第5話 邪神を封じた血
――その蛮行の、数日前。
女帝陛下から随行する一人を決めよと言われた、次の日のことです。
私は自室にて、父にエドワード殿を連れていくと説明しておりました。
父は黙ってエドワード殿を見つめていましたが、重々しく口を開きました。
「【支援魔法】と【回復魔法】だけでどうやって戦うつもりだ」
「【思い出しました】から」
次の瞬間、父がエドワード殿を床に組み伏せて双剣を彼の首に押し当てていました。
「父さん!?」
私は思わず声を上げます。
「貴様、どこまで【残存】した」
父のこんな恐ろしい声なんて初めて聞きました。エドワード殿はいつものように……いえ、異常なくらいに穏やかな微笑みさえ浮かべているのに。
「全て。ただしあなた方にとって非常に喜ばしいことにユリア様がいる。私の【女神】たる彼女は世界の滅びを厭うている。僕をひたむきに慕って下さっている。少しお転婆で、陰険で、優しくて愛しくて可愛らしくてなんてなんて素晴らしいこの世の全てに値する僕の【女神】。……それはきっと貴方がユリア様を慈しんで育ててこられたからでしょう、僕もユリア様と慈しみあいながら生きていきたい」
「……貴様」
ぐぐぐ、とエドワード殿が頭を上げます。双剣に当たって肌が切れて血がにじみます、私は息を呑みました。ですがエドワード殿は何も止めません。父もどうしてか双剣を退けないのです。もうこうなったら父を蹴り飛ばして動かすしかありません。私の腕では父を動かすことはできませんから。
私が助走を付けるために部屋の隅へ走り、スカートを太股まで切り裂いた時です。
ぶしゅう、と嫌な音がしてエドワード殿を中心に、あっという間に血だまりが生まれました。父が返り血にまみれて悪鬼のような形相をしています。
まだ!今ならまだ回復魔法で間に合うはず!
私が走り出すためにヒールの高い靴まで脱ぎ捨てた瞬間でした。
ごとん、ごろ、ごろ……
私は眼前の光景に固まっておりました。
父が、殺した。
エドワード殿を、殺した。
衝撃が強すぎたのでしょう、私は悲しみに襲われることもありませんでした。
「ユリア様、僕の体ならば何の心配も要りません」
エドワード殿の首が笑いました。軽快に、穏やかに、いつものように。
「貴女を失うことと比べる必要さえない。何てことありませんから」
エドワード殿の手が伸びて首を掴み、ひょいと首に宛てがいました。
「クソが」
父が忌々しそうに呟いて体をのけると、エドワード殿は起き上がりました。
青い顔をして固まっている私に優しい声で言うのです。
「驚かせましたね、ユリア様。ですが僕はご覧の通りに貴女の足手まといにはなりません」
血だまりはそのままです。いまでも漂う血臭も、偽りではありません。
私はエドワード殿と父を交互に見つめました。
「……説明を、していただけますか」
「俺達は邪神を倒した。だが邪神は邪であろうと【神】だ、俺達でも殺害することは無理だった。神を殺せるのは神だけだ、そう嗤っていた。
このままでは邪神はいつか必ず蘇る。蘇ればすぐさま【女神】を害して世界の滅びを招く……その時にユアンが一つの打開策を出した」
ユアン、その名は勿論存じております。エドワード殿の亡きお父上です。
「それがヴァレンティノ家の血に邪神を封じるっていう最終手段だった。子々孫々で邪神を封じ続けることで、少しずつ邪神の力をすり潰しながら無くしていく……恐ろしく危険な方法だった。もし残存した邪神に自我が剥奪されたら、ユアンだって次の邪神になっちまうんだからな」
ユアンは最後までユアンだった、と父は付け足してからエドワード殿を睨み付けました。
「なのに、その息子が自ら邪神になっちまった」
エドワード殿が邪神になった……と言われても私もすぐに理解が追いつきませんでした。
ただ、事実ではあることはしっかりと直感したのです。
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