第29話 「秘湯」

 くる朝、川で休んだ三人は再び山道を進んでいく。三人が目指す、十二支えと将軍“うし酒呑童子しゅてんどうじ”が縄張りとする“奥仙おうせん”は、ビルサ城のあった町から山を二つ超えねばならず、現在一同はその一つ目の山を登っている。

 「あァ〜。ウンケイ、その“温泉”には、まだ着かねェのかァ?」

 しゃらくが木の棒を杖にして、気だるそうに歩いている。その前には、薙刀なぎなたつえ代わりにしているウンケイと、せかせかと四つ足で進むブンブクがいる。

 「“温泉”じゃねぇ。“奥仙おうせん”だ。まだまだ道のりは長ぇぞ。山を二つ超えるんだからな」

 「えェ〜!? 山を二つも!? 死んじまうぜ!」

 「話聞いてなかったのか? まあ期待はしてねぇが。のんびりしてるとまた日が暮れるぜ。シャキッと歩きやがれ」

 しゃらくは、がっくりと首を下げる。

 「・・・ん?」

 すると、しゃらくがクンクンと鼻を動かす。

 「“温泉”だ!」

 「だから、“温泉”じゃねぇって言ってんだろ」

 ウンケイが前を向いたまま呆れている。

 「違ェよ! “温泉”だ! 温泉があるぜ!」

 しゃらくがキョロキョロと辺りを見渡す。

 「あ? さっきから何言ってんだ」

 ウンケイとブンブクが後ろを振り返る。しゃらくは目をつぶって、鼻をクンクンと動かしながら、その場をウロウロし出す。

 「あっちだ! あっちから温泉の匂いがする!」

 そう言うと、しゃらくが脇道へれていく。

 「おいどこ行くんだ! 待て!」

 ウンケイの制止も効かず、しゃらくは鬱蒼うっそうとした木々の間をどんどん進んでいく。ウンケイとブンブクは顔を見合わせ、泣く泣くしゃらくの後を追う。


   *


 山中のある洞窟どうくつに、昨夜しゃらく達を観察していた男達が入っていく。洞窟の中は、壁の至る所に松明たいまつくくり付けてあり、明るくなっている。男達はどんどん奥へ進んでいき、やがて最奥地まで来る。

