第7話 文学少女と天才ピアニスト その五

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 週末の土曜日、ぼくは沙音との待ち合わせのために駅前に向かって歩いていた。


 待ち合わせ場所は駅前広場の時計台だ。


 待ち合わせ場所としてはベタだが、この辺りで他に待ち合わせをするなら、その駅前広場が一番分かりやすい。


 それによくカップルが待ち合わせに使う場所で有名でもある。


 駅前に到着すると、多くの人がいる中、一際目立つ金髪少女がいた。


 彼女は清楚感溢れる襟付きのベージュのワンピースに黒のレギンスという出で立ちだった。


 周囲の人と比べても彼女は一際目立つ存在であった。沙音はスマホを弄りながら待ち合わせ場所で待っていた。


「お待たせ」


 ぼくが声をかけると彼女はスマホから目を離してぼくを見た。


「あっ……サヨサヨおはよ~、ってか早いね? まだ約束の十五分前だよ?」


 沙音は意外そうな表情をしながらぼくの顔をじっと見つめている。どうやら彼女はぼくが早く待ち合わせ場所に来るとは思ってなかったようだ。


「君だって待ち合わせの十五分前に来てるじゃないか」


「だって、サヨサヨ待たせるの悪いじゃん」


 沙音は当然のようにそう言ってのけた。どうやら、彼女はぼくを待たせたくなかったらしい。


「それはありがたいね」


 沙音の心遣いにぼくは素直に感謝する。


「そんなことよりもどうどう? サヨサヨが見たがっていたあーしの私服は?」


 そう言って沙音はその場でくるりと一回転した。彼女の綺麗な金髪がふわりと舞う。


「うん、よく似合っているよ」


 ぼくは素直に思った感想を口にした。正直な話、ギャル系の服を予想していたのだが、予想とは真逆のファッションを着こなしているから驚きだ。


「それに、メイクもいつもと違う感じなんだね」


「まぁね、さすがにこの服だとギャルメイクは合わないから、今日は清楚系に寄せたメイクにしてみた」


 そう言って沙音はドヤ顔をする。まあ、確かに普段のギャルっぽいメイクとは印象がかなり違う。でも、これくらいのメイクなら違和感なく似合っていると思うし、これなら彼女の可愛さを存分に引き出せると思う。


「君は明るい印象が強いからね、こういう清楚な感じもとても似合っていると思うよ」


 ぼくが素直に思ったことを伝えると、沙音は嬉しそうに笑う。


「えへへ、ありがと、あーしもサヨサヨの私服似合ってて良いと思うよ」


 沙音はそう言ってぼくの服装を褒めてくれた。彼女から褒められたことで少し安心する。正直、ファッションには疎いので似合っているか不安だった。


 今回もお母さんに選んでもらったわけだったが、ぼくがオシャレして出掛けると聞いて、あれやこれやと聞かれたのはちょっと鬱陶しいかった。


 ちなみに今のぼくの服装は、白いブラウスに下は青のデニムパンツという至ってシンプルな服装だ。


「そう言ってもらえると嬉しいよ」


「まあ、今日はサヨサヨに色々と着せて楽しむつもりだから、覚悟しといてね」


 沙音は悪戯っ子のように笑いながらそんなことを言ってくる。


 どうやら沙音はぼくを着せ替え人形にして楽しむつもりらしい。


「お手柔らかに頼むよ」


 そんな他愛もない会話をしたあと、ぼく達は駅を出て繁華街へと歩き出す。


 今日は休日ということもあり、多くのカップルや家族連れなどで街は賑わっていた。そんな喧騒の中をぼく達は歩く。


「それで今日はどうするかい?」


「う~ん……まっ、てきとーにブラブラとしよっか」


 ぼくの問いかけに沙音はそう答えた。特にこれといったプランは決まっていないようだ。


「ノープラン、まさに女子高生らしい休日の過ごし方だ」


「アハハ、女子高生らしいってサヨサヨも女子高生なのによく言うね」


「生憎、ぼくは女子らしい休日の過ごし方とは無縁だったからね」


「じゃあ、それもあーしが教えてあげる」


 そう言って沙音はぼくに向かってニヤリと笑う。まあ、せっかくの休日だからぼくも女子らしい休日の過ごし方してみるのも悪くないかもしれない。


「それはありがたいね、今日は色々とご教授願うよ」


「オッケー!!」


 そう言って沙音は自信満々に胸を張った。そんな姿を見ていると思わず笑みが零れてしまう。本当に彼女は面白い子だなと思う。


「それにしてもさっきからジロジロ周りから視線が気になるんだけど」


 周りを見てみると確かに男性の視線を多く感じる。美少女である沙音がいるのだから視線が集まってくるのも無理はないだろう。むしろ視線が集まっていないと違和感を感じるくらいだ。


