第20話 忘れてた物。私、浅傷



 あれから、一番近い携帯ショップで新しい携帯を購入、ギガも使い放題の物を契約した。

 ちなみに現金一括で払ってきた。

 そのせいかわからないけど、心配そうな目で見られたりしたが、途中から私と気づいたのか憧れでも見るような目で対応された。


「さて、動作確認は済んでるし、最低限のアプリはいれとくか。あと、業務用の連絡先と私の連絡先はいれといて……」


 初期設定は済ませた。

 最低限必要になるものもいれた。


 あとは好きにしても良い。


「早く帰らねぇと」


 養子にするって言ったからそっちの手続きも取りに行かなくちゃいけないし、一秒だって無駄にはできねぇぞ。


 事務所に向けて走った(常識の範囲で)。



「ただいま~」

「あっ、社長お帰りなさい。それと、あの報告が」


 えっ?帰るなり聡子さん?何の御用で?というか、その言い方間違いなく嫌な予感だよな?


「な、なに?」

「九重さんが、その、間違えて公式のチャンネルで流してしまいました。社長の戦闘映像」


 …………えっ?


「そんなの私の携帯に入ってるはず、が……あっ」


 ない、と言おうとしたとき、あれを思い出した。

 御披露目で出そうと思っていたが、何やかんやで忘れていた、イレギュラーと戦ったときの動画。

 それ、私のスマホで取ったものだった、ということを。


「あぁぁぁ~!」

「いや、色々と問い合わせが来てます。主に冒険者ギルドの方から」

「ですよねぇ~!」


 イレギュラーの戦闘なんてやって、かつ今ダンジョンを閉鎖して調査中だから、色々と聞かれますよねぇ!


「めんどくせぇ」


 やましいことはない。それに、聞かれたところで私は仕事をしただけと言えば良いんだが、私は明日も調査でダンジョンに潜る。

 色々と勘ぐられる可能性も出てきたわけだ。


「九重はどこだ」

「社長室で未だに動画を見てます」

「……ふぅ。まぁ、良いだろう」


 まだ比較的浅い。

 冒険者関連ならまだ軽い。それも翔のやつと違って私は特に報告する必要もないし、協会にはすでに許可は取っている。


「世間への説明だけやりゃ良いんだろ」

「はい」

「あ~悔しいが私が動画出すよ。ソロ配信」

「そうなりますよね」

「んでもって、九重をこれからちょくちょく公式配信に出す」

「……良くわかりませんが、了解です」


 理由?八つ当たりもあるが、公式の宣伝のための人員が欲しかったというのがある。

 最悪私がやってもよかったが、たまに出る方が良いのかな?なんて思った。そんな矢先、丁度よく良いタイミングで丁度良い社員が入ったんだ、使わない手はないだろう?


「ってわけだから、養子縁組とかやってくる。帰ってきたら社長室から配信するから機材とかいれといてくれ。ついでに、初回の商品紹介もやろうと思うから、それに必要な商品も持ち込んどいてくれ」

「かしこまりました」


 仕事が増えた~

 けど、まぁ、傷は浅いってやつだ。九重のやろう、戦いが終わってからしっかり私に傷を負わせにきたな。


「あっ、スマホ返して貰わねぇと」


 っと、忘れてた。スマホ契約してきたからこれ渡して私のスマホ返して貰わなきゃ。

 なので、出発前に社長室に戻った。


「九重」

「あっ、ヨイヤミさん」

「これお前のな。あと私の返せ」

「い、今良いところだから、ちょっと待って貰っても?」

「いいや、駄目だね、返して貰うぞ」

「わかったのだ」

「ほい、これがお前のな」

「おお~これでもどうが見れるのか?」

「その辺のアプリはいれてある。すぐに見れるぞ」

「ありがとう!早速さっきの続きを見るとするか」


 ……なんだろう、こいつ、沼に沈めたつもりが駄目人間としての片足突っ込んでないか?

