第48話 「しゃらく対イナリ」

 「・・・ゴクリ」

 八百八狸やおやだぬき千尾狐せんびぎつねの両軍が激しくぶつかり合う戦場で、ひと際目を引く程の戦いを演じるのは、八百八狸軍として参加するしゃらくと、千尾狐軍幹部のイナリである。目にも止まらぬ速さで繰り広げられる攻防に、周囲の狸と狐達は近づけず、生唾を飲み込んでいる。

 「・・・くそっ!」

 しゃらくの周りを浮遊する鋼鉄化した沢山の笹の葉が、次々にしゃらくに襲い掛かる。しゃらくはそれを弾きかわしているが、疲れを知らない攻撃に疲弊している。一方のイナリは険しい顔で指を動かし、鋼鉄の笹の葉を操っている。

 「・・・よくも俺の美しい顔を殴りやがったな。こんな顔、タマモに見せられない! お前はここで殺す!」

 徐々に顔を真っ赤にしていくイナリは、よく見ると真っ赤にした顔でも分かる程、左頬が赤く腫れあがっている。

 「”笹鎌流星群ささかまりゅうせいぐん”!!」

 イナリが腕を大きく振り下ろすと、浮遊していた笹の葉が一斉に、目にも止まらぬ速さでしゃらくに向かって来る。

 「やべェ!」

 しかし、しゃらくは凄まじい反射神経で、それを間一髪で躱していく。

 「何でそれを躱せんだよ! 大人しく死ねよ!」

 イナリが牙を剥き出しにして、次々に腕を振り下ろしていく。それに合わせて、笹の葉が次々にしゃらくを襲う。

 「こんなとこで死ねるかよォ!」

 しゃらくが宙に跳び上がる。笹の葉はしゃらくを追いかける。

 「”虎枯こがらし”ィ!!」

 空中でしゃらくが鋭爪を振り回し、笹の葉を弾き飛ばしていく。飛ばされた笹の葉は、勢いよくイナリの方へ飛んで来る。イナリはそれを操って止めようとするが、その勢い凄まじく、止まらない笹の葉を間一髪で躱していく。

 「この野郎!」

 するとイナリが、地面に突き刺さった笹の葉を抜き、両手の爪にそれぞれ付け出す。

 「うォらァァ!!」

 しゃらくが、空中で笹の葉を次々に弾いていく。刹那、大量の笹の葉の隙間からイナリの姿が見え、しゃらくが目を見開く。

 「“笹熊手ささくまで”!」

 ブオォン!! イナリが鋼鉄の笹の葉を付けた爪を、しゃらくに向けて振る。しかし、しゃらくは身をよじらせ間一髪で躱す。

 「っぶねェ!」

 しゃらくの体中が一瞬で汗まみれになる。すると、攻撃を躱された筈のイナリがニヤリと笑う。

 「まだだぜ」

 そう言うと、イナリの両手の爪に付いた笹の葉が、一斉にしゃらくに向かって飛び出す。

 「“笹鉄砲ささでっぽう”」

 バキューーン!! しゃらくは腕を前に出し急所は防ぐも、鋼鉄の笹の葉が体中に突き刺さる。

 「ゔっ・・・!!」

 イナリがニタリと笑う。すると宙を舞っていた大量の笹の葉が、一斉にしゃらくに向かって飛ぶ。



 一方、千尾狐軍の本陣では、千尾狐総大将の白尚坊はくしょうぼうが鎮座し、戦況を見つめている。その前には幹部のタマモ、キンモクが護衛を務めている。

 「白尚坊様ぁ!」

 戦場の騒音から、白尚坊を呼ぶ声と共に一人の狐が本陣へ駆けて来る。すると、護衛の二人が前に立ちはだかって制止する。

 「何事?」

 タマモが尋ねる。狐は膝を着き頭を下げる。

 「お報せ致します!」

 「・・・話せ」

 白尚坊が目をひそめる。

 「はっ! 幹部の梶ノ葉かじのは様とコックリ様が、八百八狸軍の幹部、竹伐たけきり兄弟の竹蔵たけぞう、そして人間のウンケイという男に敗れました!」

 「何だと!? 貧弱な奴等め!」

 報告を聞き、キンモクが顔を真っ赤にする。タマモの方は対称的に、悲しげな表情をしている。

 「・・・で、ですが! 同じく幹部の八尾はちお様が、竹伐り兄弟の竹次たけじを敗ったそうです! イナリ様も、現在しゃらくという人間と交戦中ですが、討ち取るのは時間の問題かと思われます!」

