第8話 泥の顔

 ヒッパシス大森林を抜けて【地獄の門】にたどり着いたのは、私達が最後でした。

既にギベルト殿やユーゴ殿はサティーナやキーラを連れて先行しています。

「少し懐かしいです」

ダンジョンの中へ繋がる下り階段を歩きながら、エドワード殿が呟きました。

「何がでしょうか?」

「ダンジョンも元々は邪神が生み出したのです。この世界を滅ぼすための強力な魔物を養うように……」

「まあ、邪神の記憶がありますのね」

「ええ、ユリア様。あなた様に女神の神片があるのも、その記憶の中で知りました」

「そう言えば、女神の神片とは何でしょう?」

「女神の残り香、女神の面影……とでも呼べば良いのでしょうか。邪神の復活による世界の破滅を恐れた女神が、ユリア様に己の名残をまとわせたのです」

邪神は女神が己の愛に応えてくれれば、世界を滅ぼさないと無理矢理に迫った。

されどその一方的な愛は女神を恐れさせて苦しめるだけであった。

ゆえに、この世界に己の欠片を混ぜることで、邪神が世界を破滅させることをためらわせる。

女神が必死に講じた対抗策であった。

「でも、どうか安心なさって下さい。今となっては僕がユリア様をお慕いする理由の一つになれど、ユリア様を苦しめる要因の一つには断じてしませんから」

「私を過剰に束縛しないで下さいね?あまり縛られると誰でも自由が恋しくなります。支配と愛は違いますのよ」

「僕は聡い人間ではありませんから、もし不埒なことをしてしまった時はきっぱりとおっしゃって下さいませんか」

「ふふ、意地悪なエドワード殿なんて嫌いですわ」

「ああ、お慕いする方に早くも嫌われてしまいました」

そんな他愛もない会話を交わしつつ、近寄ってきた魔物にエドワード殿は弱めた回復魔法を当てて逃げるように促し、それでも逃げなかった魔物は支援魔法も重ねた回復魔法で追い払います。

魔物の群れが襲ってきた場合は群れの頭を見せしめにして、道を空けさせて。

【攻撃魔法】は使用する体力の消費が激しいが、支援魔法はほとんど使わないし、回復魔法に至っては使用した後に己を回復すれば良いだけなので、ほぼ無限です。


 ダンジョンの中は光苔が生えていてとても明るいのですが、迷宮のような構造をしていました。私の記録魔法で道順を覚えながら進んでいると、ふいに激しい血臭がします。

「……」

二人で手分けして周囲を探すと――いました。

ギベルト殿が血まみれで倒れている。サティーナは彼にすがって怯えていました。

ずる賢くて残忍で有名な魔物ブラッディウルフの大群に囲まれているのに泣き叫ばないだけマシだろうと思います。

すかさずエドワード殿が回復魔法の塊を群れのど真ん中に撃ち込みました。絶叫と共にブラッディウルフが逃げ去っていきます。

「……あ、あ……!」

サティーナは私達を見て、はくはくと口を何度も開けました。

「攻撃魔法の残滓がありますわね。きっと言い出したのはキーラでしょう」

ユーゴ殿に邪魔者を排除するべく後ろから襲うように言ったのでしょう。

ただ……キーラも予想外だったのが、ブラッディウルフの大群の登場だったのでしょうね。

あの子が邪魔者をうっかり生かしておくなんてありえないのです。

「応急手当は済みました。もうお戻りになるべきかと」

エドワード殿が声をかけると、

「嫌よ!」

サティーナは叫びます。

「私は誰よりも美しいの、誰よりも美しいから美しい方を伴侶にするの、でなければ……!」

……耳を傾けてまで聞く価値は無かったようです。私はエドワード殿に視線を向けて、一緒に立ち去ることにしました。

「待って、待って、お願い、待って!」

サティーナは追いかけて来ようとして転び、べしゃりと汚泥の中に顔を叩きつけました。

「うわああああああああああん、うわああああああああああん」

まるで幼女の様に泣き喚く彼女を置いて、私達は奥を目指したのです。

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