「まあ、これだけ面の良い見た目の美少女が二人並んで歩いてたら注目は浴びるのは当然さ」


「それもそっか」


 沙音は納得したように頷く。どうやら彼女も自分の容姿の自覚はあるようだ。


「こんなに注目されていると、もしかしてナンパとかされちゃうかもね」


 沙音は冗談めかしてそんなことを言った。確かにこれだけ可愛い子が歩いていたら、声をかけるナンパ男がいても不思議ではないだろう。


「君はナンパされたいのかい?」


「まっ、相手にするのはめんどくさいから、できれば遠慮したいけど、それはそれとして、あーしが可愛いから声かけてくれるのは嬉しいじゃん」


 沙音はケラケラと笑いながらそう言った。どうやら、ナンパされたい願望があるらしい。


「まあ、君ほどの容姿ならそう言う考え方も分からなくはないけどね」


 ぼくはそう言って沙音のことを上から下までじっくりと見つめる。やはり沙音は美人で可愛いと思うし、そんな彼女に声をかける男性は当然多いだろう。


 そんなことを考えていると沙音がぼくの顔を見てクスクスと笑った。


「どうしたんだい?」


「サヨサヨはあんまナンパされるよりするほうのイメージが強くてさ」


 沙音は笑いながらそんなことを言った。ぼくは彼女の発言に思わず苦笑する。


「ぼくのどこをどう見て、そんな結論になったのか気になるね」


「いや~、だってサヨサヨってナルシストで、自分に自信あるじゃん?」


「確かにぼくは自分に自信があるけれど、さすがに見ず知らずの男に声をかけようとは思わないな」


 それにナンパなんてするのは余程の度胸があるか、異性に飢えた人だけだろう。


「そういえばサヨサヨって今までに彼氏とかいたことあるの?」


 沙音は唐突にそんなことを尋ねてきた。まさか彼女の口から恋愛に関する話が飛び出すとは思わなかったので少し驚く。


「いや、彼氏なんていたことないが……突然どうしたんだい?」


「ん? いや~、サヨサヨみたいな美人なら彼氏くらい一人や二人いても不思議じゃないし」


「そんなことはないさ、ぼくは意外とモテないよ」


 ぼくがそう言うと沙音は意外そうな顔をした。どうやら彼女はぼくがモテると思っているらしい。


「いやいや、それは嘘っしょ? だってサヨサヨって見た目綺麗だし、男受けするスタイルじゃん?」


 沙音はぼくの顔や体を見てそう言った。確かに今のぼくはモテる容姿をしているかもしれない。


「そういう君こそ彼氏の二人や三人はいそうだけれど」


「え~、あーしってそんな軽い女に見える?」


 沙音は心外だと言わんばかりにムッとした表情を浮かべてぼくを睨む。彼女の言いたいことも分からなくもないが、見た目はギャルなので軽く見えてしまうのは仕方ないと思う。


「そうじゃないが、君のような明るい性格の子は一緒にいて楽しいから男子からは人気がありそうだね」


 ぼくは思ったことをそのまま口にした。彼女の明るい性格は周りを明るくさせるし、一緒にいるだけで楽しいと思う。


「それは嬉しいけど……あーしの場合、家柄もあるから相手がね……」


 沙音はやれやれといった表情でそう言った。確かに彼女の家は名家だし、相手もそれ相応の家柄が求められるのだろう。


「家柄か……なら、なおさら恋人を作るのは難しいだろうね」


「そゆこと」


 沙音は困ったような表情で頷く。名家の跡取り娘というのは色々と大変そうだなと思う。


「まあ、名家の娘という立場を差し引いても、君の容姿なら言い寄ってくる男も多いだろうけどね」


 沙音はとても綺麗な金髪をしているし、スタイルも抜群なので性格が明るいこともあってモテると思う。


「まっ、それは否定しないけど」


 沙音はぼくの言葉に軽い調子で答える。否定しないということは少なからず自分に言い寄ってくる男は多いと考えているようだ。


