第78話 合宿四日目。これが殴り合い


 四日目。

 昨日に引き続いて模擬戦やっていくんだけど、ここで一つ分かったことがあるんだ。


「私たちの試合は長くなりすぎる」


 ・

『いきなりどうした?』

『開始早々どうしたんだい?』

『昨日の試合は長かったが、実際そんな長い気はしなかったがなぁ』

『けど、みんなの分の時間を削ってたのはあれだよね』

 ・


 そこで私は考えた。


「とりあえず、残りの試合は私たちの方はメインカメラで、紺金ちゃんたちの残りは別カメラで結果だけお伝えすることにしました」


 時間を考えたらそうなっただけです。

 これ以上時間を押すわけにもいかないからね。


「別視点の方には九重ちゃんが行ってるので滅多なことはないはずなので大丈夫です」


 昨日のうちに捕まえ、げふん、死に体で寝転んでた九重ちゃんを捕まえてそのまま紺金ちゃんたちの試合の審判をお願いした。仮に何かあっても九重ちゃんはワープがあるからなんとかなるはずということで向こうは気にせず、全力で私たちもやっていこうと思います。


「ではでは、さっそく準備していこうかなって」


 ・

『おい、ちょっと待て』

『待て待て、さっきまでは触れなかったが一人多くないか?』

『というかなんで光子がそこにいるんだよ……』

『マジでなんで?』

 ・


 ……指摘された通り、私たちの中にしれっと光子さんが紛れていた。

 その説明をすっぽかしていたわけではなく、ほんの冗談だよ?ほんとに。


 というわけでカメラを持って光子さんの前まで持っていって、インタビュー的に事情説明!アンドー自己紹介!


「はい、みんなの指摘通り、今日はなんと、ホントに何故かランク6の光子さんが来てくれましたぁ!」

「えぇ、ホントに私もなんでこんなことになったのかいまいちわかってません」

「ということで、光子さんには実況と審判をお願いするよ!」


 ・

『社長関連と見た!』

『それ以外にあるのかよ』

『ないな。つまりそういうことだ』

『豪華な実況やなぁ』

『けどこれ以上ないくらいの実況やなぁ』

 ・


 よし、光子さんの説明終わり。改めて


「「勝負だ!(ですわ!)」」

「いや〜二人とも気合十分ですね〜」


 そんな私たちを見て光子さんは呆れと言うか、諦めと言うか、そんな声で遠い目をするだった。



 ・・・


 二人から実況と審判を任された光子です。

 正直、緊張してます。


 なぜ緊張してるか?配信されてるから、オマケにこの二人の試合の仲裁しろとか言われてんの。ミスったら怪我しちゃうし、緊張するでしょ。

 ダンジョン内では自己責任だし他の人が見てるわけでもないから良いけど、不特定多数の人が見てる中ではちょっとね。表には出さないけどね。


「とりあえず、みんなで予想していこうか」


 ・

『翔ちゃんで』

『総合力的に翔ちゃん』

『クスリちゃんに勝って欲しいからクスリちゃん』

『今回のルールなら、ユウナなら間違いなくユウナって言えるだけどなぁ』

『一部組は実力が近いから状況とルールによる』

『クスリちゃんに一票!』

 ・


 ふむ、結構割れるね。


「実際、実力近いから難しい予想にはなるよね」


 けど、制限としては致命傷になり得る魔法、攻撃の禁止。武器は模擬戦用のもの。

 そうなると、翔ちゃんの方が不利になるって感じなのかな?