 狐が続けて報告するが、白尚坊は表情を変えず頬杖を付いている。

 「・・・梶ノ葉とコックリを敗った二人には、八尾を向かわせろ。イナリには太一郎の首を獲って来るよう伝えてくれ」

 「はっ!」

 すると、白尚坊の指示を受けた狐は鳥に変化し、再び戦場へ羽ばたいて行く。

 「・・・フフフ。そろそろわしも出るか?」

 白尚坊が耳まで届きそうな程口角を上げている。

 「いえ白尚坊様。白尚坊様のお手をわずらわせる事は無いですわ」

 「ククク。その通りその通り。私達も行かせて下さい。必ず向こうの主力の首を獲って参ります」

 タマモとキンモクがニッと笑う。

 「フフフ。よかろう」

 白尚坊がそう言うと、タマモとキンモクが勢いよく戦場へ飛んで行く。

 「・・・さて、次はどうする? 太一郎よ」

 白尚坊がニヤリと笑う。



 「竹蔵さんあそこだ!」

 戦場の中、八百八狸の一人が一点を指差し、唾を飛ばす。

 「どこだぁ!」

 目の前の千尾狐達を次々と薙ぎ倒す竹蔵が、狸が指差す方を振り向く。すると視線の先では、千尾狐幹部の八尾が、狸達を素手で薙ぎ倒している。

 「見つけたぞこの野郎ぉ!」

 無表情のまま表情を変えない八尾が、向かって来る狸達に拳や巨大な尻尾を振り回し、次々に吹き飛ばしている。

 「・・・つ、強ぇ! なんて力だ!」

 狸達が、その強さに怯んでいる。すると、狸達の上を何かが飛んで行き、物凄い勢いで八尾に向かう。

 「おらぁぁ!!」

 ガンッ!!! 飛んで来た竹蔵が両の刀を振るが、八尾は表情を変えぬまま、両手でその刀を掴んで止めている。

 「竹蔵さん!」

 八尾と合間見えていた狸達が、嬉々とした表情を浮かべる。

 「チッ!」

 舌打ちをした竹蔵が、八尾の両手を両足で蹴って刀を離させ、そのまま後方へ飛んで距離を取る。

 「・・・なるほど、確かに強ぇな。だが竹次の仇は取らせて貰うぜ」

 すると、八尾の元へ一羽の鳥が飛んで来て、八尾に何やら耳打ちをしている。

 「・・・」

 耳打ちされた八尾が、竹蔵をギロリと睨む。



 「・・・ゲホッ! ゲホッ!」

 「ハハハハ! 油断したなぁ?」

 高笑いするイナリが見下す先で、全身血だらけのしゃらくが地面に倒れている。

 「お前じゃあ、俺の術には勝てねぇよ。勝負あったな」

 するとイナリの元にも、一羽の鳥が耳打ちしに来る。

 「了解」

 そう言うとイナリがきびすを返し、八百八狸軍の本陣の方へ向かって歩き出そうとする。

 「・・・待てよこの野郎ォ。ゲホゲホ・・・勝負あっただァ? お前の目は節穴かよ?」

 しゃらくが、震え、血を吐きながら体を起こす。

 「何て奴だ。まだ動けるとはな。だがこれで終わりだ」

 イナリがニヤリと笑うと、大量の笹の葉がイナリの後ろを舞い、それらが一斉にしゃらくの方を向く。

 「勝負はこっからだぜ」

 血だらけのしゃらくがニッと笑う。

 完

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