第2章 生きねばならぬ 其の2

「す……すみません、うちの子が……うちの子が……!」

 家の中から出てきたのはおそらく40代前後の女性。当たり前のことだが、ひどく狼狽している様子だ。

 ……いや待て。

「あの、うちの子というのは……?」

 俺は思わず訊き返した。いや、過去にそんな事例は一度もなかった。俺の思い過ごしであってほしい……!

 ……しかし、現実は残酷だ。信じたくない事実をまざまざと目の前に突きつけられる。

「うちの……10歳の息子なんです……!さっきからずっと暴れ続けていて!」

「ま……まさか!そんなこと……!」

 俺は全身から血の気が引いていくのを感じた。

「まさか……子供が狂人病きょうじんびょうに……!」

 狂人病きょうじんびょうの報告は年に数十件ほどある。

 しかし、過去50年の罹患者データは全て大人ばかり。つまり、子供が罹患するということは全くの想定外だった。

「そんな……残酷な……!」

 あまりの事態に俺は動けなくなっていた。頭から爪先まで凍りついてしまっている。一体どうすれば……。

 そんな時、ストロの声が俺の耳を突き抜けてくる。

「フィン!ボーっとしている場合じゃないでしょ!相手が子供でも行かなきゃ!『1日で100体現れても不思議じゃない』って言ってたのフィンでしょ!?リーダーがしっかりしてくれないと、相棒はどうしたらいいっていうの!?」

「……ッ!そ……そうだな、俺としたことが……すまない……。よし、任務を続行するぞ!」

了解ラジャー!」

 しかし、俺がボーっとしすぎていたのか、次の瞬間……

「フィン!危ない!」

「なッ!?」

 "パァン"

 破裂音と共に、俺の足下に包丁が刺さっていることに気が付いた。直後、俺の左頬から血が流れる。おそらくバーサーカー化した子供が俺に向かって投げてきたのだろう。ストロが教えてくれなければ危うく俺は死んでいたかもしれない。

 ……そしてあの破裂音。紛うことなき拳銃の音だ。つまり……

「……任務ミッション……完了コンプリート。」

 ストロは小さな声でそう言った。任務完了ミッションコンプリート……か……。

「……了解ラジャー。」

 俺も声を搾り出すようにそれに応答する。

 やってしまったか……いや、やらなければならなかったんだ……。

 少し間を置いたのちに、俺は子供の遺体のもとへ行く。

 俺の気持ちとは裏腹に子供は安らかな顔で亡くなっている。

「ストロ……おまえの腕がいいおかげだな。」

 俺は少しでも自分の気持ちを誤魔化そうと思ってストロを褒めた。

 しかし、腕がいいというのは本当のことだ。

 あの状況でもストロの弾丸は見事に1発で眉間を撃ち抜いている。

 皮肉な話だが、ストロのおかげであの子供は苦しまずに……。

「そんな……こんなことで……褒められたって……。」

「……そうだな。」

 先にも言った通り、俺たちはもう何年もこのクソッタレな仕事をやってきている。

 そして、その中で最もクソッタレな気持ちで、母親のもとへと報告に向かうのだった。

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