 「“酒呑童子しゅてんどうじ”様ぁ! 山にねずみが入り込んできやした。いかがなさいやしょう」

 男の一人が口を開く。すると、奥の暗闇で何か大きなものが蠢いている。

 「・・・何ぃ? どいつもこいつもぉ、俺様の山に勝手に入ってきやがって」

 ガランゴロン! すると、奥の暗闇から大きな酒瓢箪さけひょうたんが飛んでくる。男達はそれを慌てて避ける。

 「ちょっと童子どうじ様ぁ! 危ねぇじゃねぇすか!」

 避けた男達が暗闇に向かって叫ぶ。地面に転がる酒瓢箪は、男達と大差無い程に大きい。するとその暗闇から、地を這うような笑い声が響いてくる。

 「ハハハハハ。さっさと鼠を駆除して来い」

 暗闇から大きな目玉が一つ、ギロリと光る。

 「へぇ」

 男達がニヤリと笑う


   *


 一方しゃらく一行は、山中の木々が鬱蒼うっそうしげる中を、草木をき分け進んでいく。

 「おい! 本当にこんな山奥に温泉なんてあんのかよ! 第一、俺達は温泉にゆっくり浸かってる暇なんてねぇんだぜ」

 「いいからいいからァ! おれを信じろよォ! わははは!」

 しゃらくが、笑いながらどんどんと進んで行く。ウンケイとブンブクは、そんなしゃらくに嫌々付いていく。

 「あ! もうすぐだぜ!」

 しゃらくが突然走り出す。

 「おい待て!」

 ウンケイとブンブクもそれに付いていく。すると、ウンケイの鼻でも分かる程、温泉の硫黄いおうの匂いが木々の中からただよってくる。

 「何? 本当にこんな所に温泉があるってのかよ」

 「うおォォ!!」

 先頭のしゃらくが叫ぶ。続いてウンケイ達が草木を掻き分けると、そこは木々が開け、巨大なくぼみの中に白濁はくだくした温泉が湧き出ている。

 「おぉ! 本当に温泉だぜ!」

 三人が温泉の近くまで行くと、それがとても巨大であることが分かる。

 「でけェなァ! これじゃア足着かねェじゃねェか!」

 しゃらくが岩場に乗り、温泉を覗く。

 「たしかに。一番深い所は、俺でギリギリ足が着くかどうかってとこだな」

 ウンケイが温泉に手を入れ、すくった湯を見つめる。

 「まァ何でもいいや! 入ろうぜ!」

 しゃらくが宙高く跳び、空中で着物を脱ぎ捨て、そのままバッシャァァァン!! と温泉に飛び込む。すると、ブンブクも続いて飛び込もうとするのを、ウンケイが止める。

 「待て。これが有毒なもんじゃねぇかどうか、あいつで確認してからにしろ」

 そう言って二人が黙って見ている先で、泡がブクブクと出始める。ザバァァ!! しゃらくが顔を出す。

 「ぶはァァ!! ん? どうした? 入んねェのか?」

 しゃらくが、手足で水を掻きながら顔を出して見ている。

 「・・・大丈夫そうだな」

 ウンケイとブンブクが、顔を見合わせうなずき合っている。

 「おれで試すな!」


 「いい湯だなァ〜」

 三人は、温泉の端の浅瀬に浸かっている。

 「しかし、この温泉は自然にできたもんじゃねぇと思うが、一体誰がこんなでかいもん作ったんだろうな。もしかしたら、これで丁度良い位でかい奴がいるのかもな」

 ウンケイがニヤリと笑う。それを聞いたブンブクは縮み上がっている。

 「わははは! そりゃアでけェなァ! もしかしてそいつが酒呑童子しゅてんどうじかもな」

 しゃらくの言葉に、ブンブクが更に怯え、ブルブルと震えている。すると、三人が浸かっている水面に、黄色い物が浮いてくる。それはユラユラと揺らめきながら、徐々に広がっていく。

 「お? 何だこれ?」

 「?」

 しゃらくとウンケイが、不思議そうに顔を近づける。しゃらくが鼻をクンクンと動かす。

 「うおォォォ!! くせェェェ!! 汚ねェェェ!!」

 しゃらくが飛び上がる。しゃらくの様子を見て、ウンケイも何か勘づいたのか温泉から慌てて飛び出す。一方のブンブクは、黄色い物がどんどんと広がっていく湯に黙って入っている。

 「おいブンブク! 何してんだこらァ!」

 「・・・最悪だ」

 ブンブクに対し、激怒するしゃらくと、落ち込むウンケイ。ブンブクは、ギャーギャーと騒ぎ立てるのを気にも止めず、どんどんと温泉を侵食していく黄色い物の中心で、ニヤリと邪悪に笑っている。


   *


 「うぃ〜。み過ぎたぜぇ」

 ドシーン! ドシーン! 先程しゃらく達が浸かっていた温泉に、大きな影が大きな足音を立ててやって来る。それはまるで山のように大きな男で、片手には大きな酒瓢箪さけひょうたんを持ち、体は酒の影響か真っ赤で、頭からは蛇のように編み込まれた髪が伸び、虎模様の着物を上半身を脱いで着ている。大男の風貌ふうぼうはまるで鬼そのものである。

 「こういう時は、俺様の秘密の温泉でさっぱりするに限るぜぇ」

 大男は温泉に着くと、着物を脱いで湯に入っていく。そして中心部で腰を下ろすと、ザバァァ! 凄い勢いで湯が溢れていく。大男は、ウンケイでも足が着くかといった中心部に座りながらも、しっかりと顔が出る程の大きさである。すると、初めは気持ち良さそうに浸かっていた大男が、表情を曇らせ湯を覗く。湯をすくい、顔を近づけて鼻を動かしている。

 「くせぇぇぇぇ!!!」

 大男はその巨体で湯から飛び上がる。湯から出てよく見ると、綺麗な白濁はくだくだった湯は、全体的に黄色くにじんでいるのが分かる。

 「・・・許さん。誰だ、俺様の温泉でこんな真似しやがったのはぁ! 殺してやるぁぁ!!!」

 完

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