第47話 「ウンケイ対コックリ」

 月明かりに照らされた中山なかやまの大草原、刀のぶつかり合う甲高かんだかい音と、獣の咆哮ほうこうがあちこちで鳴り響く。その中で静かに睨み合うのは、八百八狸やおやだぬき軍として戦うウンケイと、千尾狐せんびぎつね軍幹部のコックリ。そして何故かウンケイの後ろでブルブルと震えているのが、千尾狐のコンきちである。

 「・・・」

 するとコックリが、おもむろにウンケイの後ろのコン吉を指差す。刹那せつな、ガキィィン!! ウンケイが薙刀なぎなたを振り、何かとぶつかった様な鋭い金属音が響く。コン吉は今にも気を失いそうである。

 「・・・まただ。また見えない攻撃をアニキが防いでくれた」

 コン吉が恐る恐る顔を出すと、ウンケイの向こうでコックリがジッとこちらを見つめている。

 「ひっ!」

 再びコン吉が、ウンケイの後ろに隠れる。

 「・・・ナゼ彼ト一緒ニイルノ?」

 コックリがウンケイに目線を移す。

 「こっちが聞きてぇよ」

 ウンケイが後ろのコン吉を一睨みする。コン吉は相変わらずブルブル震えている。

 「マアイイカ。ドノ道彼ハ裏切リ者ダ。君ト共ニほうむル」

 コックリが無表情のまま淡々と話す。

 「へぇ。意外と好戦的なんだな。その隣にいる奴の影響か?」

 ウンケイがニヤリと笑う。その後ろのコン吉もウンケイの陰から顔を出す。

 (・・・本当にお化けがいるのか? ・・・でもさっきから見えない攻撃をされてるし・・・)

 コン吉がコックリを見つめる。しかし、コックリの周囲に何かがいる気配はない。一方のウンケイは、コックリのわきをジッと見ている。

 「物騒なもん連れやがって」

 コン吉には見えていないが、ウンケイの目には、鋭く伸びっぱなしの爪に、キツくり上がった目をした青白い狐の幽霊が、コックリの傍を浮遊しているのが見えている。

 「勝機ハアルッテ言ッテタネ。確カニ攻撃ガ見エレバ、防グ事ハ出来ルヨ。デモネ・・・」

 コックリが再びウンケイを指差し、狐の幽霊がウンケイ目掛けて向かって来る。すかさずウンケイは薙刀を振る。すると、薙刀は幽霊の体をすり抜け、そのまま幽霊はウンケイの体までもすり抜けて行く。

 「!?」

 ウンケイが振り返ると、幽霊はウンケイの後ろに隠れていたコン吉を抱えており、首元に鋭い爪を当てている。

 「フフフ。デモソレハ、攻撃ヲ防グ時ノ話。攻撃スル時ハ、実体化スルカラネ。ソレ以外ノ時ハ霊体ダカラ、触レル事ハ出来ナイヨ」

 コックリがニタァッと不気味に微笑む。

 「ア、アニキィ〜! 助けてぇ!!」

 コン吉が泣きながら、ウンケイに手を差し伸べる。

 「・・・勝手に付いて来といて、人質になってんじゃねぇよ。お前は狐だろ。俺は狸達の仲間だ。そうなったのはお前の自業自得だ!」

 泣き喚くコン吉に、ウンケイが唾を飛ばす。

 「そ、そんなぁ!!」

 コン吉が気を失いそうになっている。ウンケイは腰を落とし、薙刀を構える。

 「挨拶ハ終ワッタカナ? ジャア、報イヲ受ケテモラウヨ」

 コックリが指を横に振る。するとコン吉を抱えた幽霊が、鋭い爪を振りかぶる。刹那、ウンケイが薙刀を幽霊に向けて投げ飛ばす。すると、ズバァ! 物凄い速度で飛んできた薙刀が、幽霊の腕を斬り落とす。

