第5話 文学少女と天才ピアニスト その三

 3


 昼休みになり、昼食を買うべく購買へと向かおうとした時だった。


「あっ!! サヨサヨじゃん!!」


 購買へと続く廊下で、ぼくをあだ名で呼ぶ聞きなれた声が聞こえた。


 振り返ると、沙音がいてこちらに向かって手を振っていた。


「やあやあ、沙音、こんなところで会うなんて奇遇だね」


「アハハ、奇遇も何もないじゃん、ここ学校の中なんだから」


 沙音は笑いながらぼくの言葉に返す。その様子はとても楽しそうだ。


「サヨサヨも今から購買でお昼買う感じ?」


「そうだね、沙音もかい?」


「うん、あーしも今から買うところ、せっかくだし一緒に行こうよ」


 そう言って沙音はぼくと一緒に購買へと向かおうとする。


「ああ、そうだ」


「ん? どったの?」


 沙音は立ち止まり不思議そうにぼくを見る。そんな彼女にぼくは彼女に近寄って言った。


「このままお昼一緒に食べるかい?」


「いいよ!!」


 ぼくの言葉に沙音は満面の笑顔で頷いた。どうやら快諾してくれたらしい。


「それじゃレッツゴー」


 沙音は元気にそう言うとぼくの手を引いて足早に購買へと向かっていった。


 そのまま二人で購買に向かい昼食を購入してから屋上へと向かう。


 屋上には日陰になる場所もあるし、何より沙音は昼食は外で食べる派らしい。


 屋上に着くと、さっそく沙音は買ったパンを袋から取り出し早速口にし始めていた。どうやら相当お腹が空いていたらしい。


「しかし、意外だね、君はお嬢さまだから購買でお昼を買うなんてことはしないと思ってたよ」


 ぼくは思わずそう口にしていた。


 彼女の実家である月城家はかなりの名家だと聞いていたから、てっきり食堂や弁当を家から運んでいるものだと思っていた。


「そぉ? そんなに意外?」


 沙音は口に含んでいたパンを食べ終えてからぼくにそう尋ねてくる。ぼくはそれに頷いて肯定した。


 そんなぼくを見て、沙音は可笑しそうに笑っている。何が可笑しかったのだろうか? そんなことを考えていると、ペットボトルのお茶を飲みながら呟いた。


「でもサヨサヨの言うとおり、あーしは月城のお嬢さまだから、色々と窮屈で仕方ないんだよね」


 沙音はどこか遠くを見るような目で空を見上げている。恐らく実家での生活を思い出しているのだろう。


 ぼくは彼女が月城の家でどのような生活をしているのかは知らない。けど、彼女の様子を見るに、彼女にとってはそれが本当に窮屈で仕方ないのだろう。


「それにあーしってこんな性格だしさ、そういう堅苦しいのは苦手なんだよね」


 そう言って沙音は肩をすくめる。その様子はまるで本当に窮屈な実家を嫌悪しているように見える。


「サヨサヨもそう思わない? あーしってお嬢様って感じじゃないでしょ?」


「そうでもないさ、君の第一印象は、まるで物語に出てくるような気品あるお嬢さまかのように感じたよ」


 ぼくの発言に沙音は驚いた顔をする。どうやらぼくがそんな風に感じていたのが意外だったようだ。


「まあ、こうして話していると今時の女子高生にしか思えないけどね」


 ただ、立ち振舞いはどこか気品を感じられる。そこはやはり名家に育てられた教育の賜物なのだろう。


 元々顔の良い彼女が気品のある振る舞いをすると、普通の人よりもいっそう魅力的に映るだろう。


 男子なら一瞬で惚れてしまいそうだ。


「それは誉め言葉として受け取っておくよ」


 沙音は肩をすくめながらぼくの言葉を受け止める。あまり誉め言葉には聞こえなかったようだ。


「話は変わるけど、今日の放課後はまた音楽室でピアノを弾くのかい?」


 流石にこの話題をこれ以上引き延ばすのは沙音にも悪いと思い、ぼくは話を切り替える。


「あ~、今日は軽音部の演奏を観てあげる予定入ってるからパス」


「そうなのかい? それは残念だ」


 今日も沙音の演奏を聴きたかったので、ぼくは素直に残念がった。


「サヨサヨめっちゃ残念そうな顔してるじゃん、そんなにあーしのピアノ好きなの?」


「ぼくは君の作った曲に惚れたんだからね、本音を言えば毎日でも君の曲を聴いていたいさ」


「アハハ……めっちゃ直球じゃん……」


 沙音はぼくの言葉に照れたのか、頬をポリポリと掻いている。どうやらぼくのストレートな発言に照れているらしい。


「予定が空いているときに……また弾いてあげるよ」


 沙音は照れ臭そうに笑いながらぼくに向かってそう言った。その様子が可笑しくてぼくも思わず笑みを浮かべていた。


「それにしても沙音はバンドでやるような曲とか聴くのかい?」


 お嬢さまである沙音がバンドでやるような曲も聴くのだろうか? そう思ってぼくは聞いてみる。


「めっちゃ聴くよ!! なんだったらギター、ベース、ドラムだってできるし、一通りの曲なら弾けるし!!」


