を誰かと間違えてるようだ。とりあえず席に座れ。あとゆうちゃん呼びやめろ。色々と気まずいんだ」


「え……」



 俺がそう告げると、松永は顔を曇らせた。

 それに呼応するように、男子たちが俺を一斉に非難する。



「お前! せっかくの松永さんの優しさを無碍にするだと!?」


「邪神だ邪神!」


「ギィィルティィィィィイ!!!」



 誰が有罪じゃ!

 と心のなかでツッコんでいると、松永は大人しく隣の席に座っていた。

 きっと人違いと気づいたんだな。よかったよかった。これで気まずくて話しかけられないはず。さあ、今日もゆっくりと睡眠を――

 そう思い、顔を伏せようとしたその瞬間。


 温かいものが頭に触れた。



「寝癖。ついとる」



 バッと顔を上げると、そこには手を空中に浮かせたままぽかんとしている松永の顔。

 つまり……今、俺は松永に(寝癖という理由で)頭を撫でられたということか?

 一応陰キャの俺にも男のプライドってもんがあるんだぞ! 屈辱以外のなにものでもないんだが!


 そして学習能力の高い俺は察した。

 

 おそらくこの後は―――



「ギルティィィイ!」


「死刑だ死刑ー!」


「この野郎! 調子に乗ってんじゃねーぞ!」


「ねぇ男子うるさいんだけど!」


「嫉妬とか醜すぎ」


「きしょ」



 女子からは散々の言われようだな……。

 当事者なはずの俺だが、この言い争いを景色のように見ている。

 まあ、こんくらいの騒がしさなら寝れるな。



「おい! サラッと寝るな飛鷹ぁぁあ!!!」


「お前後でぶっ◯す!」


「静かに! 授業を始める! 一時間目は国語だ早く準備しろ! あと飛鷹寝るな!」



 って言われても、入眠に最高の精神統一状態「絶対領域ゾーン」に入った俺は、もう誰にも止められない。


 さあ、夢の世界へ、ゴートゥーヘブ――



「起きろー? ていうか、次国語じゃろ? 教科書無いから貸してくれんさい」


「なん……だと……」



 俺の絶対領域ゾーンを簡単に壊した!?

 松永お前、なにもんだよ!?

 

 ……この声のせいだ。


 透き通った、綺麗な声。すごくかわいい声のはずなのに、どこか凛としており、心に直接呼びかけられるような不思議な声だ。

 

 てか、転校してきて隣の席&教科書見せるとかラブコメか!?


 陰キャだから一応その類には詳しいが、まさかこれはフラグ!?

 期待していいのかこれは!?


 と、一人変な思考オタクな妄想を巡らせていると、松永の席に人――主に男子が凄い勢いで集まって来た。



「松永さん! 俺の教科書貸すよ!」


「いーや! 俺の教科書にしな!」


「僕の教科書綺麗だよ!」


「おい田中! お前、何一人称『僕』にしてんだよ!気取ってんのか!?」


「気取りたくもなるだろ! くそっ、俺の作戦がっ」


「おーい松永、教科書なら貸すぞー? まだ届いてなかったのか?」



 教師高橋もさらっと入ってきた!?

 こいつ先生の権利を使ってやがる!

 あいつの時は貸さなかったくせに……。



「あ、いや、教科書ならあるから大丈夫じゃ――です。」


 

 教科書あるんかい!

 なんで俺に貸してって言ってきたんだよ!?意味分かんねえよ!?

 男子たちがピシリと固まる中、松永は本当に国語の教科書を出しやがった。

 マジで思考回路が分からん……。 

 はぁ、とため息をつき、寝るために顔を伏せる。


 ちらっと松永を見ると、松永もこっちを見ていた。


 ……お前何不貞腐れてんだよ。

 そんな睨みつけられたら気まずいわ。

 そう思った俺は目を逸らし、今度こそ絶対領域ゾーンに入るのだった。








 ……今度は邪魔し無いんだとか思ってない。ないんだからな。


△▼△▼

 毎朝6:13更新です。

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