第3話 「眩い夜明け」

 月明かりに照らされた大橋の上、しゃらくと荒法師あらほうしにらみ合う。しゃらくも十分立派な体格だが、荒法師と並ぶとそれが小さく見えるほどである。かなりの体格差だが、しゃらくは怯む事なく荒法師を睨みつける。

 「・・・あんた、どっかで会ったか?」

 「さあな。・・・確かに、初めて会った気がしねぇな」

 「・・・まァいいか」

 するとしゃらくは刀を置き、両腕を広げて身構える。荒法師は大薙刀おおなぎなたを持ち上げ、しゃらくに向ける。ダダッ! しゃらくが勢いよく駆け出す。ガキンッ! しゃらくの拳を荒法師が薙刀ので受ける。ガンッ! ガンッ! ガンッ! 何度も拳と薙刀をぶつけ合う。

 「なかなかやるな」

 荒法師は飄々ひょうひょうとしている。

 「あんたもな。そんなでけェのを軽々振り回しやがって」

 ブオン! 荒法師が薙刀を振る。しゃらくは後ろへ飛んでそれを避ける。

 「ふゥ、すげェ力だな。こりゃ骨が折れそうだぜ」

 「骨が折れて済みゃ上等だ。お前はどうやら侍じゃねぇようだが、その刀でちょうど百本なんでな。悪いが殺してでも貰うぞ」

 すると、荒法師が薙刀を頭の上で回転させる。音を立て勢いよく回る薙刀の風圧に、しゃらくは思わず仰け反る。

 「こりゃヤバイだろ!」

 「 “風車かざぐるま”」

 ブオオオンッッ!!! 荒法師は回転の遠心力を使い、薙刀を大きく振る。すると周囲の橋の欄干らんかん諸共もろともしゃらくも吹き飛ぶ。

 「うわァァァ!!」

 しゃらくが橋の下へ落ちていく。

 「間一髪かんいっぱつで避けたか。並の人間なら身動き一つ取れんはずだが、まあいい。この高さから落ちれば、ひとたまりもぇだろう」

 荒法師が橋の下を覗く。橋の下には真っ暗な闇が広がっている。

 「たしかに、ひとたまりもねェな」

 「何!?」

 荒法師が振り返ると、反対側の橋の欄干の上にしゃらくが立っている。しゃらくの顔には赤い模様が浮かんでおり、異形の姿になっている。

 「ガルル・・・間一髪で橋に掴まれたが、あれはヤバかったぜ」

 「なるほど、神通力じんつうりきってやつか。こいつは面白おもしれぇ」

 荒法師がニヤリと笑う。

 「お前、名は?」

 「おれはしゃらく。名を聞くなら、てめェから名乗るのが筋だろ?」

 「ははは。そりゃすまん。俺の名は ”ウンケイ ”。久しぶりに手応えのある奴だ。名を覚えておこう、しゃらく」

 「そっくりそのまま返すぜ、ウンケイ」

 しゃらくが再び構える。ウンケイも再び薙刀を向ける。

 シュバッ! ガン!! 二人が物凄い速さで衝突する。しゃらくの鋭い爪とウンケイの薙刀が、何度も激しくぶつかり合い、火花を散らしている。すると、しゃらくが後ろへ下がり拳を構える。