 いや、大丈夫か。仕事はちゃんとするだろうし、仕事を与えりゃやってくれるか。


 ただ、昔の私を見ているようで少しいらっとしたのは間違いない。

 中学、というか私がネットサーフィンして楽しんでた時代だ。

 あの頃は一日中スマホとにらめっこしてたっけな。


「あの頃の推しはもう引退しちまったからな」

「ん?引退って何だ?」

「ん?昔の話だ。私がそうやって見てた人たちの大半はもう動画を出すのを辞めちまったって話だ」

「えっ……なんで」


 えっ?なんで食いつくの?

 いや、まぁ配信会社としては説明するべきか。


「色々とあるのさ。仕事をするから辞める、心ない人たちのせいで辞める、その人が亡くなった、または年齢を原因に辞める。その他、言い出したらキリがない」


 現に、死ぬまで現役で続けられる人は少ない。

 体力的な問題でできることが減ってしまって結果動画が撮れなくなる、または撮ってもマンネリ化してしまい、伸び悩んでしまい、結局辞める。


「そういう人を少しでも長く、少しでも多くの人に見せることも、私の会社の役割みてぇなところもあるけどな」

「そうか。ならば、我もこの者たちが少しでも長く、どうがを作り続けてくれるように頑張ろう」

「そりゃ、それが私たちの仕事なんだから当たり前だろ?」


 配信者、いや、配信者に限らず、アイドルなどもどう足掻いても同じことをやり続けることはできない。

 私たちは人間である以上、限られた時間があり、その時間のなかで生きている。

 永遠はない。だからこそ、彼らはその時間を大事に、その時間で何をするのか考えて、どう面白くするかを錯誤するから、面白い。


「誰もが自由に、好きなように好きことを見せられる世界。それって、最高だろ?」

「うむ。最高だ」




 ・・・


 時は少し戻る。

 初期メンバーで企画書会議を行った後のクスリは、家に帰宅し、渡された資料に目を通していた。


「なるほど、確かに怪しいですね」


 社長が嫌な予感は大抵当たります。

 これまでも、嫌な予感がして初心者の子に同伴すると、魔物を引っ張って押し付けられたり、同伴した子が粗悪品を掴まされていたり面倒な輩に絡まれたり、その都度、私がその場で対処し事なきを得ています。


