第6話 私の好き、あなたの好き

「あ、純夏さん…とご両親?」

 薄本さんはいつもは下ろしている長い黒髪を今は高い位置でポニーテールにして結んでいる。

 そして上下ともに高校のジャージ姿…薄本さんのこんな姿、学校の人は私以外一人も見たことある人はいないんじゃないだろうか。


「薄本さん…どうしてここに…?」

「私も今からお風呂入るところ、ここのお風呂雰囲気がなんか個人的に好きで度々一人でお邪魔するの」

 清々しいほど笑顔な薄本さんは黄色いマイ桶を片手に抱えている。まさに常連さんって風貌だ。


「純夏、この子友達?」

 お母さんに聞かれてふと我に帰る。

「こ、この子は友達…!っていうか部活の先輩だよ…!」

私は今は誤解のないように穏便にの関係を伝える。

「そうなんですか〜!これからも何卒娘をよろしくお願いします〜」

母がそういうと薄本さんはどこかさらに明るくなった顔で


「こちらこそ娘さんを幸せにします!」


 ちょっと待って、その言い方は確実に誤解が生まれる。

「あ…あはは〜……面白い友達でお母さんよかった〜…」

母もこの言い方には苦笑いするしかなかったようだ。まぁでも苦笑いで済んだだけまだマシかな?それでもこっちは冷や汗がすごい湧き出た。


 お父さんと集合時間を約束して趣のある女湯の赤いのれんをくぐる。もちろん薄本さんも一緒に。

 脱衣所には夕方にしては人が少ない感じ、ちょっと意外。

 薄本さんは服を脱ぎながらお母さんとなんか談笑してる。ってか結構胸が大きいんだ…制服の上からじゃわからなかったが、なんか負けた感じがして悔しい…ってなんでそんな人の胸見て劣等感感じているんだ私!ぺちっと自分の頬を叩く。

「純夏、お母さん先お風呂行ってるよ〜」

 そう言ってお母さんは先にお風呂の方に向かってしまった。薄本さんも行っただろう。私は少しため息をついて服を脱ぎ始める。


「す・み・か・さ・ん」

「ひゃああ!」

 すでに風呂場に行ったはずの薄本さんがニヨニヨした表情で私のあらわになった素の背中をつつーっと細い指でなぞる。


「まだ脱いでなかったの?」

 薄本さんはなんて事のないきょとんとした表情で私の方を見る。

「薄本さん…いい加減にしてください…」

「ほへー女の子の下着ってこんな感じなんだ…」

 薄本さんはなんの躊躇もなく私の下着をピラっとつまむ。

「ちょっと…!?ってか自分の見ればいいじゃないですか!」

まじまじと脱ぎたての下着を観察する。

「これも取材だよ…スポブラか…」

「ちょっと…!!!」

 そんな涼しい顔で言われてもやっていることはとてつもなくサイテーだ。

 そんなわちゃわちゃを何度か繰り返し、やっとお風呂に浸かることができた。

かぽーんという黄色い桶の音が度々鳴ってなんだか落ち着ける。

富士山を背負って大きなお風呂に入るのもたまにはいいなと思う。

「いや〜温泉は気持ちいね〜」

 薄本さんがわざわざ隣に並んできた。先ほどのポニーテールはソフトボールくらいの大きなお団子ヘヤーになってお風呂につかないようにまとめている。

(なんか話すの気まずいな…)

「いや〜今日はなんかごめんね、急に変なこと言っちゃって」

 急に萎縮した態度で話す。やっぱり薄本さんでも思うところはあるのか。

顔の表面を汗だか、お湯だかわからない水滴が伝っていく。

一瞬の沈黙。

「なんで…なんで薄本さんは私を選ぶんですか?私は正直恋愛経験なんてほぼない人間ですし、そこまで薄本さんの役には立てないと思います」

薄本さんはまたしてもピンとこないような表情で背伸びをしながら天井を見上げる。

「なんでって言われてもなぁ…一緒の話題ができて、一緒の空間にいてくれる。それだけで私には理想の彼女っていうか相手なんだよね」

なんだかふんわりした答えに少し腹が立ってきた。

「それなら私以外にもいるかもしれないじゃないですか!」

「そうかも」

 その言葉が耳に入った瞬間心臓が少しヒヤッとした。言われたくなかった、

不本意とも言える気持ちの現れ。

「今、純夏さん、ヒヤッとしたでしょ」

小悪魔のような笑みで薄本さんは言う。まさか狙って言ったの?

「正直に言うと…焦ったかもです」

薄本さんに私の心は筒抜けのようだ。

「ちなみに私も今純夏さんに私以外がいるって言われたら軽く絶望して三日位寝込むかもね」

薄本さんは笑っている、そんな笑顔が歪んで見える。なんだか頭がぼーっとしてきた。やばい…

「しょうがないですね…わかり…まし…た」


◇ ◇ ◇


 涼しい風が全身に浴びせられている感覚。え?私もしかしてのぼせちゃった?ドタドタと人の走り回る足音もする。そっと目を開くと薄本さんの顔がすぐ近くにある。

「きゃあああ!」

私は咄嗟に手で顔を覆う。

「そんなに驚くことないじゃんか……」

 薄本さんはやれやれと言った表情だ。

「じゅじゅじゅ順番がすっ飛びすぎです…」

「あ、てことはいいの?」

薄本さんの顔は少し笑顔になった。

「ま…まぁ、今書いている作品が完成したら一応、契約終了ということで…」

「契約って……あ、そういえば連絡先交換しない?」

 さらっと連絡先交換のフェーズに入った。それにしても関係進展の順番がおかしい気がする。

「いいですよ、一応契約期間中ですし…」

「やった〜!!!」

間髪入れずに薄本さんは私をぎゅーっと抱きしめる。

「ちょっと公共の場です…って——」

 抱きつかれてからやっと気がついた。自分がほぼ全裸だということに。


「——うわあああ!ちょっと待ってください!せめて服を!!」


 キスよりも、手を繋ぐよりも互いの裸の姿を必然的に見ることが先になっちゃったけど、この先私たち本当にうまくやっていけるのかな。


—————————————次回「木増たわわのキマシタワー」


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