「じゃ、私はクスリちゃんにしよう。理由はない。ただ近遠両対応のほうが今回は有利と見た」


 ・

『な〜る』

『それでも翔が勝つね!』

『頼むぜ、翔!俺を勝たせてくれ!』

『翔ちゃんをではなく俺をなのね』

『うぉぉ、負けんなクスリぃ』

 ・


 ……賭け事だからか、不思議と競馬場にいる人をみてる感じがするわ。


「さて、そろそろ始まるよ」


 視線の先では、すでに二人は準備万端で構え、私の合図を待つのみとなっていた。


「じゃあ、開始!」


 それと同時に、二人の魔法が弾けた。


「「『ファイヤーショット!』」」


 同時に、同じ魔法をぶっ放し、二人してそれを相殺する。

 相殺されるよりも早く次の手を出したのはクスリ。


「ふっ!」


 レイピアを構え、低姿勢でかなりのスピードで切り込んでいき、相殺した辺りで翔の一歩手前まで来ていた。


「『ウィンドバースト』」


 ただ集めた風を地面に叩きつけて人工的ダウンバーストを引き起こす魔法、ウィンドバーストを翔は懐に入られる前に入れ込みそれにより発生した風でクスリは後退。


「『ウォーターエッジ』!」

「『ファイヤーエッジ』!」


 そして翔は追撃に、クスリは迎撃に互いに魔法を放ち、これもまた相殺。

 これで振り出しに戻ることになった。


「ひゅ〜二人とも凄いね」


 ・

『やべぇ、思った以上に拮抗してる』

『どっちが有利かわかんねぇが拮抗してる』

『すんげぇ風が爆ぜたの何あれ』

『ダンジョンでは使えない風のバースト魔法』

『使えない理由、危険だから』

『理解したわ、ありがとう』

 ・


「ウィンドバーストなんて私も久しぶりに見たね。まぁ、そもそも魔法自体そんなに見ないんだけど」


 私が物理主体だから。あと、パーティー組んでも役割的に魔法役と被るから基本的に前衛の人が来るから。

 ……そのせいか、魔法の基準が宵闇と動画でたまに見る翔ちゃんたちになってるのはなんとも解せない。


「それにしても、本当に拮抗するね」


 ちょっと想像以上だよ。ここまで互角だと、一手分のミスが致命的になるよね。……それは他の時も一緒か。


「何はともあれ、ここからは一瞬も見逃せないよ」

「『ファイヤーランス』!」


 と、言った側から再開した。


 クスリが炎の槍を放ち、もう一度密着するべくそれに追従する形でクスリも駆け出す。それに加えて迎撃か追撃かのためにいくつか待機充填という形で魔法を待機させながら翔へ詰め寄る。


「おっと、これは……『サンダーランス』、『ウィンドエッジ』、『クリスタルランス』、『クリスタルウォール』」


 それに対抗するように、翔は三つの攻撃用の魔法と防御用の魔法の計四つの魔法を同時展開、その上で後ろへ飛び次手のための距離を稼いでいた。


「……まぁ、そうしますわよね。だからわたくしも『炎纏:炎刺突』」

「わぁお」


 そこまで読んでいたらしいクスリは翔の魔法を見てから、待機していた魔法が発動、その全てがレイピアに集まり、巨大な炎の槍のように変形した。


「あ、やべっ」

「逃がしませんわよ『エアロバースト』」


 思わずと言った声が漏れた翔はすでにこれがどうなるか理解していた。 

 いつぞやで自分がやった自分を射出するやつ。

 それが今、その炎の槍を構えた状態のクスリがやろうとしていると。


 私の見立てだと余裕であの壁貫通して翔まで届くね。


 クスリはそのまま自分を発射、翔の放った迎撃用の魔法の全てを振り切って、激しい激突音でクリスタルウォールへと突っ込んだ。


 ゴリゴリゴリッ


 抉るように、壁にめり込んでいき、至る所からヒビが入っていり、そして十秒も経たないうちに壁を貫いた。


「はっや」

「あら、逃がしませんわよ!」

「……これしかないか」


 引き姿勢だった翔は何やら諦めたような様子でその場で止まり、拳を構えていた。


「『スマッシュブラスト』……さぁ、勝負しようかクスリぃ」

「ふふ、良いですわ、撃ち破ってくれますわ!」


 ……えぇ〜と、魔法使いが拳で戦おうとしないでくれません?

 そしてそれに応えようとしないでくれません?

 地味にこれ割り込みにくいなぁ、止めるタイミング結構シビアだよ?