 そんな話をしていると、沙音はある店の前で足を止める。そこは小物を扱う雑貨屋であった。


「ねっ……ここ入っていい?」


「もちろん」


 ぼくがそう答えると沙音は嬉しそうにお店の中に入っていく。ぼくも彼女の後に続いてお店の中へと入った。


 店内に入ると商品棚には様々な種類のストラップやキーホルダーなどが並んでいるのが見える。それによく分からないが、ファンシーグッズを売っているお店のようだ。


「色々とあるね」


「そうだね」


 沙音は楽しそうに商品を手に取りながら吟味しているようであった。


 そんな彼女の様子を眺めながら、ぼくも商品棚を見て回る。


 ふむ……ストラップやキーホルダーか……。今までこういうものはあまり買ったことがなかったな。


「ねぇ、サヨサヨはこういうの買ったりしないの?」


 沙音は手に取った商品を見せながらぼくにそう聞いてきた。彼女の手にはかわいらしい犬のストラップがあった。


「ぼくはあまりこういうのは買わないかな」


 ぼくの答えを聞いた沙音は何か思い付いたかのような表情をする。


「ふ~ん……なら、あーしとお揃いのストラップでも買わない?」


「君とお揃いのストラップ?」


「ストラップじゃなくても何かサヨサヨが好きそうなもの一緒に買うでもいいよ」


 そう言って沙音は期待の眼差しを向けてくる。


「まあ、友人と同じものを買う……これも女子らしくて悪くないか」


「そうそう、だからさ……一緒に探そ?」


「ああ、いいよ」


 沙音の提案にぼくは微笑みながらそう答えた。そしてぼく達は店内を回りながらストラップなどを眺めていく。

 色々な商品を見ていると、一つ気になるものを見つけた。


 それは紅葉の葉と音符の描かれたデザインの栞だ。そのデザインに惹かれたぼくはそれを手に取り、ジッと見つめた。


「ん? 栞って……サヨサヨらしいね」


「ぼくといえば読書だからね、正直、この栞はとてもぼく好みだ」


「じゃあ、それお揃いで一緒に買おっか?」


「良いのかい? 君はあまり本を読まないのに」


「全然問題なし!! あーしもその栞のデザインすごく気に入ったしね」


 沙音は笑いながらそう言った。ぼくも彼女の意見に賛成だし、彼女とお揃いの栞というのも悪くない。


「じゃあ、それにしよう」


 ぼくはそう言って栞を二つ手に取り、沙音と一緒にレジへ向かった。会計を終えて店を出ると、沙音はニコニコと笑いながら嬉しそうに栞を眺めている。


「そんなに嬉しいのかい?」


「そりゃあね!! あーしもこれ結構気に入ってるし!!」


 そう言って沙音は栞を見せてきた。ぼくと同じく栞のデザインをとても気に入ったようだ。


「それに友だちとお揃いってのも悪くないじゃん?」


 沙音はそう言って満面の笑みを見せた。ぼくはそんな沙音の表情を見て思わず微笑んでしまう。


「確かにこれが君との初めてのデートの思い出の形になりそうだね」


「でっ……デートって!!」


 沙音は一瞬、驚いたような表情を見せたが、すぐに照れたように頰を赤らめる。


「おや? デートって言ったのは君じゃないか?」


「いや……デートだけどさ……」


 沙音はぼくから視線を逸らしながらボソッと呟くように言った。どうやらぼくの言葉は間違っていなかったらしい。まあ、そもそも彼女が否定しなかった時点でそれは分かっていたが。


「沙音、どうかしたかい?」


 沙音の様子が少しおかしいのでぼくは心配して声をかける。すると沙音は照れた様子でぼくから視線を逸らしながら口を開いた。


「何でもないし、ほら、次の店に行こ!!」


 沙音はそう言いながらそそくさと歩き出す。そんな彼女の様子に苦笑しながら、ぼくは沙音の後を追ったのだった。

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