第三話・魔王代理が集落をなんとかしました
集落の改修に乗り出してから、一週間が経った。とりあえず、全世帯の住宅は用意できた。中心部分と暫定的に位置づけた場所に対して、円を描くように作り、道幅もひろくとった。
江戸時代の上水道は、木の樋を使っていたというので、それを真似して水路も通した。といっても、中心部と、共同の浴場とトイレにのみ。とりあえずはこれが限界だ。
また、これも江戸時代の真似だが、水路から流れてきた水を貯めるために井戸を掘った。本当は地下水を組み上げる、イメージ通りの「井戸」を掘りたかったのだが、道具もなにもない状態ですぐには無理なので、こちらは後にまわすことにした。
そして、その中心部の正面には、ひときわ大きな家を作った。「村長」の家だ。
俺がこちらに召喚されたとき、俺の元に乗り込んできたオークが、集落の人々をまとめているとのことなので、彼に住んでもらうことにする。
「おいおい魔王様。俺はなんとなくこの立場に立っているだけで、長だなんて大袈裟なものじゃないよ。こんな広い家には申し訳なくて住めない」
「それはつまり、人々が自然と貴方についていっているということです。俺は、貴方が正式にここの長となり、みんなを導いてほしいと思っていますが」
反対するどころか、人々はさらに彼を推した。これでオークの彼…名前はカルノーサというそうだ…は正式に村長となった。
「それに、ここを広く作ったのは、集会や寄り合い、祝い事に宴会。子供たちが気軽に遊びに来られる場所。そういう意味もあるのです。遠慮はしないでいただきたい。むしろ、住んでもらわなければ困ります」
さすがに「魔王」にそう言われては断れないようで、渋々嬉しそうに快諾してくれた。
最後は共同浴場と共同トイレだ。衛生面はとくにしっかりしないといけない。石鹸の類いがなくても、お湯で身体を流すだけでだいぶ違うはずだ。
俺が住んでいた現代日本の習慣を押し付けるようで申し訳ないが、ここだけは徹底したい。
各家々よりも低いところに作り、水を無理なく湯船に送り込むようにした。かけ流しで、常にきれいなお湯で入れる。もちろんちゃんと、お湯を温める仕組みも試行錯誤ながら作った。石を使うのだが、説明は省いておく。
そして一番頑張った共同トイレ。糞尿を肥料にすることも考えたが、一切やめた。発酵に時間がかかるし、何より食中毒が怖い。なので、勾配を深くして、そのまま水路の源流に流すことにした。
この源流が海に繋がっているのかどうなのかは、今はまったく計り知れないが、魚は住んでいるようなので餌になるだろう。これで漁場も活性化する、と考えたのだ。
あとはそういった公共の施設の清掃員等を決めなくてはだが、これは長の仕事だ。とりあえず、ここまで作り上げた人々や、兵隊たち。そして修道女と黒騎士の労をねぎらうために、宴を開いた。
蓄えは少ないが、こんなめでたいときくらいは許されるだろう。
今回は本当に魔術師団の人々には頑張ってもらった。彼ら彼女らがいなかったら、この先の未来はなかっただろう。それに、魔王軍の将兵たちや、集落の人々。修道女に黒騎士。
本物の魔王とやらは、こんなに素晴らしい人々を残して、どこに失踪したのか。周りがこんな協力的だったら、俺だって仕事を辞めてなかったんだ。
気付いたら、宴会の輪から離れて川沿いまで歩いてきていた。
土手に座り、ずっと被っていた兜を外しマントを脱ぐ。少しひんやりとした空気が心地よい。考えてみたら、向こうではどんなに仕事を成し遂げても、ここまでの達成感はなかったな。
サラサラと流れる水の音と、月明かり。そして少し遠くから聞こえる宴の声。俺はこんな光景は経験したことがないはずなのに、とても懐かしい気がして、少し涙が流れた。
ここでは、偽の魔王とは言え、俺は必要とされている。ここに骨を埋める覚悟をしたところで、黒騎士が心配して俺を探しに来てくれた。
「大丈夫か? いろいろ任せてしまってすまない」
「いいんですよ。ちょうど今、やる気がさらに溢れてきたところですし」
「はは、あまり無理をしないでもらいたいものだ」
「魔王様、黒騎士様とご歓談のところ悪いんだが、ちょっと来てくれねえか」
驚いて振り返ると、長のオークがすぐ後ろに来ていた。
顔をオークに見られた。偽魔王とバレてしまった。急いで兜を被りマントをまとう。黒騎士はしどろもどろでオークに説明している。
しかし、オークはこともなげに言った。
「え? 本物の魔王様じゃないことなんて、みんな最初から知ってるぞ」
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