 まぁ、やりたきゃ最後までやりゃいいけどさ。


「おおっ!」

「はぁぁぁぁ!」


 そんなものは関係ねぇと二人は互いに攻撃を繰り出す。

 クスリは槍をそのまま突き出し、翔はそれに正面から殴りに行く。


 カンッ


「くっ」

「ちっ」


 そんな派手な激突とは打って変わって響いた音は軽い小突くような音だった。


 クスリの槍を躱した翔はそのままクスリへと肉薄、しかしそうはさせじと無理矢理槍を振り抜き、それを防ぐために翔は槍目掛けて拳を打ち放つ。

 結果、クスリは槍を弾かれたが後退が間に合い、翔は迎撃を警戒して一度その場で停止した。


「……ふぅ」

「今ので仕留める気だったんだけど」

「そう簡単には行かせませんわ」

「それで?武器拾わないの?」

「拾わせてくれないでしょう?」

「あったりまえ〜」


 昨日もなんか同じようなこと聞いたなぁ。まぁ、拾わせてはくれないのは当たり前だ。


「さってと、じゃあ、そろそろ終わらせよっか」

「そうね。終わりにいたしましょう。『焔纏:ビルドアップドレス』‐『焔を纏う王女』」


 クスリは焔のドレスを身に纏い、そして拳を握った。


「わたくしが武器を落としたからと、魔法に戻るなんて、翔はしないでしょう?」

「へっ、モチのロンよ」


 いや、戻ろうよ。翔ちゃんは魔法使いでしょうが。拳で語り合わなくて良いでしょうが。


「それを聞いて安心しましたわ。後で負け惜しみされても困りますからね」

「減らず口を〜」


 ……


「いざ」

「勝負!」


 そして二人はお互いの距離を一気に詰めお互いに右手を全力で突き出し、撃ち合った。


 ズッドンッ


 鈍い重低音が鳴り、炎と衝撃波を周囲に撒き散らしその勢いは秒毎に増していた。


「っ」

「すっ、ダブルキャスト『スマッシュブラスト』」


 一瞬距離が離れた瞬間、翔はまた魔法を貼り直し、いや二重に貼り直すことで厚みを出し威力の底上げを行っていた。


「はぁっ」 

「おらぁっ!」


 どっどどどんドドドドドッゴガガガガ我我我ガガガ


 そこからはただのインファイト。そのぶつかり合い。

 繰り出された拳を拳で撃ち返し、反撃で繰り出した拳もまた拳で撃ち返す。その繰り返し。

 その一発も未だ互いに届かず、そしてその一発は勝敗そのものだ。


 というか、この子たちなんで殴り合ってんの?片方純粋な魔法職だよ?もう片方も拳で戦うようなスタイルじゃないはずだよ?なにこれ?

 しかも二人ともすげぇいい笑顔だし、どこのヤンキー漫画だよ。


「ふ、うふふふふっ」

「ははははぁ〜!楽しいねぇ!」


 目が逝ってる、ちょっとずつ体が限界なのかわからないけど拳から血出てる、それでもなお勢い増していくぅ!?


「力が滾る、魂が燃える、わたくしの炎が燃え盛るぅ!もう誰にも止められませんわぁっ!」

「私の鼓動は燃えているぅ!お前を倒すと轟叫ぶぅ!」


 なんだこれ、なんで二人揃ってどこかで聞いたことあるセリフ叫んで殴り合ってんの?