 先輩として、可愛い後輩たちを守るのは当然なので、今回も引き受けましたが、今回はそれなりに厄介なことが起きそうです。


「特に今は、社長と翔の二人の影響でギルド等から目をつけられている状況」


 冒険者反対派は問題ないとして、ギルドはさすがに厄介です。

 こちらに直接的に攻めてくることはないとしても、間接的に嫌がらせをしてこちらに不利な状況を作ってくる可能性はあります。


「わたくしにも二度、ギルドに入らないかとお誘いがあったくらいですから」


 社長が有名になる前から、少し目をつけられていた節がある。

 Sumaはランク5という実力者がそれなりに在籍しています。

 ギルドと比べたら少ないですが、それでも、特に翔なんかはギルドのギルドマスターと比べても上と言われることもしばしば。


 そんな翔がランク6の域まで届けば、Sumaは大規模ギルドとやりあえるほどの戦力はあったと言われています。


「まぁ、まさか社長がランク6とは意外も意外でしたが」


 それによって、ギルドは我々を敵として見なし始めた。

 わたくしたちにそんな意思がなくとも、ですわ。


「そして今回の嫌な予感、ギルド絡みの可能性が高い」


 防具の性能は申し分ないが、それなりに黒い噂が多い。

 社長が調べただけでも、裏金や詐欺などそれなりに酷いものだ。


 そしてそのスポンサーが大手ギルド『ブラックバード』だ。黒鷲と呼ばれるそのギルドは労働環境が最悪といっても過言じゃない。


「そして今一番Sumaを目障りだと思っているギルド」


 労働環境が最悪、ということは当然初心者や新入りの扱いは悪く、金に物を言わせた引き抜き以外での戦力はゼロに等しい。

 戦力問題で、社長の力のせいで大手から陥落する可能性が出てきた。

 そんな噂から人がどんどん離れていっているらしい。


 噂が嘘か本当かはわからないが、今は本当に大手から陥落する立場になってしまった。

 大手から陥落すれば、これまでのような待遇もなければ、優先能力もなくなり、権力も減り、資金も減り、金で買ったような冒険者はやがて流れ出てしまう。


 大手ギルドとなる基準は、実積と戦力と資金。

 それらは協会側の判断だ。


 大手はそれだけの力があるから、協会側も高い金を払うことで難易度の高い依頼を出している。高待遇はそういうことだ。

 優先して依頼を回して貰えるし、それだけの実積、実力があればエネルギー系の企業から鉱石類の採取などの依頼だってくる。

 中小ギルドなんかは依頼を斡旋してもらい、大手は手数料などで楽して稼げる。


 それらができなくなる。

 それだけは阻止したいわけだ。


「そんな工作をするくらいならわたくしたちを蹴落とすことじゃなく、自らのギルドを成長させることに使えば良いのに」


 それに巻き込まれるわたくしの身にもなってください。


「今回考えられるのは、高額請求か粗悪品を渡してくるか、はたまた、爆発する魔法でも仕掛けてカメラの回ってない帰り道、とか……」


 考えられる可能性は全てあげましょう。

 何がきても、完璧に対処できるように。

 何より、ユッケちゃんと紺金ちゃんという可愛い後輩を守るために。


 ・・・


 時間は戻り、九重。


「む~~なるほどのう」


 ヨイヤミさんの会社であるSumaの配信者たちは皆素晴らしい。

 面白いし、魅せる戦いかたもでき、さらには引きの判断も戦闘センスもよい。


 我にはなかなかできないことだ。


「それに、翔ちゃん、この子はとてもユニークな魔法の使い方をしている」


 ヨイヤミさんが我に使ったあの剣の原理と近い力を使えている。

 魔法の使い方は我よりも上手い。


 圧縮融合。圧縮は、練習すればできる。融合も同様だ。だが、その二つを組み合わせるのはできない。


 融合は、我の場合炎と風、あれを融合させて風が炎となって渦巻く、ファイヤーストーム的な魔法が生まれる。

 圧縮は例えば炎。炎を圧縮することで威力や効果をあげる、と言えば良いのだろうか?

 言葉では言い表せない感覚的な魔法だ。


 その二つを組み合わせ、かつまったく別の魔法を作り出す。

 言ってしまえば錬金術、のようなものだ。


「そしてそれら技術の集大成とも言えるのが、ヨイヤミさんのあの『玉座』という魔法なのだろう」


 あれは人間は愚か化け物でも使うことは不可能な魔法だ。

 我だって原理を理解してもわからない。なぜあんな魔法が使えるのか。


 収縮した魔法を圧縮し、異なるいくつもの魔法を融合させて、それを回転、つまり循環させて、なにかを付与、おそらく命令、コマンドのようなものだろう。

 そうした行程をあの一瞬で、あの質量の物を放つ異常さ。


「我と同格、少し下くらいか。その魔物を一撃で屠ったその威力」


 本当に、生きててよかった。

 というか、あの仲間がいなければこれを放たれていたかもと考えると身震いが止まらない。


「それにしても、奴ちゃん可愛いのぉ。守りたくなるぞ」


 ヨイヤミさんのことを知るのは良いが、やはりわからない。ならば理解できる翔ちゃんなど、わかる範囲の子を見よう。


 そうして、社長が帰ってくるまでずっと動画を見続けた。



・・・・・・・・・・

後書き


間に合った……。

とりあえず、忘れてた(別に俺は忘れてない!)動画の存在はここに繋がって、クスリちゃんのその後とか、やっぱり足りなかった九尾視点の社長の解説。

書いてる側でも社長の説明ができないのよ……。

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