 「ギャアア!!」

 幽霊はコン吉を放り、斬られた腕を抑えて叫ぶ。放られたコン吉は腰が抜けており、口をあんぐり開けて、幽霊から目が離せずにいる。

 「おい! 邪魔だからどっか行くか、硬ぇ岩にでも化けてろ!」

 ウンケイがそう言うと、コン吉はすかさず岩に化ける。

 「どっか行くだろ普通!」

 するとウンケイが投げた薙刀が、回転しながらウンケイの元へ戻り、ウンケイがそれを掴む。

 「・・・ヘェ、凄イネ。アノ状況カラ、彼を救ッタダケデナク、コチラヲ手負イニシタ。見事ダネ」

 コックリは表情を変えず、ウンケイをジッと見つめている。すると狐の幽霊がコックリの傍に戻って来る。幽霊の腕は元に戻っている。

 「どこが手負いだよ」

 ウンケイが薙刀を構える。

 「ジャア、コウユウノハ、ドウカナ?」

 コックリがニタッと笑う。すると幽霊が、再びウンケイに向かって鋭い爪を振りかぶる。それに合わせてウンケイも薙刀を振る。しかし薙刀は幽霊の体をすり抜ける。幽霊はそのままウンケイの体もすり抜け、ウンケイの背後を取る。ウンケイはすかさず振り返り、再び薙刀を振る。しかし、またも幽霊の体をすり抜ける。再びウンケイの背後を取った幽霊が、鋭い爪をウンケイの背中を振り下ろす。ズバァァ!!

 「ゔっ!」

 背中を斬られたウンケイが、すかさず薙刀を振るも、幽霊はウンケイの体を通り過ぎ、またも背中を鋭爪で切り裂く。

 「っ!」

 怯むウンケイを見たコックリがニタッと笑う。

 「 “幽葬ゆうそう”」

 ズバババァァァ!!! 目にも止まらぬ速さで動く幽霊に、ウンケイの体中が斬られ、全身から血が噴き出る。

 「げほっ・・・!!」

 ウンケイが両膝を着く。幽霊はコックリの傍に戻っている。

 「フフフ。見エテイテモ、触レラレナケレバ意味ガ無イヨ。イツ実体化スルカハ、コチラデ選ベルカラネ」

 するとウンケイがゆっくりと立ち上がる。

 「・・・マダ動ケルノ? 頑丈ダネ」

 コックリが目をひそめる。

 「・・・俺は寺で育ったが、きょうなんて覚えちゃいねぇ。・・・だが寺のくそじじいはそれでも良いってさ。重要なのは羅列した文字じゃなく、心だってな」

 ウンケイが、薙刀の刃に映る自分を見つめる。それを見たコックリがウンケイに指を刺す。幽霊はウンケイに向かって飛んで行く。

 「・・・俺は俺のやり方でやるぜ、クソジジイ」

 ウンケイが薙刀を振りかぶる。

 「“南無なむ”」

 ズバァァァ!! 幽霊の体が真っ二つになる。コックリが目を見開く。

 「ギャアアア!!!」

 幽霊は別れた下半身を戻そうとするが戻らず、慌てふためいている。それはコックリも然り。

 「バ、馬鹿ナ! 霊体ヲ斬ルナンテ、出来ル筈ガ無イ!」

 コックリが冷や汗をかく。ウンケイは再び薙刀を構える。

 「“南無なむ”」

 ズババァァ!! 真っ二つに分かれた幽霊を更に斬り、八つ裂きになる。

 「成仏しろ」

 ウンケイがまたも薙刀を構える。しかしコックリが慌てて、八つ裂きにされた幽霊を呼び戻す。

 「・・・腐ッテモ僧侶そうりょカ。コノママ戦ッテハ、マズイネ」

 そう言うとコックリが幽霊の体を掴み、それを丸呑みにする。

 「“憑葬ひょうそう”」

 するとコックリの体が大きくなり、爪は鋭く伸び、目はキツく吊り上がった異様な姿に変身する。

 「ヒャハハ! 俺ニコノ術ヲ使ワセルトハナ! 褒メテヤル!」

 「あぁ。ありがとよ」

 ウンケイが腰を低くし薙刀を構える。

 「ヒャハハ! 殺シテヤル!!」

 コックリが、目にも止まらぬ速さで突進して来る。しかしウンケイは微動だにせず、静かに構えている。

 「“南無なむ”」

 ズバァァァ!!! ウンケイに斬られたコックリは気を失う。するとその体から青白い光が抜け、コックリの姿が元に戻る。青白い光は、ウンケイが見つめる中、天へと上がっていく。

 完

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