「「だぁぁりゃぁぁっ!」」


 ……あっ


「ぶっ」

「ごはっ」


 その一撃、その瞬間、お互いの拳がお互いの拳を越えた。

 互いの拳が互いの胸を捉えていた。


「……わたくしの勝ちでよろしいですか?」

「……ちぇっ、みたいだね〜」


 バタッ


 そうして、お互いにその場で立ち尽くし、そんな会話を交わしたあと翔が倒れた。


「ふぅっ」


 ……決着がついたね。うん、なんか緊張はなくなったけど、見ててしんどい。疲れた。

 あと、あのラッシュのとき致命傷になるかならないかすっごい微妙なラインしてたから仲裁役としてはすっごい心労だったよ。


「あ、そうだったね。勝者クスリちゃん、おめでとー」


 ・

『パチパチパチ』

『888』

『なんて、なんて熱い戦いなんだ!』

『マジで漫画の喧嘩見てるみてぇだった』

『途中ド◯ンと◯丈出てきたの普通に笑ったわ』

『みよ!まだ空は青いぞ!』

『東でも赤くもねぇのかよ』

『とにかく熱かったぞ!』

『俺の勝ち〜おっれのかちぃ〜』

『あぁ、すっかり忘れてたわ』

 ・


「……あ、あの」


 そんな盛り上がりムードの中、ほそぼそとした声でクスリちゃんが手を上げていた。


「光子さん、羽織るものくださいません?」


 ……


「あっ!全員、目を閉じてろぉぉ!」


 ・

『スッ』

『スンッ』

『(⁠◡⁠ ⁠ω⁠ ⁠◡⁠)』

『(/ω・\)』

『あっ、み、みえ、見え』

『おい、ばか、やめろ!』

 Ⅵ『ふぉーーっ!く、クスリちゃんの〜』

『おいこら変態狐』

『なぜここにとは無粋か』

『お、おい!見るな!見たら彼の人が来るぞ!』

『例のあの人みたいに言うなw』

『まぁ、俺らからしたら例のあの人も例の社長も変わらないけどな』

『むしろ社長の方が怖いまである』

『もう隠せてない件』

 ・


 それで気付いたが、途中、撃ち合いで生じた炎と衝撃波で着ていた服はすでにボロボロで、上半身のほとんどは隠れていなかった。

 魔法のドレスでよく見えないが、おそらくあんだけ撃ち合ってたんだ、魔力はそろそろ限界。

 そのドレスがなくなれば、あられもない姿が映ってしまう!

 それは駄目!クスリちゃんのためにも、そしてこのことが原因で宵闇さんに怒られるかもしれない私のためにも!


「はいはいはいはいはい、とりあえず私の上着、あ、動ける?」

「情けないことに、力が抜けたとき、腰も抜けましたわ」

「お〜まい!」


 やべぇぇぇぇ!

 こうなったら!


「一度、配信を止めるっ!」


 そして今すぐ私の上着を羽織らせて上げて(その前にしっかり魔法は切ってもらった)クスリちゃん担いで宵闇宅にダッシュで戻り、クスリちゃんを医務室に運ぶのだった。


 ・ 

『……なぁ』

『配信閉じれてねぇな』

『一応、弁解として言うが見えてない』

『光子の体で見えなかった』

『そして運ぶ速度も速すぎて視認できなかった』

『ただ少し見える彼シャツ風なクスリがまた良き』

『……おい、誰か触れてやれよ』

『うるせぇ、わかってんだよ』

『けど触れられねぇだろ』

 ・


 二人がいなくなったその場で、カメラは止まらず回り続けていた。

 そしてそれはあるものをずっと映し続けていた。


「っは、ぉぉぉぉぉぉぉぉぉいぃぃぃぃぃ!!」


 クスリ程ではないが、大事なところ以外がほとんど吹き飛んだ状態でダメージ的に動くこともできず、しかも火の粉程度だが少しずつ服が燃えていくという色々とピンチながらもスルーされた悲しき翔の姿を。

 ……ちなみに意識はずっとあった。ただ仰向けで倒れただけだったから。ただ声を出すタイミングをなくしただけで。


「お願いぃ!光子さん!早く、早く戻ってきてぇぇ!このままだと私、全裸で倒れる姿が世界中に流れちゃうぅぅぅぅ!あっちゅ、ちょっ、地味に熱いんですケド?!あっ、あぁぁぁーー」


 結局、ギリギリのところ(腰から太腿以外の背面全部が露出)で良心が勝った九重がバスタオルを持って来て、間一髪で配信は止まり、翔の裸体は守られるのだった。



・・・・・・・・・・

後書き


くそっ、あとちょっとだったのに……だがやはり残念キャラは翔なのだよ、神になんて負けないよ!「不本意なんですケド!」


なんでか翔、ツクヨミ、九重、アテナ辺りが絡むとこういうことしたくなる。翔は特に。


ちなみに補足として、二人の他は紺金たちの方を見に行ってるよ。

更に補足として二人の試合が終わったら九重が連絡する手筈でした。はい、自分の欲望に忠実になりかけて報告を忘れてましたね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る