 「“虎猫鼓どらねこ”ォォ!!」

 しゃらくが侍のよろいを破った、強力な掌底しょうていを繰り出す。ウンケイはそれを薙刀で受けるが、勢いに押されて後ろへ吹っ飛ぶ。

 「わはは! これであいこだぜ!」

 しゃらくが鼻息を荒くしている。しかし、ウンケイはムクっと起き上がる。

 「転ばされたのは久々だ。全く厄介やっかいだな」

 「げ! 効いてねェじゃん」

 しゃらくが構える。すると、橋の向こうから大勢の足音が聞こえて来る。見ると、二十人はいようかという侍達がぞろぞろと橋を渡って来る。

 「何だァ?」

 「この大橋で暴れている坊主ってのはお前か、でかいの!」

 侍の一人がウンケイを指差す。他の侍達は既に刀を抜いており、ニヤニヤと笑っている。

 「どうやら、こいつらは俺の客らしい」

 すると、一人の侍がしゃらくを指差し慌てている。その侍は体に包帯を巻いている。

 「お、お前、昼間の! こいつにやられたんだ!」

 侍は、しゃらくが昼間ぶっ飛ばした三人の内の一人のようだ。

 「何!? このガキががお前らを三人も?」

 「馬鹿言え! 不意打ちされたんだ! 他の二人は妙なことを言ってたがな」

 侍達はウンケイだけでなく、しゃらくにも刀を向ける。

 「おっと。おれにも用がありそうだぜ。わはは」

 「なあしゃらく、一時休戦といこう。続きはこいつら片付けてからにしようぜ」

 「だな。そうしよう」

 そう言うと、しゃらくとウンケイも侍達に向かって構える。

 「やっちまえぇぇ!!!」

 侍達が一斉に向かって来る。



 橋の上では、しゃらくとウンケイの二人だけが立っている。その周りでは、侍達は全員のびている。

 「ガッハッハァ! 恐るるに足らねェ! おれを倒したきゃ将軍でも連れて来い!」

 「侍など威勢ばかりだ」

 すると侍の一人が、倒れたまま体を震わせて二人を指差す。

 「お、お前らこのままで済むと思うなよ・・・。俺達が、”十二支えと将軍しょうぐん”の 御一人おひとり、”ウリム”様の侍だと分かってんのか?」

 「十二支えと将軍しょうぐん?」

 「お前知らねぇのか? 今、天下統一に最も近いと言われる十二人の将軍達だ。そいつは確か、”のウリム”だったか」

 「十二支将軍の名も聞いたことがねぇとは。おめでたい野郎だ。俺達に逆らうことは、ウリム様に逆らうも同然。くくく。命はねぇと思え」

 侍が不敵に笑う。するとしゃらくが侍の前に立ち、鼻息を荒くしている。

 「しゃらくせェ! 天下を取るのはおれだ! そいつがわざわざ来るなら、こちとら手間が省けるぜ! その十二支将軍って奴らはおれが全員ぶっ飛ばしてやる!」

 しゃらくの言葉に、侍はもちろん、ウンケイも驚く。

 「ぶははは! 馬鹿野郎はお前だ! 何を取るだと? あの十二支将軍を倒す? 寝言は寝てから言・・・」

 ガン! ウンケイが薙刀の柄で侍を殴り、気絶させる。

 「お前が寝てろ」

 ウンケイがしゃらくを見る。しゃらくは堂々と仁王立におうだちしている。

 「天下を取るって?」

 「あァ」

 「そうか。・・・無理とは言わねぇ。誰にも分からねぇ事だからな。だが、生半可な覚悟じゃ、到底手が届かねぇ事は分かる。成すか死すかだ。それでもやるのか?」

 ウンケイの問いに、しゃらくがニヤリと笑う。

 「望むところだ。おれのやりてェ事はこれだけだ」

 風がウンケイに吹きつける。橋がギシギシ音を立て軋んでいる。

 「・・・そうか。何故だか、お前には可能性を感じる」

 ウンケイはニヤリと笑い、薙刀に布を巻き始める。

 「ここでお前を倒すのは、ちと違う気がする。刀ももういらねぇしな。わはは」

 薙刀に布を巻き終え、再びしゃらくを見る。

 「この橋にももう用はねぇ。また場所を変えるとしよう。達者でな天下人。決着はまた会った時にしようぜ」

 ウンケイがしゃらくの横を通り過ぎようとする。

 「何言ってんだウンケイ。お前も来いよ」

 しゃらくの言葉に思わず足を止める。振り返るとしゃらくがニッと笑っている。

 「一緒に天下を取らねェか?」

 ウンケイにビリビリと衝撃が走る。


  *


 さかのぼること十数年前、ある夜の山奥の古寺。すやすやと眠る幼い子どもを抱いた少年が、縁側に子どもをそっと下ろす。

 「達者たっしゃでなガキ。お互い生きて、また会おうぜ」

 少年が立ち去ろうとすると、子どもがそでを掴む。少年は驚き振り返ると、子どもは寝ぼけてニッと笑っている。それを見た少年は緊張が緩み、涙があふれる。眠る子どもの横に座り、少年は静かに泣く。そして十数年の時を経て、彼らは再び出会い、戦乱の世を終わらせる為、暗夜あんやまばゆい夜明けへと導く為、共に戦うことを決意する。雲は晴れ、煌々こうこうと輝く月が二人の姿を、あるいは大いなる旅の始まりを照らす。

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