 沙音はまるで待っていましたと言わんばかりの勢いで話始める。どうやら沙音は本当に音楽が好きなようだ。


「それはすごいな、普通は一つの楽器を弾けるようになるでも大変なのにいくつもの楽器を弾けるなんて」


「そう?」


 ぼくが感心してそう言うと沙音は首を傾げる。どうやら沙音にとってはそれが普通らしい。


 天道さんから沙音はいくつもの楽器を弾けるらしいとは聞いていたが、まさか本当にできることに驚いた。


「凄い才能だと思うよ」


「そうかな? そう言われるとなんか照れるじゃん……」


 沙音は顔を赤くしながら後頭部を掻いている。そんな彼女を見てぼくは思わず微笑ましくて笑みが溢れてしまう。


「なら、君のピアノ以外の演奏もいつか聴きたいな」


 彼女のピアノで色んなインスピレーションが湧いたのだから、他の楽器で奏でられた音色はまた一味違ったものになるだろう。


「サヨサヨが……そう言うなら……そのうち聴かせてあげるよ」


 沙音は顔を真っ赤に染めながら恥ずかしそうにそう呟いた。


「それは嬉しいな、沙音がどんな演奏をするのか楽しみだよ」


「まあね……期待しときなよ……」


 沙音はぼくから目を逸らしながらそう言った。そんな態度も可愛いなと思ってしまったのは沙音に言わないでおこう。


「それはそうと、サヨサヨは放課後どうするの?」


 沙音は話題を変えようとぼくに質問してくる。別に照れていてもいいのに……そう思いながらも、ぼくは質問に答える。


「君の演奏が聴けないのなら、さっさと帰って小説の続きを書くよ」


「もしかして『雪が解けたあとに』の続き!?」


 ぼくの発言に沙音は食いついている。そういえば彼女はぼくの小説のファンだったな。


「それなら今日新聞部に渡したから新聞が発行されれば読めると思うよ」


「えっ!? ほんとに!?」


「ああ、本当だとも」


「うわ~、めっちゃ嬉しいんだけど! サヨサヨの小説あーしめっちゃ大好きだから」


 沙音は嬉しそうに飛び跳ねている。その様子はとても微笑ましい。


 ぼくは思わず沙音に笑顔を向けた。


「そうか……それは良かった」


「うん!! あーしはサヨサヨの書いた小説がホント好きだよ、読みやすくて、引き込まれるからね」


「そう言ってくれると嬉しいな」


 沙音はぼくの小説を褒めてくれて、ぼくは素直に嬉しく思った。やはり自分の作品を褒められるのはとても嬉しいものだ。


「正直、サヨサヨの小説が他にもあるなら読みたいくらいだよ」


「それならぼくがネットで公開している小説も読んでくれるかい?」


 ぼくがそう言うと沙音は目を輝かせた。どうやらぼくの小説に飢えていたらしい。


「読む読む!! サイト教えて!!」


「ああ、メッセージにURLを送るよ」


「ありがとう!! 読んだら感想言うね」


 ぼくはスマホを取り出して、沙音にサイトのURLを送った。すると、沙音はすぐさまスマホを取り出して先程送ったメッセージを確認する。


「いやあ~楽しみだな~」


 すごく楽しみにしているのか沙音は鼻歌まで歌っている。そこまで楽しみにしてくれると作者冥利に尽きるな。


 やはり、自分の作品を読んで感想を貰えるというのは嬉しいことだとぼくは思うから。


「てかサヨサヨって、こんなにあーしがサヨサヨの小説を好きって言ってるのに全然照れないじゃん」


 沙音はぼくの顔を覗き込むように見ながら不思議そうに尋ねてきた。


 確かに、彼女からここまで絶賛されると少し照れ臭くなるものだと思っていたが、どうやらぼくは人よりも照れにくい人間らしい。


「フッ……まあ、ぼくの作品は面白いと自信があるからね」


「うわ、出た、サヨサヨのナルシスト発言」


 沙音はぼくの言葉を聞いて、ちょっとバカにするよう笑った。その反応を見てぼくも笑う。


「アハハ、ぼくは思ったことを素直に言っているだけだよ」


「あーしはサヨサヨのそういうところ好きだよ」


 そう言って沙音はぼくをからかうように笑う。こういったからかい合いも楽しいものだなと、ぼくは心の底から思っていた。


「君から好意を向けられるのは光栄だね」


 ぼくは微笑みながらそう言った。すると、沙音は顔を真っ赤にしながら慌てて顔を反らす。


「むっ、さっきからからかって……あーしのほうが……先輩なんだぞ……」


 沙音はそっぽを向きながらブツブツと何かを呟いている。その顔は先ほどよりも真っ赤だ。


「どうかしたのかい?」


 ぼくは気になって沙音に聞いてみた。すると、沙音はそっぽを向いたまま答える。


「いや……なんでもないし……」


 そんな沙音を見て、ぼくは思わず笑ってしまいそうになるがなんとか堪える。ここで笑ったらまたからかわられてしまいそうだからだ。


 そんなやり取りをしながらもぼく達は昼食を食べ終え、教室へと戻った。

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