第6話 文学少女と天才ピアニスト その四

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 夕方、帰宅したぼくは、いつものように自室で小説を書いていた。一人黙々とキーボードを叩く。


 しばらくキーボードを叩いていると、スマホからメッセージの着信音が聞こえてくる。どうやら誰かからメッセージが来たようだ。


 スマホを手に取り確認してみると、相手はお母さんだった。どうやらぼくに用事があるらしい。


『今日お仕事で帰りが遅くなるから夕飯お願いしていい?』


 どうやらお母さんは帰りが遅くなるので夕飯をぼくに作ってほしいらしい。


 ぼくは了解と書かれたスタンプを送信してスマホを机の上に置く。


 夕飯か……今日は何にしようかな?


 ぼくはキッチンに向かいながら夕飯は何にするかを考える。本郷家では基本的にはお母さんが夕飯を作るのだが、今日のようにお母さんの帰りが遅い場合はぼくが作ることも多々ある。


 キッチンに着くと冷蔵庫の中を確認しながら夕飯の献立を考える。しかし、冷蔵庫の中は食材が少なく、夕飯を作る分も残っていなかった。


 これは買い物に行かないとダメかな?


 そう思いぼくは部屋に戻り部屋着から着替えて財布を手に取り、家から出る。


 自転車で近くのスーパーに向かながら、買い物する内容を決めていく。


 さて、今日は何を作ろう? 昨日はハンバーグだったから今日は違うものを食べたい。


 スーパーに着き、店内に入ると今流行りの曲が流れていた。


 確か結構有名なアイドルの子の曲だったはず。あまり詳しくないからよく知らないけど、至るところで流れていたから耳には残っている。名前は何だったかな?


 それにしてもこのアイドルの歌声はすごく綺麗だ。正直、音楽の知識がないぼくでも彼女の歌声の良さが分かるくらいには上手い。


 あと聴いていて不思議と元気が貰えるようなそんな歌だ。


 店内で流れる音楽を聴きながらぼくは買い物かごを手に取ると、店内を歩いて食材を探す。


 ぼくが食材を探している間に今流れていた曲が終わった。


『星野如月で『DOUBLE SPIRAL』でした~』


 そうか……星野如月か……他の曲も後で聴いてみようかな。さっき流れていた曲はすごく良かったし。


 そんなことを考えながら食材を物色する。


 結局、今日の夕飯は豚の生姜焼きにすることにした。それにご飯と味噌汁を付ければ立派な夕飯になるだろう。


 そうと決まれば必要な食材を買い物かごの中に入れていく。生姜焼きに必要な材料をかごに入れ終わると、ぼくは会計を済ませるためにレジに向かって歩き出した。


 レジで会計を済ませてお店から出るとスマホを取り出してお母さんにメッセージを送った。


『今夜のご飯は豚の生姜焼きにしたよ』


 メッセージを送るとすぐに既読がついた。お母さんもスマホを見ていたのだろうか? 


『了解、ありがとう』


 お母さんからの返事を確認してからスマホをポケットにしまう。時刻は夕方の五時十分、今から家に帰り夕飯の準備をすれば丁度良い時間になるだろう。


 スーパーを出たぼくは家に向かって自転車を走らせるのであった。


 そんな帰りの道すがら、ふと、見覚えがある金髪が目に入る。


 ぼくは思わず自転車を止めて、その後ろ姿に声をかける。


「やあ、沙音、今帰りかい?」


 そこにいたのは沙音であった。学校帰りなのだろうか? そんなぼくの声を聞いて彼女は振り返る。


「あれ、サヨサヨじゃん、こんなところで何してんの?」


 沙音はぼくの顔を見ると驚きの表情を浮かべた。まさかこんなところで会うとは思わなかったのだろう。


「夕飯の材料を買いにスーパーに行ってたところさ」


 ぼくはそう言って買い物袋に視線を移す。すると、沙音は納得したような表情を見せた。


「そうなんだ、てかサヨサヨって料理できるの?」


「まあ、人並み程度にはね」


「へ~そうなんだ……」


 ぼくの答えを聞いた沙音は意外そうな表情をしている。もしかして沙音はぼくが料理できないと思っていたのだろうか? 


「君はぼくが料理できないとでも思ったのかい?」


「まあ、お昼を購買で買ってくるくらいだから料理しないのかなって……」


「朝早く起きてお弁当を作るよりギリギリまで寝ていたいと思ってね」


「あはは……なにそれ……」


 沙音はぼくの話を聞いて呆れてしまった。実際、ぼくは料理を作ることは嫌いじゃないが、朝起きてお弁当を作るのは面倒くさいと思ってしまう人間だ。


 毎日お弁当を作って女子力高いアピールなんてぼくには向いていない。


「沙音こそ今帰りかい?」


「あ~……うん、そうだよ」


 沙音は何故かバツが悪そうにそう答えた。その様子を見て、ぼくは首をかしげる。


「どうかしたのかい?」


「いや……別に……それよりもサヨサヨの私服姿ってこんな感じなんだ~って思ってさ」


 沙音は話題を逸らすようにそう言った。何か聞かれたくないことなのだろうか? 


「ぼくはファッションには疎いから、お母さんが選んでくれたものを着てるだけだよ」


「あ~、そんな感じがする~」


 沙音は納得したように何度も頷いている。今のぼくの服装は紺のカーディガンに、下はベージュのチノパンという出で立ちだ。


「まあ、お母さんはぼくに可愛い系を着せたがるけど、ぼくとしてはあんまり好きじゃないんだよね」


「そうなの? あ~……でも、勿体な、サヨサヨ素材はとても良いのに」


 沙音はぼくの顔をじ~と見つめながらそんなことを言った。


「そこは否定しないが、そういう君の私服はどうなんだい?」


 沙音の私服が気になり、ぼくは聞いてみた。お嬢さまである彼女が普段どのような私服を着ているのか興味がある。


「ん? どうって? 普通にファッション雑誌とかを参考にしながら選んでる感じだけど」


「なるほど」


 そういえば沙音はお嬢さまであるけど、ギャルでもあるんだよな。今のメイクもギャル寄りに寄せているから普段の私服もギャル系なのは想像に難くない。


「なに? サヨサヨもあーしの私服気になるの?」


 沙音はニヤニヤしながらそんなことを聞いてくる。どうやら彼女はぼくのことをからかいたいらしい。


「まあ、気にならないと言ったら嘘になるかな?」


「ふ~ん……なら今度の休みにあーしと一緒に遊びに行かない?」


 沙音はそう言ってぼくを遊びに誘ってきた。今度の休みか……特に予定はないから断る理由もない。


「ああ、もちろんだよ」


「じゃあ、決まり!!週末はデートで決定!!」


 沙音は嬉しそうにそう言って笑う。ぼくも思わず微笑み返した。


「君とデートを楽しむことができて光栄だが、女子同士でもデートとは言うのかい?」


「まあ、そこは気にしなくてもいいんじゃない?」


 ぼくの問いに沙音は笑いながらそう答えた。女子同士で遊びに行くこともデートと呼ぶのか……。


「君がそう言うならそういうことにしておくよ」


「そゆこと」


 それからしばらく他愛もない会話をしたあと、僕達は別れの挨拶を告げて帰路に就くのであった。


 それにしてもまさか休日に沙音と遊ぶ約束をするとは思わなかったな。でも、すごく楽しみだ。


 ぼくはそう思いながら、自転車を走らせるのだった。

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